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Review List of 一人のクラシックオールドファン 

Showing 1156 - 1170 of 2357 items

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     2010/12/09

    マゼールの後任としてCLOを受け持ったドホナーニは特にセル時代に出来上がった強靭なアンサンブルを活かして更に磨きをかけて行った指揮者ですが何となく「線」の細い指揮者である印象を拭えなくなって久しいです。その創り出す音楽は決して線が細いわけではないのに・・・そう主張が我々凡人にはつかみ切れないもどかしさが有るようです。彼の演奏価値が分かるには少し時間が要るのかもしれません。さて私は本盤収録曲の内交響曲第3番を別盤(悲劇的序曲とのカップリング盤)で聴いていたのでそれに限定したコメントになります。1988年録音の第3番・・・演奏タイムは@12’18A8’44B6’17C8’34となっており第1楽章は反復されてのこのタイムなので早目に進めた演奏でその分少し頼りないというか「芸」が欲しい様な感じもしました、後半一時主題の再展開で足早に何故駆け抜けて行くのか・・・ここがドホナーニのこの曲演奏の一つの特徴かも知れませんが・・・もう一つ私には納得が行きませんでした。第2楽章は情感があり第3楽章も早目ながら結構表情をつけてくれ続く第4楽章・・・その終わる付近スローモーションでの主題アウトラインは少し抑え気味なのも好き嫌いは別にして印象的でした。本盤には入っていませんが全集にある「悲劇的序曲」(演奏タイム13’32)は縁取り鮮やかにこれも情感豊かにダメ押ししての終わりは素晴らしいです。前に触れました様にヴァイオリン協奏曲の方は未聴でもありますので録音含めて素晴らしいランクにしておきます。なお、ドホナーニのブラームスシリーズには後年PHOとのライブ録音盤もあり玄人好みの演奏が聴けます。(タイムについては盤により多少異なる場合があります)

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     2010/12/08

    アメリカの作曲家の代表的な作品をあの偉大なマエストロ・・・トスカニーニがNBCSOを指揮して1940年代前半に収録した盤です。1945年演奏録音のグランド・キャニオン・・・個人的にはオーマンディ/PPOが好き・・・トスカニーニ盤(5曲トータルタイム31’45)は基本的なものかと思うのですが少し例によって厳しすぎるギスギス感でがんじがらめ。古いモノラルなので仕方ないものの特定の楽器の音が何となくバランス的にすっきりしません。冒頭の「日の出」に何を聴く側は求めるかによるのですが本演奏は厳しい酷暑を思わせます。最後の「豪雨」の物凄さも特筆すべきものかと思います。自然の厳しさを前面に描いた名演。パリのアメリカ人(タイム15’58)はストレートでシンプルな演奏です、所謂ゆとり・遊びはありません。トスカニーニ自身が1938年初演したバーバーのアダージョは映画「プラトーン」の挿入歌として用いられより有名になったものでよく米国での葬送などに使用されている物哀しい曲(そう言えば今日12/8は母親の命日なのであらためてこの演奏が身にしみます)、本盤演奏(1942年録音、タイム7’11)はやはり本モノという有難さを抱きつつ私はイムジチの演奏盤と聴き比べなどした時期があります。スーザの行進曲も素晴らしいですが録音年代を考えるとやや戦意高揚的位置付けだったとするのは下衆の勘ぐり?何れにしても「遊び」「余裕」も欲しい曲目中心だけにベストランク付けには躊躇しました。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/07

