2019年、私がもっとも注目する演奏家は?

2019年03月06日 (水) 13:30 - HMV&BOOKS online - クラシック

連載 許光俊の言いたい放題 第268回


 いったい誰でしょうか。キリル・ペトレンコ? クルレンツィス? 
 いやいや。
 むやみと期待されているご両人だけれど、目下のところ、残念ながら私はこの2人に関してはまったく納得していない。おっちょこちょいな、失礼、好奇心あふれる貪欲なマスコミや評論家は騒いでいるが、私は本当に納得した人しか褒めません。ま、私の鑑識眼が追いついていないだけのことかもしれませんがね。そういうことにしておきましょう。ニヤニヤ。
 ズバリ、私が2019年にもっとも聴きたい演奏家のひとりは、内田光子だ。
 70歳を越えたピアニストを、しかもこれほど名声のある人を、何をいまさら、とおっしゃるでしょう。だけど、ここのところの内田光子は本当にすごい。もちろん前からいいピアニストだったけれど、最近はもう完全に突き抜けた境地に入ってしまっている。
 以前の内田の演奏は、まじめで丹念なのはいいのだけれど、神経質で過剰に聞こえることがままあった。でも、今はまったくそんなことがない。無駄に感じられた部分(本人はそう思っていなかったのだろうが)がすっかりきれいに落ちて、大事なことだけが残っている。大げさではなく、こういうのを至高とか至純の境地と呼ぶのだ。
 昨年ロンドンで聴いたモーツァルトのピアノ協奏曲第27番のすごさ。まるでひとりごとのような、あまりにも静かで、真実で、よけいな効果などに背を向けた演奏のすさまじいこと。海外でコンサートを聴くというと、「時差ボケがたいへんでしょう?」とよく尋ねられる。そんなこと全然ない。演奏がよければ、時差なんて関係ない。それがわかっているので、近頃私は時差なんてほとんど気にしない。つまらなければ寝るだけさ。この内田の演奏は、聴いていて妙に脳が覚醒させられる音楽だった。
 ベルリンで聴いたシューベルトの最後のソナタの異様な美しさ。深さ。スタインウェイなのに、きらきらした音がいっさい出なかった。完全つや消しの黒。そして、正統的なドイツ風の味わい。バスの意味。アゴーギク(テンポの変化)の意味。もしフルトヴェングラーの「未完成」を生で聴いたら、これとそっくりの印象を受けたのではないかと思った。そう信じられた。自由に、繊細にやっているような抑揚が、ほんとはすごく論理的、知性的、だけど情感的。
 そして、あの長い作品が、かつてなく構築的に聞こえるのだ。無限の繰り返し? よくそう評されますね。違う、本当はすごく構造的なんだよ。シューベルトは梅毒で脳みそをやられていたのではなかったけ? いや、そんなこと全然なかったんだ・・・。衝撃的だった。
 ほんと、今こそ内田光子を聴いたほうがいい。今が最高のチャンスだ。次の来日公演はぜひ。絶対に。万障お繰り合わせの上。ピアノ向きのいいホールを選んで。大きすぎない、響きすぎないホール。もしそんなところでリサイタルが開かれるなら。一番いい席を奮発して。
 ごくたまに、その記憶だけで感動できるというコンサートに遭遇する。今の内田光子には、そんなコンサートが可能だ。ちなみに、サロネンはいろいろな独奏者と共演している。もちろんビッグネームがたくさん。だけど、私が見た限り、舞台上で彼が一番敬意を表していたのは明らかに内田に対してだった。ハーンでもエマールでもラン・ランでもなく。そういうことって、生々しく伝わるものです。

 で、改めて内田のCDをいろいろ聴きなおしてみた。今の内田光子のすごさをほうふつとさせる録音ってないものか・・・。しかし、彼女の名声を高めた録音の数々は、残念ながら、最近の境地を伝えるものではないのだ。
 しかし、幸いなことに最近、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が発売された。共演はラトル指揮ベルリン・フィルだ。2010年の演奏だから最新ではないにしても、彼女の近年の方向性が明らかに聴きとれる。それにオーケストラもすばらしい。
 すべてについて書いているときりがないので、部分的に触れることしかできないが、以下、特に目立ったところ。
 第1番の弾きだしは、今までの内田光子だ。異常に突き詰められていてひとつひとつの音の意味や価値が計量されている。が、今回のセットで一番聴きたいのはこういうところではない。次の第2楽章のような音楽だ。いきなり世界が変わって、夜の甘美な音楽になる。じんわり、しんみり。すごい陶酔美。ゆったりとスローモーションで踊るような静けさ。音量を下げていくところの美しいこと。感覚的でありながら精神的。で、指揮者とオーケストラがこれに見事に反応するのだ。

