菊地成孔 インタビュー 【2】

2009年11月19日 (木)

interview
菊地成孔




--- ペペは、今年の4月にLIQUID ROOMで初のスタンディング・ライヴを行っているわけですが、やはりその辺りも今回の『New York Hell Sonic』への伏線になったと言えるのでしょうか?

 そうですね。ペペは長い間、「スタンディングはやらない。コンサート・ホールでやりますよ」と言ってきたから。ステージ上では非常に踊りたくなるような音楽をやるんだけど、コンサート・ホールのイスに座っているんで、それは「拷問」であるんだっていうね。美味しそうなものが目の前にあるけど、食えないんだっていうイメージで「トルメント(=拷問)」って言ってるんですけど。でまぁ、それもひとしきりやったんで、またフロアに出てみようかなっていう。フロアに出る時は、ワクワクするんですよね。僕がデート・コース(デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン)を作った時も、人が踊るだろうかと思って、フロアに乗せたんですよ。乗せたらみんなバァーッと踊ったわけね。

 ペペはずっと活動してるから、言ってみれば認知のあるバンドなので、デート・コースみたいにフロアでデビューしたってわけじゃないですけど、すっかりドレス・アップしてめかし込んで弾くっていうイメージをフロアでやったらどうなるだろうか? って・・・まぁ、踊るだろうなとは思ってましたけど(笑)、踊るだろうけど、一応どうなるだろうかって構えでやってみたら、案の定踊ったんで。その時には、今回のアルバムのアイデアはすでにありました。隙間産業というか(笑)、いつもの僕の仕事のやり方ですけど、クラブ・カルチャーの中の定着的じゃない部分にアプローチするというか。例えば、クラブのフロアで「私はバレエを習っているから」とか言って、見事にターンする人とかいないしね。まぁ、結局はタコ踊りになりますよね(笑)。

--- (笑)皆一律、そうなってしまう可能性は大きいですよね。

 一番うまくて、ジャズ・ダンスやブレイキンとかでしょ? たまにコンテンポラリー・ダンスをかじってるような人もいないわけではないけど、まぁ少ないんじゃない。社交ダンスをやる人がクラブのフロアの真ん中に来るってこともないし(笑)、サルサで踊るとなれば、サルサのステップって決まっちゃってるから。もっとぐちゃぐちゃなね、当時のニューヨークはマルチ・カルチャーで色々なものがあって、「Melting Pot(=文化の坩堝)」って言われてたから、ダンス・フロアのこっちでは黒人みたいに踊ってる人もいるし、方やこっちではコンテンポラリー・ダンスみたいに踊ってる人がいたら面白いなっていう絵が頭に浮かぶわけですよね。

 そのヴィジョンに従ってペペが・・・でまぁ、すでにクラブのステージの上にハープがいる段階でおかしいじゃないですか(笑)? ただ、今は「何でもアリ」になっちゃたから。トライバルとかを経由して。ディジリドゥとシンセサイザーを混ぜた音を出したりとか。何の民族楽器がきても驚かない世の中になっちゃったんで。そういう部分では、ペペがクラブのステージに乗っかってるだけでは、それだけのインパクトっていうのはないですよね。だから、ソプラノ歌手が出てきて「アリア」をクラブで1曲歌うんだとか、バレエ音楽めいた曲、ストラヴィンスキーみたいな曲をやるんだみたいな。そうしたら、客にもそういう人がいて踊ったんだみたいになったらおもしろいよねってことで駆動するんですよね。実際そうなるかどうかは別として。結局、そういうアイデアですよね。

--- ごく個人的には、オペラ、バレエでクラブ寄りのオーディエンスが踊っているという場面は、なかなか想像付きにくい部分もあるのですが・・・

 オペラは難しいよね。「アリア」も立って聴くしかないけどね。このアルバムで言う2曲目(「New York Hell Sonic Ballet」)みたいなコンテンポラリー・ダンスのような音楽がクラブと被さってくるとおもしろいかなとは思いますけどね。


菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
 菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール@Bunkamura オーチャード・ホール 2008


--- 社交場然とした空間でかっちりドレスアップした服装で踊る、もしくは踊りを我慢するという、所謂「抑圧」された感じというのも、ペペにとってはこれからも重要なテーマとして続いていくのでしょうか?

 この後、ペペは、フロアに振ったり、コンサート・ホールに振ったりと、振り分けが自由なバンドにしたいって思ってるんですよ。だから、(※)ヴァイナルきってパーティーもやるし、お酒出してコンサート・ホールでドレス・アップして来るって、どっちもやりたいと思っているのね。要するに、どっち対応だとかにしちゃうと、「今までっぽい」ですよね(笑)? 「ゼロ年代っぽい」って言うかさ(笑)。「どっちもいけるんだ」っていうところが重要で。あとは、今までと変わらないけど、フォームだけそうするって言っても無理だから。やっぱり実質が伴わないとね。実際にあるアーティストが急に、「これからはライヴにドレス・コードがあって、ドレス・アップしていない奴は入れない」とか言ってさ。で、結果として客が入らなくなっちゃったっていう(笑)。そういうことが起こるわけじゃない? そんな無茶してもしょうがないから(笑)。ペペなら、クラブでやるから踊ってくれと、コンサート・ホールでやるから座ってゆっくり聴いてくれとか、一応、振りがきくかなっていうね。僕自身の活動が、「どっちもある人だ」っていう風に認知されたいっていうのはありますよね。前はデート・コースをやってたと。デート・コースをやめちゃったから、もうフロアには戻ってこないと。ジャズになったからコンサート・ホールなんだと。っていう人生じゃあまりにもつまんないですよね。「どっちもいけるんだ」っていうのが大人の懐なんだっていうところじゃないですか(笑)。