    2010年ライブ録音で今後嘱望される若き指揮者の一人ハーディングによる大曲です。独唱者、各合唱団、オーケストラという大所帯をよくコントロールして大きな破綻もなくオーソドックスに曲を進め25節27曲をタイム61’15で過不足なく適度なスケール感を維持して終えます。この曲と言えばどうしてもヨッフム盤を思い出しますがとにかくベネディクト派のボイレン修道院にあった吟遊詩人の詩を作曲者オルフがチョイスし人間のしたたかな欲望、酒、恋をあからさまに表し中世的的サウンド雰囲気に乗せたこの大曲を35歳のハーディングが歌詞内容にも相応しい年代指揮者として音色が録音良さも手伝って大まかにはならず時にはキメ細かさをつけて演奏しているのはある意味相当とも思え独唱者・・・特に私はソプラノが気に入りました・・・他声楽陣もよく健闘しております。歌詞内容は本当に人間そのもの、官能さえ感じさせこの曲を聴くには特に難しい歌詞ではありませんので歌詞を見ながらをお奨めしたいですね。冒頭かの有名な「運命、世界の王妃よ」で割とセーブされた合唱スタート、オーケストラは先に書いた中世的雰囲気。「春に」の第3曲が5’20と長めなのが特徴。とにかくゆっくり春を節毎に合唱が漂う感じ。バリトン独唱もゆっくり出だしおだやかそのもの。「草の上で」スタートはごつくないオーケストラ全奏サウンドが快いテンポで進みます。管と打楽器の絶妙さと各パートを浮ばせ一本調子にならないコントロールは聴きもの。もうこの辺りは男女の獣的求め愛をどう演奏するかが楽しみ。最後チキチキバンバンに似た曲でオーケストラに工夫が聴けます。「居酒屋にて」・・・バリトンが如何にも歌謡風に歌いますがメリハリもつけてくれます。焙られ白鳥でのテノールの苦しげなリアルさも聴き処。最後チューバが出だし・・・の為に・・・を何回も繰りかえし酒を飲むシーンもよく統制がとれています。「求愛」での少年合唱団は宗教曲にもよーく歌っているだけに透き通った感じがこのタイトル「求愛」歌詞に相応しいし?ソプラノの中性的なアプローチは一方では心の揺れを上手く歌います。合唱が様々入りそしていよいよ最後は冒頭の「運命」テーマが戻ってダイナミックさを少し加え最後充分引っ張って入念に仕上げます。ハーディングの先買いとしてはマァマァな演奏かと思いました。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/06

    作曲時期としては三つに分かれるベートーヴェン チェロ・ソナタ5曲中一番若い頃の作品第1番と第2番を二楽章ながら第1楽章緩徐序奏を充てて三楽章効果を上げていることに意識させてもくれた私にとっての本演奏であることを冒頭メモさせていただきます。さて、本盤演奏で録音時期(1930年カザルス54歳頃)が特に古い一番有名な第3番だけが伴奏ピアノがシュルホフというピアニスト(カザルスの早期のチェロ小品録音パートナーとして比較的多く共演しています)で他は全てホルショフスキーというポーランド出身のピアニストです。両ピアニストは伴奏に徹しており例えばベートーヴェン チェロ・ソナタというと私などすぐ思いつくケンプ(フルニエ)、リヒテル(ロストロポーヴィッチ)、バレンボイム(デュ・プレ)、アルゲリッチ(マイスキー)等の個性派とはちょっと様子は異なります。それだけカザルスの個性が強いとも言えるのでしょう、SP時代盤からの転写で私などはLPベースで聴いてはいましたが録音状態は不芳で音程そのものも今時の技術からすれば万全とは言えなくても・・・と言っても晩年カザルスのテクニックからすると充実期には間違いありません・・・その演奏の風格というか音楽への情熱、傾倒がビジネスライクではないだけ厳しさ・暖かさに相通じる・・・こういうのがマァ昔からの有難い演奏に盲従する類いかもしれません・・・精神性に溢れたと言うのでしょうね。CDでも基本的には録音状態は同じでも内面精神と外面造形はきっちり聴けチェロ作品としては無論のことカザルス演奏盤としてバッハの無伴奏組曲がチェロの旧約聖書とするなら、ベートーヴェンのチェロソナタは新約聖書に位置づけられることを再認識する本盤です。カザルスにはベートーヴェン チェロ・ソナタ全曲録音として後年1953年(第2番のみ1951年)音楽祭録音のゼルキンとのセット盤もありますし1950年代録音分でバラでもゼルキン(第1,4,5番)、イストミン(第2番)、コルトー(第3番)、ホルショフスキー(第5番)などの演奏盤もあったらしいですよ。いずれにしてもやや武骨でおおよそスマートさからはほど遠い演奏ではあります。個々の演奏概要はもう有名な演奏なので割愛しのすが例によってタイムは参考値として書き込んでおきます・・・第1番(1939年録音、タイム@14’15A7’30),第2番(1939年録音、タイム@13’19A9’37),第3番(1930年録音、タイム@9’30A3’10B7’15),第4番(1936年、タイム録音@8’36A7’42),第5番(1939年録音、タイム@7’22A9’25B4’56)・・・。人間、年を重ねて来ると視覚、味覚、聴覚などが昔の時代に懐かしさを伴い回帰するとも言いますが今日相変わらず大量リリースされる数々のクラシック盤界で若い頃接した演奏というのは忘れがたいというのか、最早馴染みのない若手演奏家の演奏に耳を傾けるのも今更という面もあり昔の代表的な演奏をより一層自己のものに咀嚼したいという本能に近いものが沸きあがって来ていることも事実であります。クラシック音楽演奏盤で中古レコードも含めたヒストリカルな演奏商品が未だに根強い人気を維持しているのもそういう処から起因するのでしょうか。カザルス演奏盤を聴き直して少しこのような思いを持った次第です。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/05