 第3番は、冒頭の長いオーケストラの前奏、ここがまずいい。重みがあるのに、繊細な感じもある。躍動感もある。運転をする人はわかるかな、力がある車で、アクセルをぐいと踏むと、踏んだだけ、重い車が滑らかに動く、そういう感じ。そして、ぐいと動いても、動きすぎないでぴたっと動きが収束する。
 で、ピアノのソロ。最近の内田の音楽は、実に微妙かつ多彩、自由自在にテンポが伸縮するが、それが滑らか。だから、わざとらしい感じがしない。そして、オケがそれにしっかり、繊細につけてくる。弦楽器も管楽器もだ。だから、対話のような、室内楽的な感じもする。というか、これが協奏曲というものでしょう。こんなことができるしやろうとするベルリン・フィルは超一流。私が知る限り、協奏曲の伴奏でこうことをやろうとしないコンセルトヘボウ管やチェコ・フィルは明らかにベルリンより格下。うまい下手の問題じゃない。気持ちの問題。
 ピアノの音色はさまざまに変わるが、なんとも言えない静けさが漂っている。変化に無駄がないからだ。すごみを感じさせる。剣の名人の構えのよう? そうかもしれない。すきがない。よけいな動きがない。
 第1楽章のカデンツァもすばらしいが、第2楽章には文字通り息をのむ。

 第4番、頭からして魅力たっぷり。もの思いに耽るピアノ。濃密で、じわじわと迫ってくるオーケストラ。 
 第2楽章の頭、重々しいオーケストラと、可憐で物憂げなピアノのコントラストも強烈。フィナーレ、別にここに限ったことではないけれど、音のひとつひとつの必然性。

 「皇帝」は、最初のオーケストラの響きを聴いてちょっとずっこける。ちゃちだ、オケの響きが。せっかくこの曲なんだし、ベルリン・フィルなんだし、もっと雄大な録音方法はなかったのだろうか。
 しかしながら、逆にだからピアノをじっくり聴くにはよいのだ。ベートーヴェンに限らず、ピアノ協奏曲というものは、生で見て聴けば、脳内で調整されるからいいものの、実際には音量バランスが実に難しい。いくらピアノの音量が大きいからといって、管弦楽には軽く負ける。たとえば、チャイコフスキーのピアノ協奏曲もそうだ。録音慣れした耳にとって、生の音は案外貧相なのだ。今回のクローズアップ型録音は、ピアノと各楽器の対話を聴き取るためには都合がいい。
 「皇帝」冒頭は拍子抜けとはいえ、以後は生気がありかつ緻密なオーケストラの立派さを素直に楽しめる。バランスの問題を言ったら、管楽器がこんなにくっきり聞こえることもよほどの場合でないとあり得ないわけだし。
 ピアノは、再び第2楽章がものすごくいい。驚くほどロマンティックだ。まさしく夢幻の世界だ。トリルの官能美。そして、こういうピアノを弾かれると、オケもその方向でがんばる。ヴァイオリンのかすれるようなさわさわした音色。弱音の緊張感。チェロやコントラバスの存在感。聴いていて実に嬉しくなる。ベートーヴェンの時代のピアノとオーケストラでは、こういう音楽はできなかっただろう。現代の楽器ならではの最高級の音。この「皇帝」は第2楽章を楽しむためだけに持っていてもいい。もしベートーヴェンが聴いたら、「俺が書いたのはこんなに洗練されたきれいな音楽じゃない」と言うかもしれないけど。
 そして、この第2楽章から第3楽章への移行部分の味の濃さ。これ、生で聴いたら、ほんとにどきどき、くらくらものだったのでは。録音で聴いてもどきどきするが。
 ダイナミックさにおいて、目をくらませるようなテクニックにおいて、内田以上のピアニストはいくらでもいるだろう。そのようなピアニストに、不相応な喝采を送るのが大衆というものである。が、演奏の本質とはそんなものではないことをこのセットは教えてくれるはずだ。

