菊地成孔 インタビュー

2009年11月19日 (木)

interview
菊地成孔


 「伊達男による、砂糖漬けの、拷問」。菊地成孔によるストレンジ・オーケストラ=ペペ・トルメント・アスカラールの3枚目のアルバム『New York Hell Sonic』が完成。アルゼンチン〜メキシコと徐々に北上してきた、前作までの官能的でシアトリカルな世界から一転、「ニューヨークの、地獄の音響で踊るバレエ」と銘打ち、満を持しての北米初上陸に加え、失墜しつつある(?)クラブ・カルチャーのアキレス腱に落とす、何度目かのフル・アコースティック・ボム。

 ダブ・セクステットでの並行活動はもちろん、最近では、冨永昌敬監督が太宰治の青春小説を映画化した『パンドラの匣』の音楽担当、音楽と映像の20世紀史を書き換えた慶應大学講義録書籍『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』の刊行、野宮真貴リサイタル vol.3『Beautiful People』の音楽監督担当、各ジャンルのクリエイターと対話する隔月トーク・イベント「菊地成孔のナイト・ダイアローグ・ウィズ(NIGHT DIALOGUE WITH)」の開催、さらには、映画美学校をはじめとする各講義、雑誌連載、TV出演等々、「1歳より発症した」というワーカホリックにさらなる拍車がかかりつつある菊地さんですが、そんな超多忙なスケジュールの中から貴重なお時間を割いていただき、最新作『New York Hell Sonic』について語っていただきました。  


インタビュー/文・構成:小浜文晶  




--- 本日は宜しくお願い致します。10月28日にリリースされたペペ・トルメント・アスカラールの最新アルバム『New York Hell Sonic』について色々とお話をお伺いしたいと思います。まずは、タイトルとそのコンセプトという部分で、なぜ「ニューヨーク」なのかということなのですが。

 実際にニューヨークに行ったことがないっていうのが最大の理由で(笑)。もし僕が、それこそ70年代のジャズメンみたいに「ニューヨークに1年住んでいました」とか言って、それで日本に帰ってきて『ニューヨーク○○○』ってアルバム出したら、すごいかっこ悪いじゃないですか(笑)。だから、行ったことがないっていうのがデカいですよね。大抵、凡庸な人は“行ったから”っていうのがあるんですよね。例えば、トルコに行ったら、『トルコ幻想』みたいなアルバムが出来るわけじゃない?(笑) それってベタベタですよね。そういう意味で、このアルバムは、行ったことがない人間の妄想なんだってことですよね。

 あと、ペペはこれまで、南米、アジア、ヨーロッパと、要は音楽のイメージ上のマッピングで北米を避けてたので・・・と言うか、僕の音楽活動全体が北米を避けてたんですけどね。もちろん好きでは聴いてましたよ、北米の音楽を。一番好きなのはニューヨークの音楽だっていうぐらい。ヒップホップも大好きだし。でも、自分の活動の中ではなかった部分なんですよね。なので、00年代も終わることだし(笑)、ちょっとバンドのイメージを更新していこうかなっていう中で、「ニューヨークかな?」ってなったんですよね。そこには、マイケル・ジャクソン、ピナ・バウシュ、マース・カニングハムって、一時期みんなニューヨークにいた人たちね、最終的にはニューヨークにいなかったけど、ニューヨークで一番重要な時期を過ごした人たちが今年続けて亡くなったということで、追悼のアルバムみたいにもなってますし。でもまぁ、それだって別に捧げてる3人と深く関わったわけでもないからね。単なるファンだから。実際に知己がある人が亡くなったってわけではないので、追悼って言ったって、妄想の追悼ですよね。

 僕のイメージだと、バレエとかオペラ、コンテンポラリー・ダンスだとかが、パンクとか「No New York」みたいなものと混じって、刺激的なカルチャーが生じてるっていうのはニューヨークなんですよね。しかも80年代のニューヨーク。その頃のニューヨークに持ってるイメージを音化したっていうような感じですけどね。

--- 例えば、ジャン・ミシェル・バスキアの半生を描いた『Down Town 81』のような舞台に、バレエやオペラの要素を取り入れた感覚にも近いと言いますか・・・

