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コンセルトヘボウ管と名指揮者たち

Saturday, November 6th 2004

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と名指揮者たち


ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
1888年、アムステルダムにコンセルトヘボウ(オランダ語でコンサートホールの意)が建設され、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団はその専属オケとして栄光の歴史をスタートしました。
 初代の常任指揮者はウィレム・ケス。ドイツに学んだケスはかの地のオーケストラを規範にコンセルトヘボウを指導、育成し、8年間その任にありました。
 第2代主席ウィレム・メンゲルベルクは、コンセルトヘボウに最初の黄金時代をもたらした立役者として知られています。その徹底した指導のもと、コンセルトヘボウはたちまちヨーロッパ有数のアンサンブルに成長を遂げ、指揮者の強い個性を完璧に反映したその演奏はカリスマ的な人気を誇り、1895年の首席就任から実に50年もの長きにわたってその地位に君臨し、多数のレコーディングを行いますが、第2次大戦後は戦犯容疑を受けて公職を追われてしまいます。
 文字通り「王」を失ったコンセルトヘボウを支えたのは、エドゥアルト・ヴァン・ベイヌムでした。戦時下の1938年からメンゲルベルクを補佐する共同首席の任にあったベイヌムは、1945年に単独で正式に第3代首席となるや目覚しい活躍ぶりでオーケストラのカラーと近代的なものへと刷新して新時代を招来しますが、1959年に惜しくも急逝してしまいます。
 ベイヌム急逝の難局にあたり、第3代首席に抜擢されたのがベルナルト・ハイティンクです。当時30歳だったハイティンクの若さを危ぶむ声をよそに、オーケストラはその後も順調に活動を続け、膨大なレコーディングによって名声を世界的なものとしたのも、このハイティンクの時代です。
 1988年には、創設100周年を記念してオランダ王室から「王立」の称号を授与され、このときから「ロイヤル・コンセルトヘボウ」が対外的な正式名称となりました。同年にはリッカルド・シャイーが第5代首席指揮者に就任して魅力の幅を広げました。2004年8月にシャイーは名誉指揮者となり、かわってマリス・ヤンソンスが第6代首席指揮者に就任して今日に至っています。
 設立当初から、同時代の作曲家たちと密接に関わって、R. シュトラウスやマーラー、ラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、ヒンデミット、近年ではベリオ、ノーノ、マデルナ、ペルト、アダムズなどが自作を携えて指揮台に登り、初演作、献呈作が多いこともコンセルトヘボウの誇りとするところ。レコーディングも通算1000点にも及ぶ膨大なものです。


【歴代の首席指揮者たち】


メンゲルベルク[1871-1951]
第2代主席指揮者(1895〜1945年)。弱冠24歳での首席就任以来、実に半世紀もの長きにわたってコンセルトヘボウに君臨した超大物指揮者。ポルタメントの多用、デュナーミクの急激な強弱、激烈なテンポ変動などロマンティックなアプローチでカリスマ的な人気を構築、1921年からの9年間はニューヨーク・フィルの常任を兼務するなど多忙を極めましたが、戦犯容疑を問われた第2次大戦後は一転して公職を追われ、二度と指揮台に立つことなく世を去りました。

ベイヌム[1901-1959]
第3代首席指揮者(1945〜59年)。正式就任は1945年からですが、1938年からメンゲルベルクを補佐して共同首席の地位にありました。コンセルトヘボウが戦後の難局を大過なく乗り切ったのは、このベイヌムの尽力と優れた音楽性ゆえとされています。前任者が残したロマンの滓をキッパリと拭い去り、機能的なオーケストラとしてリニューアルして大成功を収めますが、1959年、リハーサル中の心臓発作で働き盛りの命を散らしました。

ハイティンク[1929- ]
第4代首席指揮者(1961〜88年)。当初はキャリア不足を危ぶまれてヨッフムが補佐として付きましたが、1964年からは単独で任にあたりました。気をてらわず、オーケストラの特質を十二分に引き出しながら実質本位で勝負する本格派の芸風は、いまや希少なものといえます。

シャイー[1953- ]
第4代首席指揮者(1988〜2004年)。オーケストラの「ロイヤル」授与に合わせるかのように、首席指揮者は代々オランダ出身者という不問律を破った新鮮な登用でした。シャイーもこれに応え、オケに縁のマーラーなどに腕をふるう一方、メシアンやベリオ、ヴァレーズといった現代、前衛作品を取り上げて新風を吹き込みました。

ヤンソンス[1943- ]
第5代首席指揮者(2004年〜)。前後してバイエルン放送響の常任指揮者にも就任した快挙は、世界の音楽ファンの間で大きな話題となっています。レコーディングはまだ多くありませんが、就任直前に始動したコンセルトヘボウの自主制作レーベルから『新世界』と『英雄の生涯』をリリース、今後もぞくぞく登場の予定です。


【客演指揮者たち】


バーンスタイン
ヨーロッパに渡ったバーンスタインが、VPOやバイエルンとならんで緊密なパートナーシップを結んでいたのがコンセルトヘボウでした。ベートーヴェンの『ミサソレ』や、2度目のマーラー交響曲全集中の共演など、忘れ難い名盤を残しています。

