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Review List of 村井 翔 

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  • 3 people agree with this review
     2009/11/08

    結成15年目のベルチャ四重奏団、昨年のバルトークに続いて古今の室内楽曲の最高峰に挑んできたが、これが驚異的な名演。弦楽五重奏曲は第1楽章から二つのチェロが雄弁に動き、いわば「死の影」を強く刻印する。第2楽章ではこの上なく美しい音が紡ぎ出されてゆくが、中間部の激動を経た後の繊細さは痛々しいほどだ。もっと能天気に奏でられることも多い終楽章がこんなに傷つきやすい、デリケートな音楽であることを教えてくれたのは、この演奏が初めて。ト長調四重奏曲の長大な第1楽章も痛いほどの緊張がみなぎっている。哀愁に満ちた第2楽章も全く痛烈な表現で、個人的には『死と乙女』に少しも劣らぬ傑作と考えるこの曲の真価を余すところなく明らかにしている。ベルチャ四重奏団はシューベルトをヤナーチェクやバルトーク並みの表現主義的な音楽に近づけたとも言えよう。ここまでの2曲があまりに凄いので、比べるとやや普通に聴こえてしまうとはいえ、『死と乙女』も、もちろん迫力と繊細さを兼ね備えた素晴らしい演奏。

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     2009/11/08

    もともとワイルドな曲調を持つ『スコットランド』はアーノンクール、ブリュッヘンの好演から見ても、ピリオド・スタイルとの相性の良さは明らか。さて、そこでピリオド最過激派ファイの登場だが、第1楽章第1主題の確保から早くも一気にテンポが上がり猛烈な響き。贅沢な不満を言えば、すべては想定範囲内とも言えるが、アダージョ楽章の対旋律の強調などはやはり面白い。N響に客演したホグウッドの凡演にがっかりした後だけに大いに溜飲が下がった。弦楽のための交響曲中、最大の大作である第11番も素晴らしい出来で、打楽器入りの「スイスの歌」を第2楽章に入れて演奏している。

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     2009/11/04

    はっきり言ってアバドはどうしても好きになれない指揮者だが、新生ルツェルン祝祭管を組織して以来、特にここ2〜3年の演奏水準の高さは、アバド嫌いをも黙らせずにはおかぬものがある。2008年夏のルツェルンのハイライトは幻想交響曲だったと思うが、なぜかCDが発売中止なので、これで我慢するしかない。このDVDの白眉は最初の『テンペスト』。すでに2回録音、BPOとのライヴ映像もあるアバドの得意曲だが、下手にやると茫漠たる感じになりかねない曲を見事な起承転結で聴かせる。ラフマニノフは、今やバリバリ弾くのは流行らないわよと言わんばかりの粋で繊細な演奏。『火の鳥』では緩急、強弱、声部のバランスなど様々な面で音楽の「とがったエッジ」を滑らかにしてしまうアバドの悪い傾向が出た。むしろ優美といっても良い、安定した演奏だが、この曲本来の前衛的な趣きは消されてしまっている。

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     2009/11/03

    むしろモダンでシャープな感覚のアルゲリッチ、クレーメル、マイスキー組に対して、世代としては遥かに若いラン・ランがホロヴィッツばりのグランド・マナーを見せるのは面白い。レーピンもクレーメルに比べれば、ごく普通の(悪い意味ではなく、ごく普遍的な)ヴァイオリニスト。前の盤とは対照的なコンセプトにも柔軟に対応できるマイスキーはさすがに懐が深い。強烈なコントラスト、熱狂的な盛り上がりを見せるリカド、サレルノ=ソネンバーグ、メネセスの演奏は忘れがたいが、現在、入手不能のようなので、ロマンティックなチャイコフスキーぶしを堪能したい人には第一に推せる演奏。前述の二組のように、この曲では意外にもヴァイオリニストが演奏の性格を決定することが多いが、これは明らかに一番若いラン・ランが主導している演奏だ。

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     2009/11/03

    LPの印象ではもう少し音が悪いと思っていたので、大変きれいにCD化されているのに驚いた。サヴァリッシュ、シノーポリ、ショルティなど近年の世代に比べるとやや武骨ではあるが、指揮の構えは非常に大きい。色々な演奏を聴いてみると、むしろベームの方が古典的な凝集力の強い特殊な指揮であり、カイルベルトの方が一般的なアプローチだったと言える。オペラハウス再建落成記念という特別な機会の祝祭的演奏なので、ホッターが伝令使などという信じられないような豪華キャストが組まれている。ビョーナーの皇后が見事なハマリ役だったことは再確認できるが、例によって表情を作りすぎるF=ディースカウは好みを分けよう。染物師は芸術家の表象だから、これもありとは思うが、一声で善人と分かるようなキャラではない。ライヴゆえ仕方のないことではあるが、かなりカットのある版なのが残念。

