ドヴォルザーク:交響曲全集、管弦楽曲集、レクィエム
イシュトヴァン・ケルテス&ロンドン交響楽団(9CD+ブルーレイ・オーディオ)
ケルテスがロンドン交響楽団を指揮してセッション録音したドヴォルザークの交響曲全集と管弦楽曲、レクィエムは、当時のデッカの迫力ある音調と、ケルテスの覇気に満ちた指揮ぶりがうまく結びついたみごとな仕上がりで有名。
今回の発売にあたって、オリジナル・マスターテープよりアビー・ロード・スタジオでリマスター。1枚のブルーレイ・オーディオ・ディスクに全てを収録したものも付属します。装丁は豪華なスペシャル・ハードブック仕様で、デッカでのケルテスの録音の多くを担当したプロデューサー、レイ・ミンシャルによるレコーディング・ノート(欧文)とレアな写真を多数掲載。
【交響曲】
ドヴォルザーク最初の交響曲となった交響曲第1番『ズロニツェの鐘』は、23歳のときに書かれたもので、ドイツのコンクールに応募するものの入選することなく楽譜も紛失してしまったため、ドヴォルザークの生前には演奏も出版もされませんでした。楽譜が発見されたのは1923年のことで初演は1936年、出版は1961年という不遇な歴史を持つ作品でもあります。
作曲当時のドヴォルザークは劇場のオーケストラでヴィオラ奏者として演奏する一方、音楽教師の仕事もおこなっており、作曲活動にも徐々に本腰を入れ始めていた時期でもあります。その頃のドヴォルザークは熱心なワグネリアンで、まだスメタナの教えを受ける前ということもあって、その作品にはドイツ音楽の影響が色濃いとも言われていました。
この大きな規模を持つ交響曲第1番『ズロニツェの鐘』でもベートーヴェン『運命』やシューベルト『グレート』などの影響を感じさせる一方で、いくつかの旋律はのちのドヴォルザーク作品に転用されるなど、すでにドヴォルザークらしい個性も示されています。
タイトルの『ズロニツェの鐘』は、ドヴォルザークが少年期を過ごしたことのある思い出の場所、チェコ北西部の小村ズロニツェに由来するものです。建築家フランティシェク・マクシミリアン・カニュカ[1674-1766]の手になるバロック様式の教会でも知られるこの小村で、少年ドヴォルザークは、ドイツ語とヴァイオリン、ヴィオラ、オルガン、和声学を勉強してもいました。
続く第2番も同じく50分前後というかなりの力作で、30代前半までに、第3番、第4番、第5番を書き上げています。これら5曲はすべてブラームスの交響曲第1番が完成する前に作曲されたもので、ワーグナーからの直接的な影響が認められる曲も多いのが特徴でもありました。
そして30代後半から40代の終わりにかけては第6番、第7番、第8番を作曲、50代で第9番『新世界より』を書いています。
ケルテス&ロンドン交響楽団の演奏は、これらの交響曲を力強く解釈・表現したもので、迫力十分な仕上がりとなっています。
【交響詩】
チェコの国民詩人、K.J.エルベン[1811-1870]のバラードにインスパイアされたドヴォルザークの交響詩は、題材の異常なまでの残酷さ・凄惨さゆえ、『殺人交響詩』としても知られているもので、そこに求められるオーケストラの表現力にはかなりのものがあります。
ここでは3曲が収められていますが、最も穏やかな『真昼の魔女』ですら、魔女によって子供が殺されてしまうという残忍な内容で、最も残虐な『金の紡ぎ車』に至っては、バラバラ殺人が題材というとんでもない代物。タイトルが美しい『水の精』にも、子どもが真っ二つに引き裂かれて家のドアに叩きつけられるという筋書きです。
随所に込められた残虐シーンへの寓意や、死の悲しみと悪の狂気を深く描きこんでいて驚くほど表現力が豊かなこれらの作品に、ケルテス&ロンドン交響楽団はパワフルなアプローチで向き合い、演奏会用ピースとしての聴きごたえある演奏をおこなっています。
【レクィエム】
ドヴォルザークの宗教音楽の素晴らしさを伝える傑作とされるのが円熟期に書かれた『レクィエム』です。この作品は、バーミンガム音楽祭の委嘱により作曲されたもので、1891年にドヴォルザーク自身の指揮によってバーミンガムで初演されています。
『レクィエム』は演奏時間90分を超える巨大な作品ですが、素朴な情感を漂わせた美しい旋律に彩られる場面が多いため、長さの割には親しみやすく、敬虔なカトリック信者でもあったドヴォルザークが込めた深い祈りの美しさから、神への畏敬を示す荘厳で激しい音楽まで広大な表現レンジを持った音楽が味わえます。バッハのロ短調ミサからの引用によって曲が開始されるのも興味深いところです。