 さて、内田はかつて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲5つを、彼女が尊敬してやまないクルト・ザンデルリングと録音していた。聴き比べてみると、驚きますよ。第3番だって、「皇帝」だって、元気でバリバリ弾いているから。ずっと勢いがあるから。実は演奏時間はベルリンでの録音とほとんど変わらない。なのに受ける印象は決定的に違う。「皇帝」第2楽章もじっくりやっているようでいて深みが全然違う。天上の音楽と地上の音楽くらい。旧録音の鮮烈さが好きだという人もいるだろう。しかし、私は今回の沈思黙考するような演奏のほうがずっと好きだ。
 第3番は、旧録音でも特に充実した演奏で、第1楽章カデンツァは見事だし、第2楽章もすばらしい。安価だし、聴きくらべも一興、いやそれ以上。
 ではあるのだが・・・。ベートーヴェンに限らず、協奏曲の伴奏において、今回のラトルとベルリンのセットほどオーケストラが見事だった例もまことに珍しいに違いない。ベルリン・フィルがわざわざこのセットを発売したのは、ゆえなしではないのだ。内田の旧録音のザンデルリンクが悪かったわけではむろんない。神経質なところがない、太い筆で力強く引かれた線は、おおらかでいながら要点を外さず、きわめて安心して聴ける。が、とりわけ録音で聴く場合には、ラトルのようにいろいろ仕掛けた演奏のほうがおもしろく感じられるという傾向は否定できない。おそらく生で聴けば、ザンデルリンクの雄大な音楽には大満足できたに違いないが、録音だと決め手というか特徴に欠ける印象を受けるときがある。
 実は私はことさらピアノ協奏曲という分野を好んでいるわけではない。だが、このセットを聴いて、ベートーヴェンがもっともっとたくさん書いてくれたらよかったのにとさえ思った。そうしたら私たちは、もっと楽しむことができたのだから。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

評論家エッセイ情報
内田光子
ラトル
ベルリン・フィル
ピアノ協奏曲全集 内田光子、サイモン・ラトル&ベルリン・フィル(3CD+2BD)

CD

ピアノ協奏曲全集 内田光子、サイモン・ラトル&ベルリン・フィル(3CD+2BD)

ベートーヴェン(1770-1827)

(2)

価格(税込) : ¥10,800

発売日: 2018年11月21日

ピアノ協奏曲全集 内田光子(p)、ザンデルリング&バイエルン放送響、コンセルトヘボウ管(3CD)

CD輸入盤

ピアノ協奏曲全集 内田光子(p)、ザンデルリング&バイエルン放送響、コンセルトヘボウ管(3CD)

ベートーヴェン(1770-1827)

(24)

価格(税込) : ¥3,240

会員価格(税込) : ¥1,690

まとめ買い価格(税込) : ¥1,690

発売日: 2005年05月13日

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(5CD+3BD)(日本語解説付)

CD

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(5CD+3BD)(日本語解説付)

ベートーヴェン(1770-1827)

(10)

価格(税込) : ¥14,040

会員価格(税込) : ¥12,917

まとめ買い価格(税込) : ¥11,934

発売日: 2016年05月11日

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(4CD+2BD)

CD

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(4CD+2BD)

シベリウス(1865-1957)

(5)

価格(税込) : ¥14,040

会員価格(税込) : ¥12,917

まとめ買い価格(税込) : ¥11,934

発売日: 2015年11月21日

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(2CD+ブルーレイ)

CD

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(2CD+ブルーレイ)

シューマン、ロベルト(1810-1856)

(2)

価格(税込) : ¥9,720

会員価格(税込) : ¥8,942

まとめ買い価格(税込) : ¥8,262

発売日: 2014年06月27日

『ベルリン・フィル アジア・ツアー2017〜ライヴ・フロム・サントリーホール』 サイモン・ラトル、ユジャ・ワン(5SACD+BD)

SACD

『ベルリン・フィル アジア・ツアー2017〜ライヴ・フロム・サントリーホール』 サイモン・ラトル、ユジャ・ワン(5SACD+BD)

(3)

価格(税込) : ¥11,880

会員価格(税込) : ¥10,930

発売日: 2018年05月19日

評論家エッセイへ戻る