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交響曲第2番、第4番、第7番、第9番、大地の歌、歌曲集 クレンペラー&フィルハーモニア管、他(6CD)

マーラー(1860-1911)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
0833652
組み枚数
:
6
レーベル
:
:
Europe
フォーマット
:
CD
その他
:
輸入盤

商品説明

クレンペラー/マーラー交響曲集(6CD)
交響曲第2番、第4番、第7番、第9番、大地の歌、歌曲
クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団、他


オットー・クレンペラー[1885-1973]がEMIにステレオ録音した定評あるマーラーをまとめた6枚組ボックスが、フランスEMIから激安価格で登場します。限定盤なのでお早めにどうぞ。

【クレンペラーのマーラー】
1905年、クレンペラーがまだかけだしだった頃、『復活』の初演指揮者でもあるオスカー・フリート[1871-1941]の演奏会の際、舞台裏アンサンブルの指揮をまかされたことがあります。リハーサルに現われたマーラー本人に、クレンペラーは自分が受け持った部分に満足しているか尋ねにいきました。ところが「まったく最低だ。あまりにうるさすぎる!」との答え。「しかし楽譜には“非常に高らかに”とある」とのクレンペラーの反論に対し、マーラーはこう答えました。「その通りだ。しかし、遠くかなたからだ。」クレンペラーはこの言葉を心に刻み、実際の演奏会では非常に柔らかく聴こえるよう努力しました。演奏会後、楽屋にやってきたマーラーは、クレンペラーを見つけて手を握り「素晴らしかった」と褒め称えました。クレンペラーいわく「それがどんなに嬉しかったか!」。それを機にマーラーとの親交が始まったクレンペラーは、ほどなくマーラーの推薦状を得てプラハのドイツ歌劇場の指揮者に就任、以後、実力を発揮する大きなきっかけを与えられることとなりました。
 そんな具合にマーラーに大恩あるクレンペラーですが、20世紀作品の紹介に熱心だったこともあってか、同じくマーラーの弟子だったブルーノ・ワルターとは、師の作品への好みや解釈もずいぶん違ったものになっていました。
 クレンペラーもワルターも、マーラー自身のリハーサルや本番を見ていたせいか、楽譜上の執拗なまでの但し書きにはあまりこだわらなかった点では共通していますが、クレンペラーはワルターほど情感表現には重きを置かず、きわめてシンフォニックなスタイルで一貫していたのが特徴的。
 フレーズに過剰な気持ちを込めることなく、あくまでも全体構成の一部として機能させながら、独特のパースペクティヴと細部情報の実在感を生み出すクレンペラーのマーラーからは、最期まで交響曲という伝統的な表現様式にこだわったマーラーの本音が見えてくるようでもあります。

【交響曲第2番】
マーラーとの出会いのきっかけともなったこの作品をクレンペラーは大切にし、戦後、各地で何度もとりあげていました。それらの多くは評判となり、これまでに計8種類もの音源がリリースされていますが、中でもこのEMIへのセッション録音は、充実した内容もあってすでに名盤として高い評価を得ています。
 第1楽章は冒頭から気迫に満ち、執拗なまでのコントラバスへのこだわりが有無を言わせぬ迫力を生み出す第1主題部を形成、第2主題部では無用な感傷を排して透明な美感を表出し、それらの明確なコントラストとリズム処理により、推進力に富む力強い音楽を展開。一方、第2楽章では、後半、ピツィカートに導かれる叙情的な部分でのあたたかな音楽にクレンペラーの作品への愛情が感じられるほか、錯綜としがちな長大な第5楽章では、骨太な表現で一貫、シンフォニックなまとまりの良さで作品を見事に仕上げています。

【交響曲第4番】
同じく弟子だったワルターは、第4番でも情緒纏綿とした表情を湛えた美演を聴かせていましたが、クレンペラーの場合は、第1楽章はどこまでも巨大で立体的で奥深く、第2楽章はまるで抽象化された戯画のようにグロテスクだったりユーモラスだったり懐かしかったり。続く第3楽章ではしっかりとした足取りで歩む人の覚醒した意識を示すかのようで、自然や世界の脅威描写も確実に受けとめられます。第4楽章ではシュワルツコップが雄弁に天上の生活を歌い上げており、その表情の過剰さがシニカルな作品の視点にふさわしく、「地上には天上の音楽と比較できるものは何もない...」と歌われるコーダでの陶然とするばかりの美しさとのコントラストも強烈です。