 もちろん、大人だから偉いってわけではなくてね(笑)。座っても聴ける、踊っても聴けるっていう。まぁ、誰でもやりますけどね。スティングも古楽をやって教会で座って聴かせて、方やポリスが再結成すると客が歌いながらタコ踊りになるんだみたいな(笑)。そういう感じですかね。ひとつのバンドでそれをやるっていう。「今回だけ特別企画で、またフロアに戻ります」とか、あるいは「もうコンサート・ホールは捨てた」とかっていうことではなく、「どっちもやりますよ」って、理念として色々振っていくっていうところですよね。


(※)「バイレ・エクゾシズモ」が12インチで限定リリース

バイレ・エクゾシズモ    菊地さん曰く「アコースティックでジェフ・ミルズみたいなことを試みた」という、ペペの前作『記憶喪失学』収録の「バイレ・エクゾシズモ」が、完全クラブ・ユースの5曲入り12インチ・アナログ・レコードで11月25日にリリースされます。最新作『New York Hell Sonic Ballet』から、「Killing Time」、「儀式〜組曲<キャバレー・タンガフリーク>より」、「嵐が丘」の3曲も収録。売り切れ御免の500枚完全限定プレスということで、レコード屋店頭等でお見かけの際は、必ずや2枚でどうぞ。 

収録曲:「Killing Time」「儀式〜組曲<キャバレー・タンガフリーク>より」「嵐が丘」「大天使のように」「バイレ・エクゾシズモ」



--- では最後に、12月4日にBunkamuraオーチャード・ホールでペペ、翌5日にダブ・セクステットの公演が控えています。昨年に限ってはこの2公演がシンメトリー的(座って聴く ― 踊りながら聴く)なものとして称されていたのですが、ここまでのお話を伺っていますと、今年に関してはこの対象性みたいなものはなく、「両日共に踊れるぞ」というような公演になりそうな気配がするのですが、いかがでしょうか?

 前から「踊れる感」は、それなりにどっちにもあったんですよね。ただ僕は、クラブ・カルチャーとコンサート・ホール・カルチャーがミックスされるといいなって思ってたわけ。それを実践したいなって思ってたんですよ。普段はクラブに行ってタコ踊りしてる人も、今日ばっかりはコンサート・ホールで座ってゆったり聴くってこともするし、逆に踊ったことなんてないのに、クラブに行ってみたらおもしろかったっていう、そうした往復があったら、ちょっとは面白いかなと思ってやってみたんですけど、結局、やって分かったことは・・・それほどミックスされないっていうことだったのね(笑)。僕の力不足もあると思いますよ(笑)。どなたか天才的な人がやったら、一瞬にしてミックスされるかもしれないけど、結果的にはあまりミックスされなかったと。

 オーチャード・ホールでやるっていうことは、踊れるし、半ば踊りたいっていう人が来ても、オーチャードの中でダンスが始まるっていうことは、まずありえないよね? 警備員が止めるってことがないにしたって、ありえはしないと思うんだよね。去年は、ターンテーブル持ち込んで、まぁ、それなりに怒られましたけどね(笑)。一応、持ち込んだんだよね。で、ここはターンテーブルも入る場所なんだっていうことを見せて。だから、そういうミックスしたいっていう気持ちは、諦めたわけではなくて、まだ残ってますよ。

 こう言うと黒人の音楽家みたいだけど(笑)、音楽を聴衆する態度というものに対して、もっと自由な気持ちになって、既成概念に縛られない感じでと。「オレはクラブだから」とか、「あんなところ行けないよ」とか言わないで、「どっちもいいんだ」っていう風になればいいなと、僕は常に思ってるんですけどね。とは言え、12月に2日間やるオーチャード公演というのは、今年でとりあえず終わりなんですよ。まぁ最後だと言うことで、何がどうとか特にないっていう、「3年間お疲れ様です」っていう感じで(笑)。「ゆっくり楽しんでくださいよ」みたいなぶっちゃけた感じでもありますよね、気分的には(笑)。