    グルダ、アーノンクールというほぼ同年齢の曲者同志のモーツァルト ピアノ協奏曲はこの二曲(「戴冠式」協奏曲のタイム@15’14A6’28B11’16、第23番タイム@11’43A6’24B7’56)の収録で終わってしまったようです(又、グルダは二曲とも結局あまり残しておらず第26番で1955年コリンズ指揮LSOバックでのモノラル盤(タイム@13’45A5’39B9’40)があるだけの様です)。ペースとしてはどちらも比較的ゆっくりした印象で本盤1983年録音というからグルダ、アーノンクール共に53歳前後・・・油の乗り切った時でそれだけ個性のぶつかり合い・・・丁々発止のやりとり・・・がそのゆっくりしたペースにあるのは当然でしょう。この頃ややエキセントリックなイメージを一掃しつつあったアーノンクールの独特なアクセントでの過激な音作りはそれでも特に第26番「戴冠式」の方で楽器編成的な処もあり目立つ様です。それに加えるに解説書では管楽器の休んでいる間のトゥィッティとソロの扱いにも工夫を為して自分の音楽的直観を強調しているということです。ピアノの方は特に第1楽章私に立体的に聞こえました。同楽章のカデンツァは初めて私は聴くものでした。中間楽章の優しさの中にモーツァルト独特の陰鬱さが過ぎる処や少し逡巡しながら後半の主テーマを再開する準備は心憎いですね。第23番の方は少しアーノンクールのクセが抑制?され第1楽章での確実に歌い込む様なオーケストラの出だしは印象的ですピアノの方も自然体で進んで行きます。中間第2楽章は映画のBGMにもなった曲で透明な中に寂しげに音楽を紡ぐグルダは流石で静謐な美しさを描きます。第3楽章、出だしのオーケストラにさりげなくグルダのピアノが入ってRCO小編成オーケストラと戯れるような感じ。〆は力強く閉じます。実は双方の演奏者、本当は対触媒化してしまったりしていたのでは・・・。それは両曲ともオーケストラ前奏部分でグルダのピアノが微かに聞こえたり(ピアノの通奏低音的役割にしてもちょっと??)メロディ部分でやはりグルダ?の鼻歌?が聞こえたり奇矯グルダだから表れた現象で触媒化で増幅されて仕方ないものの正直何とかならなかったのかとも思います。瑣末なこれらの偶発性現象がこの両曲に必須だとは誰も思っていないはずだし、ジャズにも興味を示しアドリブ的要素を時には発露するグルダらしいと特に有難がる事もないとは思います。何れにしても優雅・典雅要素とは趣きを異としたモーツァルトかと思います。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/04