【交響曲第7番】
マニアには有名な問題演奏(?)で、第1楽章冒頭と第5楽章冒頭のトレモロが克明に聴こえる点に象徴されるように、とにかくどこまでも“見える(聴こえる)”演奏になっているのがポイント。
 良心的な指揮者たちがあれほど追いかけるのに必死になる執拗なまでの表情指定もおおむねオミットしてしまう図々しさは、マーラー自身のリハーサルに立ち会ったという自信の表明なのでしょうか?
 賛否両論まっぷたつの問題演奏ではありますが、第7交響曲に興味を持つ聴き手にとっては避けて通れない刺激に富んだ内容を持っていることは間違いなく、感情重視のマーラー指揮者の演奏からは絶対に聴き取れないユニークなフォルムの美学が、初演時のシェーンベルクの感想に思いを馳せさせてくれます。
 なお、この年のクレンペラーは精力的に活動しており、2月と3月にはワーグナーの『さまよえるオランダ人』全曲をセッション・レコーディングして演奏会形式でも上演、5月と6月にはウィーン・フィルの連続演奏会に出演して数多くの作品を指揮、8月の終わりにはエジンバラ音楽祭でマーラーの9番を指揮、10月にはシューマンの2番ベートーヴェンの7番ほかをレコーディングと、意欲にあふれた年でもあったようです。

【交響曲第9番】
クレンペラー自身がマーラー随一の傑作と讃える作品の非常に優れた演奏で、マニア筋からは叙事詩的名盤として長く絶賛されてきました。
 感情に流されることなく巨大な構造を次々に明らかにしてゆく第1楽章のアプローチには実にみごとなものがあり、第2楽章のパロディ表現、第3楽章の皮肉な感触、第4楽章アダージョでの深い静けさをたたえた気品ある表現が、忘れ難い感銘を与えてくれます。第2ヴァイオリン右側の「対向配置」も実に効果的です。

【大地の歌】
クレンペラーのマーラーを代表する素晴らしい演奏。交響曲でありながら歌曲的性格も濃厚というこの複合的作品に対し、きわめてシンフォニックなアプローチがおこなわれた見事な演奏であり、その荒々しいまでの厳しさは伝説的名演の名にふさわしいもの。
 フリッツ・ヴンダーリヒとクリスタ・ルートヴィヒの歌唱も最高です。無用な感情移入をおこなわず、あくまでも明晰に高いテンションで歌われる彼らの歌唱パートは、その克明さゆえにオーケストラとの絡み具合も完璧であり、弱音部分ではまるで室内アンサンブルのような緊密な連携ぶりを聴かせています。
 同じく弟子であったワルターの退廃的で甘美な演奏に対し、荒涼・殺伐といった精神風景に向き合った感すらあるクレンペラーの解釈は、その情報量の多さと立体感ゆえ、作品の複合的性格の浮き彫り具合でも異彩を放っています。

【歌曲】
『子供の不思議な角笛』から2曲と、『リュッケルト歌曲集』から3曲を収録。この5つの歌曲セッションの直後には名高い『大地の歌』の女声楽章が収録されており、そこでの歌唱と同じく、クリスタ・ルートヴィヒの歌唱は実に素晴らしいもので、ほの暗い声が作品それぞれの世界を美しく描きあげているのが印象的。クレンペラーによる伴奏も情報量の多い立派なもので、歌と一体になった表現力がさすがです。(HMV)

【収録情報】
マーラー:
・交響曲第2番ハ短調『復活』
 エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
 ヒルデ・レッセル=マイダン(アルト)
 フィルハーモニア合唱団
 録音時期:1961年11月、1962年3月

・交響曲第4番ト長調
 エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
 録音時期:1961年4月

・交響曲第7番ホ短調『夜の歌』
 録音時期:1968年9月

・交響曲第9番ニ長調
 録音時期:1967年2月

・『リュッケルト歌曲集』〜「私はこの世に忘れられ」
・『リュッケルト歌曲集』〜「真夜中に」
・『子供の不思議な角笛』〜「浮き世の暮らし」
・『リュッケルト歌曲集』〜「私は快い香りを吸いこんだ」
・『子供の不思議な角笛』〜「トランペットが美しく鳴り響くところ」
 クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
 録音時期:1964年2月

・大地の歌
 クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
 フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
 録音時期:1964年、1966年

 フィルハーモニア管弦楽団(ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)
 オットー・クレンペラー(指揮)

 録音場所:ロンドン、キングズウェイ・ホール
 録音方式:ステレオ(セッション)

総合評価

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クレンペラーのマーラーは、情緒的に没入す...