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     2009/10/26

    11年間苦楽を共にしたオケとの別れにあたって指揮者がこの曲を選択するのは良く分かるし、インタビューによれば、故郷の広島でこの曲を演奏することにも相当の思い入れがあった様子。私も当日、会場にいた一人だが、その特別な曲のライヴ録音がサントリーホールの聴衆らしからぬ盛大な会場ノイズに見舞われたのは全く御愁傷様。フライング気味の拍手は残してあるが(実際にはもっと早いタイミングで拍手が始まったと記憶しているし、私も拍手は不要と思う)、終楽章終盤は明らかに録り直しが行われたようで、CDとしては問題なし。夜ではなく日曜午後の演奏会だったのも(この点、6月28日夜というライナーノートは誤り)、録り直しの可能性を計算に入れた設定だったのだと思う。さて、肝心の演奏について。指揮者の思い入れのほどは第1楽章第1主題の凝ったフレージングからして一目瞭然だし、オケも本当にうまくなった上に誠心誠意の演奏だったと思う。問題はやはりテンポ。大阪フィルとの第5の件から見ても、この遅さはオケが曲を咀嚼しきれていないせいではなく、指揮者の確信犯的な解釈と見るべきだろう。もちろんご存じのような曲だから両端楽章が遅いのは全く構わないし、シャイーのように推進力を犠牲にしてもポリフォニックな、彫りの深い彫琢をめざそうという行き方があってもいい。それでも第2楽章の第2ワルツ、第3楽章の基本テンポなどについては、遅さを必然と納得させられるほどの説得力が感じられなかった。残念。

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  • 4 people agree with this review
     2009/10/25

    2008年NHK音楽祭での爆演が記憶に新しいブルッフが文句なしの快演。ラプソディックな奔放さ、濃厚な歌い回しに加え、第1楽章第2主題のような小技も効かせるようになり、同郷の先輩、チョン・キョンファと肩を並べる域にまで来た。ブラームスも遅めのテンポかつ攻め口が基本的に同じパターンなので、やや単調さを感じさせるが、全く臆することなく決然と曲に向かって行く姿勢は気持ちよい。録音はEMIらしからぬ、低域の厚い重厚な響きがしている。

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  • 3 people agree with this review
     2009/10/25

    サロネンの20世紀音楽は定評あるところだし、後期ロマン派への相性もパリでの素晴らしい『トリスタン』で確認済みだったが、ここまでやるとは。スコアを隅々まで掘り起こしたような精密さは、もちろん期待通りだが、馬の疾駆する様を描いた第1部第3曲や第3部の亡霊たちの合唱では、得意の精緻さを多少犠牲にしても表現主義的な表出を優先させているのが印象的。他方、抒情的な部分では、たっぷりしたロマンティシズムがある。難役ヴァルデマールに挑むのは、原詩の作者ヤコブセンと同じデンマーク出身のスティグ・アンデルセン。『指輪』のジークフリートも歌うヘルデンテナーだが、従来このパートを歌ってきた歌手に比べればリリックな、若々しい歌声の持ち主であるのが好ましい。イソコスキもドラマティック・ソプラノではないし、山鳩のグロープも大柄な歌を歌う歌手ではないから、このあたりは指揮者の意図に従った人選だろう。最後の語り手は内容から見て女性が担当した方がふさわしいと前から思っているが、アバド盤以来のバーバラ・スコヴァがまた素晴らしい。

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  • 3 people agree with this review
     2009/10/17

    ヤンソンスのマーラーは1、2、5、6、9番と聴いて、どれも感心しなかったが、初めての納得できる出来ばえ。この曲には交響曲の理念そのものを茶化すような、恐ろしく破壊的な側面があり、ラトル、インバルなどそうした面に焦点を当てた演奏もあるが、これはごくまっとうなロマン派交響曲というコンセプトでの演奏。緩急の対比を大きくとった第1楽章は極めてパワフルだし、終楽章もパロディはあまり意識せず、オーケストラのためのヴィルトゥオーゾ・ピースと割り切っているが、ショルティのようにドライに徹するわけではない。つまり、ロマンティックな味わいを残しつつも、平衡感覚よりはむしろ押しの強さを優先させた演奏だが、それが説得力に結びついている。ライヴゆえ、録音は強奏でやや混濁するが、精緻ではあるものの「中立的」で演奏の旗色が見えないジンマンなどより、よほど魅力的。

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     2009/10/11

    もはやデセイが歌うことのない夜の女王、オランピア、ツェルビネッタがそれぞれ二種類ずつ見られるのが本当に貴重。この三役に関してはグルベローヴァなど論外、デセイが史上最高、空前絶後と断言してはばからない。パリの『魔笛』、ザルツブルクの『アリアドネ』、『ルチア』仏語版は全曲の映像が放送されたことがあるが、いまだ商品化される気配はなく、その録画はわが家の宝物となっている。「歌う女優」デセイの凄まじい真価はその『ルチア』と『ハムレット』(これは幸いに全曲DVDあり)で遺憾なく発揮される。メトで録画されたと噂される『ルチア』伊語版はDVD化されるのだろうか。カラスの舞台を見たことのない私にとっては、ルチア役も歌と演技の相乗効果ではカラス以上と思える。