    本盤は販売終了している様ですが何らかの参考になるかも知れませんのでコメント入れる次第です。1955年12月5日、モーツァルト生誕二百年記念、命日日式典でのウィーン・シュテファン大聖堂におけるライブ録音です。本盤は式典ライブでありますから冒頭から典礼のための鐘、オルガンの音や司祭のボソボソ声も聞こえ、途中、〆も普通聴く「レクイエム」とは異なり諸挿入もある盤かと思います(一時レコードでこれら諸挿入がカットされた音楽分だけのものが出てはいました)、さてそういう意味では劇場型演奏ではないのでそれなりの主旨に沿っているわけなのですがわがままな愛好家にはモーツアルト「レクイエム」を「聴く」切り口では少し物足りなさを感じるでしょう。録音状況もそう良いコンディションではないように思えました。元々地味なヨッフムの演奏(本演奏時53歳)もこの頃・・1950年台では注目度も低く式典演奏という実務に専念したような節があるように感じました。同曲異盤多い中で苦戦は止むを得ないでしょう。モーツァルトへの思いを大聖堂で会衆と共に第2ヴァチカン公会議以前のミサ式次第に従ったその雰囲気を味わえる盤ではあるのでしょう。タイムとしては23トラック全体67’37の内9トラックが先述の冒頭等の式典挿入部に13分余費やされております。他の収録曲の内「戴冠式ミサ曲」はHMVレビューによる内容の独唱、合唱、オーケストラからするとマルケヴィッチではなく1954年録音のフォルスター指揮の演奏ではないでしょうか。一方私の聴いたマルケヴィツチ盤はシュターダー(S・・・フォルスター指揮でもSを担当)、ドミンゲス(A)、ヘフリガー(T)、ルー(B)で、合唱はエリザベート・ブラッセルC、オーケストラはラムールOで中々マルケヴィッチらしい鋭敏な粛とした演奏運びと各歌唱が印象的な演奏であります(1959年録音、タイムは3’38+4’04+6’53+2’02+3’20+6’38)。この演奏を聴いて翌1960年多分同じオーケストラでハスキルとのモーツァルトのピアノ協奏曲マルケヴィッチ録音盤の若干厳しいアクセントをつけた演奏を連想いたしました。その他は聴いておりませんのでOKランクにしておきます。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/03

    マタチッチは我々の年代では TVでの懐かしい演奏家である。象さんのような格好での茫洋とした指揮ぶり、その印象からある面では想定範囲内での出来上がりにはなっております。本盤(私は別盤で聴いています)交響曲第6番の方は1968年(マタチッチ69歳頃)CPOを振って演奏タイムが@18’10A7’25B8’40C9’35とマァマァ・・・どちらかと言えば最終楽章がそんなに深く沈みこまず全体として余計なものを含まず音楽そのものを語らせているようでもあります。そう、大掴みしたうえの曲創りなので妙な小細工がない分説得性は高いと申せましょう。良い意味で執拗な彫り込みは入れていないのがブルックナー、ワグナー等を得意とした彼の演奏の別な面とも言えましょう(そう言えばハイドンとかウェーバーにも彼の名盤があり納得!)。あとは聴く人の好みであろうがマタチッチの演奏はそれ程「灰汁のある」ものではないから彼の狙いが解ければ誰でも受け入れられそれだけ一般性の高い演奏ではあると思います。第1楽章緩徐部分が終わって突然舞台が替わる部分は幾分テンポは速く第2楽章は一応のタイムを取りながら往々にしてこの楽章で他の演奏で聞くもたれる感じはありません。なお、彼には前年1967年収録のNHKSOとの共演盤(タイム@17’44A7’31B8’55C9’32)もあり最終楽章は同傾向でした。本盤は素晴らしいランクとさせて下さい。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/02