--- 実際には、UAさんもゲスト出演するダブ・セクステットと、ペペとでは、また自ずと客層に違いも出てきそうな感じではありますよね。

 まぁ、多少はあるだろうね。でも、UAのファンの若い子が踊るとか、そういうシンプルな話じゃないよ。UAのファンの子とか、こう、拝んでるかもしれないじゃん(笑)。踊らないよ、きっと。「踊る」、「踊らない」は、あんまり年齢は関係ないと思いますね。ただ、クラブっていうのは、若者の集まる場には変わりないけどね。だけど、「クラバー」=「若者」=「若者たちが皆踊る」っていうわけでは決してないし。踊らない若者もいっぱいいますよね。と同時に、踊るおっさんもいっぱいいるわけで(笑)。そんなにコトはシンプルじゃないと思いますね。

 要するに、当たり前だけど、資本主義っていうのは、マーケを区切ることによって初めて商売が動き出すわけだよね。マーケやジャンルがはっきりしてるっていうのは、マーケを区分するっていうことだよね。区分することによって、物が買いやすくなる。マーケが区分されなければ、そこにあるものを買っていいか、買ってよくないかが分からないよね。八百屋だって思うわけだから、大根欲しい人がそこに入れるわけで、「八百屋かな?」「薬屋かな?」ってなったら入らないじゃない(笑)? 結局、原理的に、マーケを区切らないで商売するってことが、一番難しいシステムなんですよ。「オレはドラムンベースだから」とか、「今日はずっとハウスかけるから」って言えば、行く人は行くし、行かない人は行かない。ユーザーの態度もハッキリする。ただ、僕の音楽を聴いてる人の場合は、色んな年齢の人がいるし、ましてジャズ・マニアが来るわけでもないし、ジャンルがあるとしたら「僕の活動だ」って言う以外にないので、曲はダンサンブルだったり、踊りづらかったりと、極めて不安定なマーケなんですよね。だけど、結局、それがやりたいことなので、しょうがないですよね。そういうことが刺激的だっていうのが、僕らの世代っていうか、80年代に青春を謳歌した人たちの基本的な刷り込みっていうか(笑)。

--- その刷り込みが、新作における「80年代ニューヨーク」の妄想であったりと・・・

 そうですね。「色んなやつが来てるんだ」っていう。「めちゃめちゃなんだ」っていうことですよね。




【取材協力:East Works Entertainment Inc.】







今後のライヴ・スケジュール


菊地成孔コンサート2009

> 2009年12月4日(金)
第一夜「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」
Bunkamuraオーチャードホール(東京・渋谷)
開場18:30/開演19:00
料金:全席指定 6,500円(税込)

問:Bunkamura 03-3477-3244 <10:00〜19:00>
    サンライズプロモーション東京 0570-00-3337


> 2009年12月5日(土)
第二夜「菊地成孔 ダブ・セクステット」 special guest:UA
Bunkamuraオーチャードホール(東京・渋谷)
開場17:30/開演18:00
料金:全席指定 6,500円(税込)

問:Bunkamura 03-3477-3244 <10:00〜19:00>
    サンライズプロモーション東京 0570-00-3337


【チケット発売中】
Bunkamuraチケットセンター 03-3477-9999 (10:00〜17:30)
Bunkamuraチケットカウンター 1F 正面入口右手 (受付:10:00〜19:00) チケットぴあ 0570-02-9999(Pコード 330-210)
ローソンチケット 0570-000-777(音声対応)
CNプレイガイド
イープラス


イベント・スケジュール


菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』発売
&オーチャードホール公演プレパーティ
intoxicate presents “Ecole plus”


> 2009年12月1日(火)
南青山・EAT and MEETS Cay
開演19:00
料金:前売2,000円/当日2,500円 (別途ドリンク代)

DJ:菊地成孔
Guest DJ:
小林 径(Routine Jazz/Routine Funk/Dark Shadow)
二見裕志(選曲家/DJ)
日向さやか
映像:冨永昌敬
ペペジャケット原画展示、オリジナルカクテルほか
問:タワーレコード株式会社 03-3496-6781

【チケット発売中】
ローソンチケット Lコード:75501
EATS and MEETS Cay、タワーレコード渋谷店、タワーレコード新宿店店頭
詳細はこちら ≫intoxicate blog

profile

菊地成孔(きくち・なるよし)

 音楽家/文筆家/音楽講師、1963年千葉県銚子市生まれ。25歳で音楽家デビュー。山下洋輔グループ、ティポグラフィカ(今堀恒夫主宰)、グランドゼロ(大友良英主宰)を経て、「デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン」、「スパンクハッピー」といったプロジェクトを立ち上げるも、2004年ジャズ回帰宣言をし、ソロ・アルバム『デギュスタシオン・ア・ジャズ』、『南米のエリザベス・テイラー』を発表。現在ジャズサ・キソフォニストとして演奏するほか、作詞、作曲、編曲、プロデュース等の音楽活動を展開。主宰ユニットに「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」と2007年に「デ−トコースペンタゴン・ロイヤルガーデン」を惜しまれつつも発展解散し、同年秋に結成した「菊地成孔 ダブ・セクステット」をもつ。音楽、音楽講師、また執筆(音楽にとどまらずその対象は映画、料理、服飾、格闘技と幅広い)をよくし、「時代をリードする鬼才」、「現代のカリスマ」、「疾走する天才」などとも呼ばれている。