 そうそう。ニューヨークはすぐやるんだよね。ストラヴィンスキーの近くにチャーリー・パーカーが住んでたりとかさ。そういうカルチャー・ミックスみたいな。今回のアルバムにはサルサも入ってるじゃないですか?今までサルサはラティーノのものだったからね。アフロ・アメリカンとクラシックっていう、何と言うか・・・「東の横綱」と「西の横綱」の激突みたいなところに入れてもらえなかったんだよね(笑)、ラティーノのカルチャーは。だから、どうしても1950年代からしばらくは、アフロ・アメリカンなものとバレエ・クラシックとがニューヨークで激突するっていうイメージだったんだけど、今はラティーノはすごい多いじゃないですか? 今回ニューヨークっていう枠の中に、奇数拍子のサルサも入れようっていうのも最初から決まってたんですよね。それは、現在のニューヨークにちょっと寄せてるというか。「ラティーノ強いぞ」っていうかね(笑)。

--- その中でも特に、オペラ、バレエの要素を突っ込むというところが、かなり意味のある新しい試みだったということでしょうか?

 そこはありましたね。「コンテンポラリー・バレエ感」と「オペラ感」、それからちょっと変わった「サルサ」と。っていうので1枚イケちゃうんじゃないかって。それがニューヨークな感じじゃないの?っていう、ざっくり言うとそんな感じですよね。

--- マイケル・ジャクソンと言えば、12月8日に行われる「ナイト・ダイアローグ・ウィズ」では、西寺郷太さんと松尾“KC”潔さんをゲストに招いて、マイケル・ジャクソンをテーマにしたトーク・ライヴを予定されていますよね。

 一番語られにくいことだけど、マイケル・ジャクソンとマイルス・デイヴィスは、共通項があって。もちろんどっちも黒人なんだけど、黒人、白人っていう問題をかなり意識的に、強烈に乗り越えた人だよね。さっきも打ち合わせで西寺さんとKCさんと話したんだけど、ブラック・ミュージック寄りの目線で見るマイケル・ジャクソンと、西寺さんの世代、ニルヴァーナなんかも好きだっていう世代から見るマイケル・ジャクソンとでは全く別な人なんだよね。マイルスとすごい似てますよ。自分だけのジャンルとなって、白人、黒人っていう2大区分を変えたと。

 ただ、マイケルとマイルスがなぜイメージが一緒にならないかっていうと、マイルスは足を悪くして踊れない人だったんで、「ダンス」という要素が全く重ならないのね。マイルスはちょっとゲイ感があったんで、プリンスに寄ったし。まぁ、あの人は足を怪我しなくても踊らなかった人だと思うんで、だから、マイルスにはダンス・ミュージックのイメージがあまりないんですよ。そこで両者はくっつかないんだけど、立場的には、プリンスなんかより遥かにマイルスはマイケル・ジャクソンに近い人なんですよね。だから、マイルス研究家の視点から見るマイケル・ジャクソンっていうのが、別にあるわけなんだよね。黒人だけど白人みたいに生きたっていう人の系譜っていうかね。

--- 逆に、マイケルが派手なダンス・パフォーマンスをしない、通常のソウル・シンガーだったとしたら、やはりまた話は大きく異なってくるのですよね?

 もちろん。音楽にしても最初からモータウンじゃない? モータウン自体めちゃめちゃ真っ黒な音楽じゃないもんね。確かにブラック・ミュージックで、一般的にも「黒い」って言われてるけど、モータウン・ミュージック自体は、イギリスのポップス、端的に言うとビートルズと同時代に相当チャート争いなんかをやり合ったし。あの時代のアメリカには、モータウン、ブリティッシュ・インヴェイション、それから、A&Mサウンドがあって。カーペンターズとかハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスとかさ。一応その中で色分けされたけど、モータウンだって、後のヒップホップなんかに較べたら、かなり白っぽい音楽なわけで。マイケル・ジャクソンが終生に渡って「真っ黒」になったことはないですよね。ブラック・ミュージックのコアなリスナーは、マイケル・ジャクソンを尊敬してるし、「いい曲もあるよね」っていうぐらいだと思うんですよ。けれど、そういうレベルの存在じゃないっていうね。