    バーンスタインの振るブラームス交響曲はその演奏盤は少なく交響曲第3番も1964年NYPOを振った物(タイム@12’44A8’53B5’45C8’45)と本盤1981年VPOを振ったライブ物(同@15’40A9’44B7’04C9’34)と二つだけしかCDでは見当たりません。この二盤を比べても本盤の演奏タイムの長さが思い知らされます。遅いテンポにバーンスタインはこの曲への思い入れを充分過ぎる程込めた感じで推移する時間にぐいぐいとドラマ性は一応表現され、まだ63歳頃なのですがとにかく全体引っ張った運びではあります。第1楽章大きな塊りがVPOの弦管の美しさと相俟ってほとばしり先ず大枠を押えて行きます。とにかく特に弦の美しさはゴツゴツしない従来演奏とは異なるオーケストラのサウンドを助長し節場面が替わる処はじっくり構えちょっとしたフレージングにも意味を持たせます。反復演奏が為されて最後の方、ピークから崩れる有様は見事! いろんなアゴーギグを効かせ〆のニュアンスもゆっくり聴かせます。第2楽章テンポは勿論遅く管楽器が次へ導いて行きます。弦も揺れる様に変化を与えバーンスタインの指揮ぶりが目に浮ぶようです。静まりが戻って各楽器の応答の内に閉じます。第3楽章はやはり深い情感をたたえ時には止まりそうに念を押しながらストロークを大きくとって行きます。しかしちょっとだらけた焦点ボケにもなりそうな楽章になってしまいました。最終楽章はテンポを少し普通にギアチェンジし全奏はマッシブさを前面に・・・。そして長い雄叫びが高揚してドラマ性を強調します。そして極めてスローダウンさせた〆は余韻だらけになってしまい先行三楽章の「ゆったりさ」が聴く者の頭にすり込まれている為その感激性が半減してしまった感があります。ブラームスの英雄交響曲とも一時言われたものとは趣きの異なるやや悲劇性を表面化させた演奏で一聴しておくべき演奏でしょう。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/01

    パイヤールはバッハ管弦楽組曲を1958年(モノラル、同年ADF大賞受賞)、 1962年、 1978年の三回録音しており・・・オーケストラは勿論全てパイヤールCO(前身も含めて)・・・本盤1962年全曲版(パイヤール34歳の頃録音盤)は当時のフランス管楽器名手(トランペット→アンドレ、フルート→ラリュー、オーボエ→ピエルロ、バスーン→オンニュ その他)を揃えてのミュンヒンガー、リヒター、レーデル、リステンバルト等ドイツ勢の演奏とは異なるややそれこそフランス風というのか軽めに活き活きと進めた感じです。ただ軽めと言っても今の感覚では現代楽器による演奏であり反復演奏もちゃんとなされて割りときっちりしているという印象です。第1,2番の盤と第3,4,5番の盤をまとめてコメントをさせていただきます。私はこの演奏をLpbox(全曲スコアが付いています)で聴いておりこの版の特徴は今では偽作とされる第5番がBWV1070作品番号がついて収録されている処でしょう。第5番収録についてパイヤールは「バッハか否かでなく曲自体をレコードで評価する事が出来る様一般に提供する事とした」といった趣意を述べています。確かにこの第5番は他の四曲とは関連性が薄く曲全体がイタリア形式的で特に第1楽章ラルゲット〜ウン・ポコ〜アレグロにてそれがよく分かります。又、この曲でそのラテン的な処が皮肉にもパイヤールに合っている印象も持ちました(尤も後年録音ではこの第5番は録音していません)。第3楽章の結びもバッハ的ではないし第4楽章のトリオでの室内楽的美しさはバッハ云々抜きに素晴らしいです。最終楽章カプリチオは緊迫感満ちたフーガ的なスタートや〆の起承転結はモーツァルト的なストーリー性をト短調曲に垣間見た思いです。演奏タイムは@4’52A1’36B2’42C3’31D4’00となっております。さて、他の通常の四曲に戻って演奏を概観しますと初めに書いた様に何れもキツイ個性は感ぜられないものの軽めで曲自体に語らせている感じはしました。第1番(タイム@7’38A2’09B2’52C1’36D3’21E2’40F2’56)の管楽器の名手達の遣り取りは楽しいし第2番(同@9’22A1’37B3’38C2’00D3’08E1’19F1’23)でのラリューのフルートの洒落っ気、第3番(同@6’38A5’15B3’14C1’18D2’42)のややワンパターンの印象しか持っていなかったアンドレのトランペットの余裕ある軽やかさや第3番の序曲と似た序曲からスタートする第4番(同@7’19A2’46B1’59C3’48D2’38)のニュートラルな魅力など懐かしい演奏盤であります。両盤一括してコメントしました。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/01

