ペトレ / 無伴奏ヴァイオリン全曲
2005年9月14日 (水)
J.S. バッハ:・無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ 全曲 BWV.1001-1006(2CD)
ルミニッツァ・ペトレ(Vn)(→オフィシャルサイト)
芳岡正樹(レコード芸術9月号 海外盤試聴記より抜粋掲載)
いや、その美しいこと! こんなに楚々として香り高く、ヨーロッパの演奏伝統を確かに感じさせ、洗練されたセンスで、聴き手の胸にすーっと滲みこんでくるバッハが今まであっただろうか。
ルミニッツァ・ペトレは現在ヴュルテンベルク州立管弦楽団のコンサート・ミストレスを務める女流で、華やかなソロ活動は行なってないし、CDはクララ・ヴィーク・トリオの一員として数枚出ていたくらい。いま流行りのピリオド楽器ではなく、モダン楽器による、いわばなんの変哲もない演奏である。
まず彼女のヴァイオリンの哀切な音色に参ってしまう。使用楽器はマッテオ・ゴフリラーだが、その音の質はスリムに引き締まっており、しなやかで、同時に柔らかさを感じさせる。4弦の音色はヴァラエティに富んでおり、彼女はこの色合いの違いを、声部ごとの性格づけに活かしている。しかし、音色にこれだけの内容を湛えながら、音楽は何事もなかったように、停滞することなく流れてゆく。このギャップが堪らない。
そして、彼女は決してバッハを偉人化しない。シゲティのように音楽に強烈なくさびを打ち込むことはしないし、シェリングのようにフーガの立体性で聴き手を圧倒することもない。彼女のアタックは軽く控えめだが、歯切れがよく十分に決まっている。フーガも圧倒的な大伽藍にはならないが、声部間の対話は明快に描かれ、きわめて音楽的だ。これは大会場で多くの聴衆を唸らす演奏ではなく、サロンで新しい仲間に語りかけるように演じられたバッハなのだ。
ペトレはこの演奏をバッハの自筆譜に基づいて行なっている。私もファクシミリを見ながら試聴したが、スラーやエコーなどまったく指示通りの演奏であり、多声部の描き出しやリズム表現など、自筆譜の丁寧な記譜法や勢いのある筆致から生まれていることが実感でき、思わず膝を打つと同時に、その誠実さに感銘を受けた。そして背景には、彼女のどこまでも気品高く、自然な音楽性がある。
どの曲もよいが、《パルティータ》第2番が格別である。例によって何気なく弾き進めてゆくが、〈シャコンヌ〉に入り、長調に転じる中間部以降、次第に音楽が豊かに息づき、フレーズが弧を描くように歌われる部分など、実に感動的だった。(レコード芸術9月号 海外盤試聴記より)
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