菊地さんのマイケル・ジャクソン話、つづきはこちらで・・・

 菊地さんが、ゲストとともに、お互いの作品や活動、最近気になることなど、ざっくばらんにトークを展開するイベント「菊地成孔のナイト・ダイアローグ・ウィズ(NIGHT DIALOGUE WITH)」の第2回が、12月8日(火)に東京・Hakuju Hallで開催されます。今回は、Nona Reevesのヴォーカルにして、近著『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』が各方面で話題となっている、「日本一のマイケル・ジャクソン研究家」西寺郷太氏と、Exile、Chemistryらの楽曲を手掛ける音楽プロデューサーの松尾”KC”潔氏の2人をゲストに迎え、ずばりテーマは「マイケル・ジャクソン」。菊地さん曰く「ブラック・ミュージックに興味がない皆様は絶対に来ないでください」とのことですが、果たしてどのようなトーク・ライブとなるのでしょうか!? 残念ながらチケットはすでに完売ということなのですが、取り急ぎはお知らせまでに。



--- では、再びアルバムのお話に戻させていただきまして、「Hell Sonic」=「地獄の音響」というタイトルは?

 「Hell Sonic」は、ハッタリみたいなもんで(笑)。そんなに意味ない(笑)。今ほら、よっぽど悪魔的な音楽でもやってる人じゃないかぎり、「地獄の」って言わないじゃないですか? 今、ヘヴィメタルの人でさえ「地獄の」なんて言わないですよね?(笑)。

--- 邦題でもなかなか見かけないですよね(笑)。

 ないですよね。なんか色々と地球上が傷ついてるから、あんまり「地獄の」なんて言いにくい感じですよね(笑)。みんな「天国の、天国の」って言うわけだよね。だけど、そんなに「天国、天国」言われてもねっていう(笑)。たまには「地獄の音響」ってあっても、同じようなもんなんじゃないの? っていうのもあるので。今、「Hell」っていうと、相当インパクトあるかなと思って、「Hell Sonic」にしたっていうね。

--- インパクト一発だったんですね。

 うん、インパクトですね。「天国」も「地獄」も同じことだから。色んなカルチャーがあって煮えたぎってるような状態になってるっていうのは、天国のカーニバルのようにも見えるし、地獄の釜の中とかにも見えるわけじゃない?(笑) だから、「新宿は天国ですか? 地獄ですか?」って訊かれれば、「ここはひとつのパラダイスですよ」とも言えるし、「ひとつの地獄なんですよ」とも言えるようなもんで(笑)。そういう意味で、「地獄」の方がかっこいいかなっていう(笑)。あと、ジャズであまり「地獄」とか言わないんで(笑)。

--- インパクトという部分では、冒頭のマサカーの「Killing Time」はかなり強力なフックになっていると感じました。

 漠然と70年代末のニューヨーク、しかも「Hell Sonic」な感じを頭に思い描こうとした時に、誰もが「No New York」を思い浮かべると思うんですよ。ただ、「No New York」っていい曲がないじゃない?マサカーは「No New York」じゃないからね。フレッド・フリスだから、ニューヨークというよりは、ノマド的な音楽ですよね。無国籍みたいな。だけど、イメージとして「No New York」みたいな「ジャンク」で「エッヂ」で「エロティック」で「地獄」みたいな感じのものを、ハープとかがいるオーケストラが演奏したらかっこいいだろうなっていう風に思ったんだけど、(「No New York」には)曲がないんで。メカニカルないい曲で、それをアコースティックでカヴァーしたらショックがあるだろうなって考えた時に、マサカーかなって感じになったんですよね。それで「Killing Time」を選んで、さらに途中からサルサになるていうのが今回の肝っていうか。「うわっ!Killing Timeだ!」って思ったらサルサになるっていう(笑)。そこですよね。