ショルティ
このオーケストラとショルティは1960年代の初めにマーラーの第4交響曲を録音、これはショルティ自身たいへんなお気に入りで、手兵シカゴ響との再録音になかなか応じなかったといわれています。シカゴを去った晩年にはさかんに客演し、その折の録音がわずかながら残されています。

コンドラシン
ソヴィエトから亡命したコンドラシンがまず拠点と定めたのは、このコンセルトヘボウでした。1979年には首席客演指揮者に就任し、これからというときの1981年に急逝してしまいます。唯一のセッション録音となった『シェエラザード』をはじめ、遺された録音はすべて一聴の価値を有しています。

アシュケナージ
ピアニストとしてもコンセルトヘボウと共演していたアシュケナージは、ラフマニノフのシンフォニーを携えて指揮者としても登場しています。指揮者として経験を積み、意中のラフマニノフを手掛けようとしていたアシュケナージにとって、コンセルトヘボウをパートナーに得たことは何より心強かったことでしょう。仕上がりも素晴らしいものです。

ピエール・モントゥー
メンゲルベルク在任中、多忙ゆえ一人ではこなせなくなったコンセルトヘボウとのスケジュールを補佐したのがモントゥー(1925年から10年間)。その後もモントゥーは頻繁に同オケを訪れ、セッション録音のほか多くのライヴがCD化されています。

ブルーノ・ワルター
モントゥーを継いで、コンセルトヘボウ共同首席の任に着いていたのがワルター。38年からはベイヌムを加えて3人体制となりましたが、まもなくアメリカに逃れました。

ヨッフム
経験浅いハイティンクを補佐して共同首席となり、成長を見極めるやあっさりとその地位を禅譲。このさわやかなエピソードは、ヨッフム本人の人気とも絡んでたいへん有名です。両者が残した録音はけして少なくありませんし、さらに、近年CD化されたヨッフム最晩年の客演コンサートが大きな反響を呼んだことは周知のところでしょう。

カラヤン
戦後はほとんど客演活動をしなかったカラヤンですが、戦前にブラームスやR.シュトラウスを振った録音がCD化されています。

デイヴィス
1970年代のなかば、ハイティンクと並んでコンセルトヘボウと幾多のレコーディングをおこない、評判を取ったのがコリン・デイヴィス。この指揮者にとっても重要なキャリア・アップとなった一連の録音でもありました。一世を風靡した『春の祭典』を筆頭に、ハイドンの『ロンドン・セット』、ドヴォルザークの後期交響曲など、いずれもこの指揮者のカッチリした造型感と豊饒なコンセルトヘボウ・サウンドが融合したみごとなものです。

アーノンクール
時代考証演奏がバロック以降の作品へと波及しはじめてきた1980年代初め、その筆頭格であったアーノンクールの学識と、従来的な演奏様式に激しく再考を迫る言動とを遠巻きに見守ってきたモダン・オケ界にあって、初めて彼を受け入れて大々的なレコーディングをおこなったのはコンセルトヘボウでした。時代考証派の中心地たるオランダのオケだったことも関係してのことでしょうが、いずれにせよ、この伝統ある名門オケの積極的な取り組みが、その後の時代考証の普及に多大な貢献を残したことは確かです。

ジュリーニ
夫人の病を理由にジュリーニがアメリカからヨーロッパに戻ったことは、最円熟期にあったこの指揮者とヨーロッパ有数のオーケストラとの共演を実現したという意味で、音楽ファンにとっては幸いなことでした。コンセルトヘボウにも頻繁に客演、レコーディングも残しています。

セル
第2次大戦勃発以降アメリカに移ったセルですが、戦後は足しげくヨーロッパに客演していました。とりわけ好んだのがコンセルトヘボウだったといわれています。遺された録音はセッションを含めてわずかですが、いずれからもその相性の良さが偲ばれます。

クレンペラー
ハンガリー政府との衝突からブダペスト国立歌劇場の音楽監督を辞し、1949年以降の数年をフリーとして活動していたクレンペラー。この時期にコンセルトヘボウにも客演、当時のライヴがCD化されています。

E.クライバー
息子カルロスの急逝であらためて注目をあつめる(?)エーリヒ・クライバー。戦前の最盛期にはベルリンで活躍していたため縁の薄かったコンセルトヘボウとの録音に臨んだのは戦後になってから。

ケンペン
オランダ出身のこの指揮者は、もともとはコンセルトヘボウのコンサート・マスターを務めていたヴァイオリニストでした。メンゲルベルクに師事して1933年に指揮者デビュー、第2次大戦後は戦犯容疑でいささか不遇だったようですが、それを乗り越えた晩年に古巣のコンセルトヘボウといくつかの録音を遺しています。

ベーム
どちらかといえばウィーンとの関わりがクローズ・アップされがちなベームですが、DGの専属アーティストとなる以前の1950年代、コンセルトヘボウといくつかの録音を遺しており、いずれもこの指揮者の最盛期を伝える貴重な遺産となっています。

バルビローリ
いくつかの例外を除いて、戦後の録音はイギリス国内に限られていたバルビローリ。最近のライヴ音源のCD化の波に乗ってベルリンやシュトゥットガルトでの実況が公となって好評を博しましたが、コンセルトヘボウとの共演もついにCD化されて反響を呼びました。

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