投稿日:2013/09/18 (水)

クレンペラーのマーラーは、情緒的に没入するより、構造を明確にし、明晰さを前面に出した演奏だと思う。9番は、バイオリンが対向配置であり、またそうでなくてはならないのだが、この遅めのテンポでないと、その味が出ないと思う。ただ対向配置にしてみただけで、その意義をさっぱり表出出来ていない演奏ってのがあるけれど、クレンペラー、クーベリック、モントゥー、オーマンディくらいになると、そこのところは信頼できる。このテンポでなくては、作品のポリフォニックな構造を明らかに出来ないという確信があるのではないか。その面白さは、例えば、9番の第三楽章に端的に表れる。変転する学想を描き分け、なお且つ、歌にもかけない。それでいて、音楽が断片化しない。7番のフィナーレの遅さもそれ故なのではないか。「大地の歌」は、随分の細切れ収録のようだが、纏まって聞こえるところがさすがで、ひとまずこれがあれば問題ないように思う。4番も素晴らしい。2番は、バイエルン放送響とのライブやコンセルトヘボウとの旧録音があるが、クレンペラーの標準的な「復活」としては、このフィルハ−モニアとの録音があれば問題ないだろう。この仏EMI盤だが、音も充分豊かだし、これで十分でしょ。

七海耀 さん | 埼玉県 | 不明

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クレンペラーでいちばん好ましいのはモーツ...

投稿日:2013/06/26 (水)

クレンペラーでいちばん好ましいのはモーツアルトの交響曲とオペラの演奏で、これこそは人類の不滅の宝物だろう。しかし彼はセルやベームと同様、ライヴでその真価を発揮する指揮者だった。 ここでは手兵であるフィルハーモニア管を相手にマーラーの交響曲の2番、4番、7番、9番と「大地の歌」を振っており、2番と7番の終楽章などではなかなかの盛り上がりを見せる。最後の曲はワルターと違って妙にモダンな味わいがあって面白く聴けるが、だからといって交響曲におけるバーンスタインのような「なにか」が起こるわけでもない。 クレンペラーにその「なにか」が起こるのは、フィルハーニアとの大人しいスタジオ録音ではなく、例えばバイエルン放響やケルン放響、あるいはウイーン・フィルとのとのライブでブラームスやベートーヴェンを振ったときである。 とりわけバイエルン放響の音源は録音も素晴らしく、ぜひもういちど英EMIからリリースしてほしいものだ。

あまでうす さん | 神奈川県 | 不明

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マーラーはよく聴くほどでもなく、クレンペ...

投稿日:2013/05/12 (日)

マーラーはよく聴くほどでもなく、クレンペラーのマーラーとくれば、これが初めての出会いでした。まだ第4番と歌曲が収まった一枚しか聴いていませんが、一気に最後まで聴いてしまいました。すばらしいマーラーでした。ただ、シュヴァルツコップは一生懸命に歌っているようですが、衰えを感じました。マゼール盤で歌っているバトルのような清澄な歌唱がほしかった。でも、そんなことはどうでもよく、充実したひと時を堪能できました。録音も40年以上前とは思えないほど鮮明で、これから聴く他の曲が楽しみです。

古渡 弁蔵 さん | 北海道 | 不明

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人物・団体紹介

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マーラー(1860-1911)

1860年:オーストリア領ボヘミア、イーグラウ近郊のカリシュト村で、グスタフ・マーラー誕生。 1875年:ウィーン楽友協会音楽院に入学。 1877年:ウィーン大学にてアントン・ブルックナーの対位法の講義を受講。 1883年:カッセル王立劇場の副指揮者に就任。 1885年:『さすらう若人の歌』を完成。プラハのドイツ劇場の

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