--- 他に候補となった楽曲もあったのですか?例えば、アート・リンゼイのDNAだったり、ジェイムス・チャンスだったりと・・・

 候補というか、イメージだから、でっかい箱の中に全部入っちゃってるような感じなんですよね。ただ、採用するかどうかはすごく狭き門になって、言ってしまえば、ストラングラーズみたいなものでもいいかなって思うほどだったんだけど。ペペがあの編成でカヴァーして、ダンス対応で、サルサにくっ付けて違和感がすごくデカくて、尚且ついい感じになるとしたら、「Killing Time」かなって。非常に具体的な選び方ですよね。イメージ自体は勿論いっぱいありますけどね、バスキアとかもそうだし。

 「No New York」の最大の問題は、いい曲がないということ(笑)。「雰囲気」と「意義」だけがあって、「曲」はないっていう(笑)。その点、フレッド・フリスがいまだに力があるのは、いい曲がいっぱいあるっていうところなんだよね。カヴァーして再演するにたる曲がいっぱいあるわけですよ。そこがデカいんじゃないですかね。『No New York』も逆にデカいけどね。口ずさめる名曲が全くないのに、あのアルバム自体はすごいっていう。あれこそ「ノイズ」ですよね。カタチがないわけだから(笑)。



(次のページへつづきます)






今後のライヴ・スケジュール


菊地成孔コンサート2009

> 2009年12月4日(金)
第一夜「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」
Bunkamuraオーチャードホール(東京・渋谷)
開場18:30/開演19:00
料金:全席指定 6,500円(税込)

問:Bunkamura 03-3477-3244 <10:00〜19:00>
    サンライズプロモーション東京 0570-00-3337


> 2009年12月5日(土)
第二夜「菊地成孔 ダブ・セクステット」 special guest:UA
Bunkamuraオーチャードホール(東京・渋谷)
開場17:30/開演18:00
料金:全席指定 6,500円(税込)

問:Bunkamura 03-3477-3244 <10:00〜19:00>
    サンライズプロモーション東京 0570-00-3337


【チケット発売中】
Bunkamuraチケットセンター 03-3477-9999 (10:00〜17:30)
Bunkamuraチケットカウンター 1F 正面入口右手 (受付:10:00〜19:00)
チケットぴあ 0570-02-9999(Pコード 330-210)
ローソンチケット 0570-000-777(音声対応)
CNプレイガイド
イープラス


イベント・スケジュール


菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』発売
&オーチャードホール公演プレパーティ
intoxicate presents “Ecole plus”


> 2009年12月1日(火)
南青山・EAT and MEETS Cay
開演19:00
料金:前売2,000円/当日2,500円 (別途ドリンク代)

DJ:菊地成孔
Guest DJ:
小林 径(Routine Jazz/Routine Funk/Dark Shadow)
二見裕志(選曲家/DJ)
日向さやか
映像:冨永昌敬
ペペジャケット原画展示、オリジナルカクテルほか
問:タワーレコード株式会社 03-3496-6781

【チケット発売中】
ローソンチケット Lコード:75501
EATS and MEETS Cay、タワーレコード渋谷店、タワーレコード新宿店店頭
詳細はこちら ≫intoxicate blog

profile

菊地成孔(きくち・なるよし)

 音楽家/文筆家/音楽講師、1963年千葉県銚子市生まれ。25歳で音楽家デビュー。山下洋輔グループ、ティポグラフィカ(今堀恒夫主宰)、グランドゼロ(大友良英主宰)を経て、「デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン」、「スパンクハッピー」といったプロジェクトを立ち上げるも、2004年ジャズ回帰宣言をし、ソロ・アルバム『デギュスタシオン・ア・ジャズ』、『南米のエリザベス・テイラー』を発表。現在ジャズサ・キソフォニストとして演奏するほか、作詞、作曲、編曲、プロデュース等の音楽活動を展開。主宰ユニットに「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」と2007年に「デ−トコースペンタゴン・ロイヤルガーデン」を惜しまれつつも発展解散し、同年秋に結成した「菊地成孔 ダブ・セクステット」をもつ。音楽、音楽講師、また執筆(音楽にとどまらずその対象は映画、料理、服飾、格闘技と幅広い)をよくし、「時代をリードする鬼才」、「現代のカリスマ」、「疾走する天才」などとも呼ばれている。