    パイヤールはバッハ管弦楽組曲を1958年(モノラル、同年ADF大賞受賞)、 1962年、 1978年の三回録音しており・・・オーケストラは勿論全てパイヤールCO(前身も含めて)・・・本盤1962年全曲版(パイヤール34歳の頃録音盤)は当時のフランス管楽器名手(トランペット→アンドレ、フルート→ラリュー、オーボエ→ピエルロ、バスーン→オンニュ その他)を揃えてのミュンヒンガー、リヒター、レーデル、リステンバルト等ドイツ勢の演奏とは異なるややそれこそフランス風というのか軽めに活き活きと進めた感じです。ただ軽めと言っても今の感覚では現代楽器による演奏であり反復演奏もちゃんとなされて割りときっちりしているという印象です。第1,2番の盤と第3,4,5番の盤をまとめてコメントをさせていただきます。私はこの演奏をLpbox(全曲スコアが付いています)で聴いておりこの版の特徴は今では偽作とされる第5番がBWV1070作品番号がついて収録されている処でしょう。第5番収録についてパイヤールは「バッハか否かでなく曲自体をレコードで評価する事が出来る様一般に提供する事とした」といった趣意を述べています。確かにこの第5番は他の四曲とは関連性が薄く曲全体がイタリア形式的で特に第1楽章ラルゲット〜ウン・ポコ〜アレグロにてそれがよく分かります。又、この曲でそのラテン的な処が皮肉にもパイヤールに合っている印象も持ちました(尤も後年録音ではこの第5番は録音していません)。第3楽章の結びもバッハ的ではないし第4楽章のトリオでの室内楽的美しさはバッハ云々抜きに素晴らしいです。最終楽章カプリチオは緊迫感満ちたフーガ的なスタートや〆の起承転結はモーツァルト的なストーリー性をト短調曲に垣間見た思いです。演奏タイムは@4’52A1’36B2’42C3’31D4’00となっております。さて、他の通常の四曲に戻って演奏を概観しますと初めに書いた様に何れもキツイ個性は感ぜられないものの軽めで曲自体に語らせている感じはしました。第1番(タイム@7’38A2’09B2’52C1’36D3’21E2’40F2’56)の管楽器の名手達の遣り取りは楽しいし第2番(同@9’22A1’37B3’38C2’00D3’08E1’19F1’23)でのラリューのフルートの洒落っ気、第3番(同@6’38A5’15B3’14C1’18D2’42)のややワンパターンの印象しか持っていなかったアンドレのトランペットの余裕ある軽やかさや第3番の序曲と似た序曲からスタートする第4番(同@7’19A2’46B1’59C3’48D2’38)のニュートラルな魅力など懐かしい演奏盤であります。両盤一括してコメントしました。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/12/01