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     2009/10/10

    故ヴェルニケの名演出がこのような形で見られるようになったのを、まず喜びたい。演出家がすでに亡くなっているので、演技指導は大丈夫かと心配したが、まずは大過ない出来ばえ。黒人少年モハメッドに代わって、最初と最後に現われるアルルカン(ピエロ)が象徴するように、すべては非現実のお伽話というのがコンセプト。ザルツブルクでの次世代のプロダクションだったカーセン演出同様、時代を20世紀初頭に移しているが、カーセンほどのドギツさはない。とはいえ、貴族社会へのノスタルジーに劣らずアイロニーもまた強く感じられる舞台。なぜなら、元帥夫人の寝室もファーニナルの豪邸もすべてペラペラの書き割りに過ぎないからだ。(正確に言えば、舞台後景は巨大な鏡の組み合わせで出来ており、その鏡に前の鏡の裏面に描かれた書き割りが映っている)。フレミングの作り物めいたシュヴァルツコップ・コピーもこの演出コンセプトにはふさわしい。ズボン役ではいつも素晴らしいコッホ以下、他のキャストも申し分なし。指揮は精力的で、豊麗さもたっぷりあるが、欲を言えば、もう少し演出に寄り添ってほしかった。つまり、ヴェルザー=メストのようなデリカシーは望めない。

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     2009/10/05

    名高いオペラだが、音楽の上では類型的なナンバーが続き、大きな盛り上がりに乏しいので、エーザー版に「捏造ナンバー」である、舟歌の旋律による六重唱までぶち込んだこの上演版ではかなり凡長に感じるのも事実。それでも歌手陣が豪華なら何とか持ちこたえられるが、プティボン以外が小粒なこのキャストでは無理。頼みの演出も無機的な装置のせいもあって、怪奇・幻想の趣きは意外にも薄い。全裸に見えるボディスーツで登場のオランピア以下(彼女とホフマンのダンスは完全に性行為と解される)、しばしば(意味もなく)登場するほぼ全裸の男女が目玉とは寂しい。鏡像の喪失は男性性の喪失という解釈のようだが、影がないはずのシュレミルがしっかり鏡に映ってしまうのも困りもの。

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     2009/09/28

    録音が特定の「色」をつけないタイプのものなので、今一つ押し出しが弱く感じられるが、演奏の精緻さは特筆に値する。そんなに大暴れしない着実型だが、第1楽章展開部の盛り上がり、第3楽章最後の激しい追い込み、第4楽章の弦の厚みなど、エモーショナルな面でも決して淡白ではない。1番のようにナイーヴな曲よりは、現代音楽に近いこの曲の方がノット向きであるのは明らか。オケのうまさにも舌を巻く。近年、ドイツの地方オケは団員の顔ぶれも国際的になり、ミニBPO化していると言われるが、まさにそんな印象。財政基盤は安定しているのが当然の放送オケでなくとも、優秀な団員を確保できる財政支援(州政府と市民の支援)があるのは、うらやましい限り。下手をすると在京オケなど「バンベルクより下手」と言われかねない。ただ一つ、同じタイプのラトル/BPOと比べられると確かにつらいので、後はどう自分独自のカラーを出すかだろう。

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     2009/09/19

    来日公演でも「ボリショイがここまで変わったか」と観客を驚かせた新演出の映像。指揮だけは凡庸だが、他はすべて超一級だ。まずモノガローワ。美人であるだけでなく、この役のエキセントリックな性格、いや狂気をここまで鮮烈に見せてくれた歌手は初めてだ。キーチェンはこれまでとちょっと違う、優しく弱々しいオネーギン。もちろん何より特筆すべきなのは、斬新なアイデアにあふれた演出。人物達は現代の服装で、場所はいわば時間に縛られない室内だけという設定。そこには大家族のラーリナ家を象徴するように、室内いっぱいの大きなテーブルが置かれ、オネーギンとタチャーナが対峙する二つの場面(第1、3幕の幕切れ)ではテーブル両端の距離が何と効果的なことか。たとえば手紙の場のクライマックスでは窓が開いて風が吹き込み、やがて明かりも消える。第2幕第1場ではトリケのクプレをレンスキーが自虐的に歌うことによって、薄っぺらになりがちなこの人物の心理が重層的に示されるし、この場のタチャーナは廃人状態で、その原因を知る男たち二人が決闘に至る陰の要因がこれであることは容易に見て取れる。実は決闘も本物の決闘ではないのだが・・・この先は見てのお楽しみ。

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     2009/09/16

    もちろんLDも持っているけど、最近あまり稼働しないLDプレーヤーのご機嫌の悪さに音を上げていたところなので、待望の日本語字幕付きDVD化。2000年収録のデッシー、ボロディナ組と基本的に同じ演出、指揮も大差ないので主演歌手二人の勝負になる。特にフレーニとデッシーを比べると、歌唱スタイル、演技の質そのものが11年の間に大きく変わったことが分かる。後は好みの問題だが、この役に関しては、やはりフレーニに軍配。「哀れな花」などド演歌の世界だが、これをクサイと思う人は、そもそもこのオペラには近づかない方が良い。イタリア人の間に入るとドヴォルスキーは発声自体、異質に感じるし、最新の録画に比べれば音、絵ともに遜色を感じるが、いずれもまだ致命的な欠点ではない。

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