ケルテスの演奏は昔から有名なもので、作品を委嘱し初演したゆかりの英国での演奏はとしても貴重な存在。最近、ヤルヴィ&ロンドン・フィルによる快速盤も出ましたが。気持ちのこもった美しさではやはりケルテス盤が印象深い仕上がりです。
この作品はまた、オーケストラ・パートが大活躍することでも知られているので、交響曲と管弦楽曲を多数録音して気を吐いていたケルテス&ロンドン響には最適で、彼らの意欲的なアプローチが生かされる場面が多いのもポイントです。一方、多彩な表現が求められた結果、技術的に難しいとされる合唱パートについても、アンブロジアン・シンガーズ「合唱王国イギリス」の名に恥じない豊かな表現力で、美しい声を聴かせています。
【プロフィール】
1929年ハンガリーの首都ブダペストに誕生。フランツ・リスト音楽院でヴァイオリン、作曲、指揮を学び卒業後、1953年にジュール・フィルの指揮者に就任、1955年からはブダペスト歌劇場の指揮者となりますが、翌1956年に勃発したハンガリー動乱の際、ハンガリーを脱出、1957年にローマのサンタ・チェチーリア音楽院でフェルディナント・プレヴィターリに指揮を学んだ後、1958年から63年までアウクスブルク歌劇場、1964年から亡くなるまでケルン市立歌劇場の音楽監督を務めます。その間、1961年にはザルツブルク音楽祭に出演し、モーツァルトの《後宮からの逃走》を指揮、世界的な名声を獲得し、1965年から68年にかけてはロンドン交響楽団の首席指揮者も兼任。1964年にロンドン交響楽団を率いて来日、68年には2度目の来日を果たし、日本フィルを指揮。日本でも人気を博し、まさに働き盛りの1973年、テル・アヴィヴ近郊の海岸で水泳中に、大波に襲われて44歳の若さで水死してしまいます。
【ブルーレイ・オーディオ】
「ブルーレイ・オーディオ」とは、動画ではなく音声が主役のブルーレイ・ディスクのことです。専用機器が必要な「DVDオーディオ」とは異なり、通常のブルーレイ機器があれば、そのまま再生できるので、ブルーレイ・レコーダーなどの普及率が高い日本の場合、実はもっとも手軽な高音質メディアといえるのかもしれません。 ブルーレイ・ディスクは、SACDの5倍以上という大容量の記録をおこなうことが可能なため、長時間収録でも威力を発揮します。(HMV)
【収録情報】
ドヴォルザーク:交響曲全集、管弦楽曲集、レクィエム
Disc1
● 交響曲第1番ハ短調 Op.3『ズロニツェの鐘』
Disc2
● 交響曲第2番変ロ長調 Op.4
● 交響曲第3番変ホ長調 Op.10
Disc3
● 交響曲第4番ニ短調 Op.13
● 交響曲第5番ヘ長調 Op.76
Disc4
● 交響曲第6番ニ長調 Op.60
● 交響曲第7番ニ短調 Op.70
Disc5
● 交響曲第8番ト長調 Op.88
● 交響曲第9番ホ短調 Op.95『新世界より』
Disc6-7
● レクィエム ロ短調 Op.89
● 管楽のためのセレナード ニ短調 Op.44
● スケルツォ・カプリチオーソ 変ニ長調 Op.66
● 交響的変奏曲 Op.78
Disc8
● 序曲『我が家』 Op.62
● 劇的序曲『フス教徒』 Op.67
● 序曲『自然の王国で』 Op.91
● 序曲『謝肉祭』 Op.92
● 序曲『オセロ』 Op.93
Disc9
● 交響詩『水の精』 Op.107
● 交響詩『真昼の魔女』 Op.108
● 交響詩『金の紡ぎ車』 Op.109
【レクィエムの独唱&合唱】
ピラール・ローレンガー(ソプラノ)
エルジェーベト・コムロッシー(アルト)
ロベルト・イロシュファルヴィ(テノール)
トム・クラウセ(バリトン)
アンブロジアン・シンガーズ
ロンドン交響楽団
イシュトヴァン・ケルテス(指揮)
録音時期:1963〜1970年
録音場所:ロンドン、キングズウェイ・ホール
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
【Blu-ray Audio】
● Disc1-9の収録曲全曲(24bit/96kHz)
ブルーレイディスク対応機器で再生できます。