    アーノンクールがバルトークを!? この演奏盤が発売された時多くのリスナーは違和感に近いものともう当時すでにレパートリーを増やしていた彼の事だからマァやりかねないなという感じが混ざった思いでありました。聴いてみて私などはあのライナー/CSOの名演盤に親しんでいたのですが本盤演奏は中々注目に値するものかと思います・・・勿論アーノンクールというアーティストという前提も感想前提に入ったやや後付け的な処もありますが・・・。弦打チェレは2001年ライブ?録音で演奏タイムが@9’09A7’49B8’05C7’59とゆっくりしたもので特に第1楽章と第3楽章が長くなっております。この演奏にあたってオーケストラ楽器編成配置(オーケストラはECOで編成はややこじんまりしたもの)にバルトークプランの工夫がなされよりステレオ効果を狙った様です。演奏全体はこの曲の緊迫感を煽るより純音楽、クールに展開して何か透明感でスッキリした感じです。第1楽章、ゆったりとしたもので情感さえ漂いその静かなエンディングが印象的。第2楽章もアレグロながら余韻があります・・・正直「切れ」も欲しい気がしましたが。第3楽章での木琴の冷たい音・・・というより冴えた音は聴きものでこの楽章の後半のミステリアスさを強調します。最終楽章、民謡風の処は大いに歌わせそして詰めで見得を切りました。2000年録音の「弦の為のディヴェルテイメント」(@9’16A10’11B7’52)も第2楽章が弦打チェレに似た曲想なのですがここではより緊迫感を表立たせ振幅も大きくしております。前後の楽章でもリズム感を粗くテンション高くつけ私は彼の随分前の彼のビバルディ「四季」の当時耳新しい演奏を思い出しました。ある意味で最高ランクに近い感想を持った次第です。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/11/30

    サヴァリッシュが米国オーケストラを振っての最初の演奏録音、正しくそれに相応しい曲目「新世界」交響曲、私の聴いている盤はこの「新世界」交響曲(タイム@12’08A12’37B7’46C10’33)と「スケルツォ・カプリツィオーソ」(同14’26)が収録されたものです。1988年サヴァリッシュ65歳(ということは現在87歳・・・かつて24歳当時最年少でバイロイト祝祭音楽祭で指揮台に立った寵児も既に引退したとの事)の時の演奏録音「新世界」は彼らしくコントロールの効いた純音楽性を徹底したものではないでしょうか。第1楽章、ゆっくりと滑り出す様なスタートでややティンパニーは篭もり勝ち。とにかく滑らかなフレージングが特徴でPPOは意外と落ち着いた音色でこの曲に得てしてつきまとう土俗性は薄く描かれています。突然の反復があり反復演奏にもいろいろあるなぁと思いました。第2楽章も滑らか路線は変わらずゆっくり進みます。後半場面が替わる処での管の咆哮も激しくはありません。最後の方は「間」を充分とって室内楽的な余裕もタイムもかけた楽章に仕上げました。舞曲的要素の強い第3楽章も土臭くはなくいよいよ最終楽章それまでの滑らかなストリームがやや滞る場面にも聴こえたりしましたしコーダに向かっては情熱に攻めたてられてという感じではなく最後の長い引っ張りが印象的でした。サヴァリッシュの「新世界」には30年前1958年PHOとの共演録音があったらしいですね。なお、本盤第8番(タイム@10’02A10’38B5’29C9’00)は聴いていないのですが第3楽章のテンポは大変な速さですね。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/11/29

    セル/CLOのドヴォルザーク交響曲第8番と言えば私はエピック・レーベルでの演奏LP盤で長らく聴いておりました。それは1958年の録音(タイム@9’55A10’03B6’20C9’00)で当時はまだ交響曲第4番の位置付けで「イギリス」副題も付いていなかったのではないかと思ったりしています。その演奏と基本的フォルムは本盤演奏は変わってはいないと思います。1970年セルが73歳の頃の録音でタイム的には各楽章何れも数十秒長めになったようで・・・@10’49A10’35B6’41C9’33・・・あります。セルらしい簡潔な中に民族的な香りも含ませた演奏で特に今回の演奏はセルの少し柔らかにロマンチックな面が出た処が特徴かと思います。第1楽章潤いを持っての演奏運びは意外なCLOの弦の暖かさにより表現されています。中程ピーク後のフルート等管楽器マイルドさにも注目ですね。第2楽章、弦の美しさ・・・弦ソロも・・・は増しロマン性が感銘深いです。最後のエンディングでのぼやかしを入れながらテーマを出して行く辺りも聴きものでしょう。第3楽章も民族舞曲風をゆっくりと進め絶妙な「間」を懐かしく咬ませるなど本盤ならではでしょう。最終楽章は特に私は知らず知らずの内に聴き込んでしまいました。何とも言えない深々とした味わいは最初からやや録音がツーンと突き抜けていない靄がかりのハンディを払いのけるに充分であります。スラブ舞曲第3番(5’00)、第10番(6’06)も過剰な演出ではない安心ものであります。本盤は仕様アップで音色が期待されます、いずれにしても演奏は普通盤と同じように最高ランクです。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/11/29

    セル/CLOのドヴォルザーク交響曲第8番と言えば私はエピック・レーベルでの演奏LP盤で長らく聴いておりました。それは1958年の録音(タイム@9’55A10’03B6’20C9’00)で当時はまだ交響曲第4番の位置付けで「イギリス」副題も付いていなかったのではないかと思ったりしています。その演奏と基本的フォルムは本盤演奏は変わってはいないと思います。1970年セルが73歳の頃の録音でタイム的には各楽章何れも数十秒長めになったようで・・・@10’49A10’35B6’41C9’33・・・あります。セルらしい簡潔な中に民族的な香りも含ませた演奏で特に今回の演奏はセルの少し柔らかにロマンチックな面が出た処が特徴かと思います。第1楽章潤いを持っての演奏運びは意外なCLOの弦の暖かさにより表現されています。中程ピーク後のフルート等管楽器マイルドさにも注目ですね。第2楽章、弦の美しさ・・・弦ソロも・・・は増しロマン性が感銘深いです。最後のエンディングでのぼやかしを入れながらテーマを出して行く辺りも聴きものでしょう。第3楽章も民族舞曲風をゆっくりと進め絶妙な「間」を懐かしく咬ませるなど本盤ならではでしょう。最終楽章は特に私は知らず知らずの内に聴き込んでしまいました。何とも言えない深々とした味わいは最初からやや録音がツーンと突き抜けていない靄がかりのハンディを払いのけるに充分であります。スラブ舞曲第3番(5’00)、第10番(6’06)も過剰な演出ではない安心ものであります。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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     2010/11/28

    サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番について本演奏を他盤で聴いておりますのでコメントさせていただきます。この演奏(バックはフォスター/LSO)は1974年チョン・キョンファ26歳頃の録音で鮮烈なデビューからどうやら落ち着いた時期のものです。演奏タイムは@9’49A9’05B11’28とやや私には長めの感じに受け取りました。華やか且つ甘美な技巧を要求されるこの曲に彼女は持前の魂を入れ込めて没入している演奏姿勢は基本的には変わっていないのでしょう。第1楽章深い底からすぐに序奏にヴァイオリンは奏でるのですが前面的に出て来てその節回しというか厳しささえ感じさせる表現は彼女らしいです。その情熱的ロマンスをまぁその完璧なテクニックでその〆も思い切った終わり方を示します。私にはバックがやや粗い印象も受けました。夢見る様な緩徐楽章では笛に似た音も出さなければならない部分も経て情緒のあるエンドに導きます。続く楽章カデンツァ的なものも含んでやや曲自体散漫な処に入っても彼女の緊張感は持続し第1楽章曲想に戻った後半曲自体の雑?な推移もありながら飛び跳ねる様な軽快感のある動機がしっかり辻褄を合わせて終わります。全曲通してやはり彼女の生々しい凄まじさが聴きもので迫力に満ちた演奏であります。私のこの曲への関心の浅さにもよるのでしょう、繰り返すみたいですが彼女が力めば力む?ほどこの曲のフランス的洒落っ気とこの演奏との落とし処の兼ね合いとも私自身闘ったのが正直な気持であります。他の曲は未聴ですので素晴らしいランクに止めておきます。一時指を痛めていたチョン・キョンファも還暦を過ぎてその芸風からもあってか少し録音から遠ざかって久しいですね。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)

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