「悲しみの天正少年使節」

2008年8月25日 (月)


連載 許光俊の言いたい放題 第149回

「悲しみの天正少年使節」

 もう8月も終わりになってきた。毎年のことながら、夏ももう終わりなのかと悲しくなる。子どものときは、夏休みは永遠に続くように思われたものだが。
 そういえば、子どものとき私が読んでショックを受けた本のひとつが、天正少年使節についての書物(もちろん子どもむけ)だった。400年も前に、4人の子どもたちがはるばるヨーロッパに行って帰ってきたあげく、拷問されたりハリツケになったり病気になって死んだりするという悲惨な話である。おまけに、その少年たちの名前が伊東マンショとか、千々石ミゲルとか、実に怪しかった。当時の少年たちの絵が残っているが、これがまた絶対に東洋人には見えない顔のうえに、着ているのは襟にピラピラがついた昔の服で、不気味だった。それも当然、何しろ彼らはスペインではフェリペ2世(ヴェルディ「ドン・カルロス」に出てくる意地悪な王様である)、イタリアではメディチ家の人々に会ったという時代の人間なのだから。
 以前、このコラムで「デュファイ・ラメント」というアルバムを取り上げたが、そのときの演奏者、アントネッロが、この少年使節をテーマにしたアルバムを作っているので、好奇心にかられて聴いてみた。少年たちの出発から死まで、時間軸に沿ってふさわしく思われる曲を演奏したものだ。といっても、選曲は融通無碍、こぶしを効かせて歌われる日本の民謡も含まれている。
 非常にいい感じだ。たとえば、私たちが遺跡などに静かにたたずむときに感じるような無常感、乾いた悲しみのようなものが漂っている。何だかジャズのセッションみたいな感じもするが、器楽だけの曲など、しみじみ美しい。私はかのマイルス・デイヴィスが死ぬ少し前、ナマのステージを聴いて、どうしてトランペットがこんなに悲しげに響くのだろうと驚いたことがあるが、それを思い出した。ヨーロッパ風でもあれば、アラブ風でもあれば、日本風でもあるこれらの曲、演奏を聴いていると、洋の東西などありはしないのではないかという気がしてくる。聖と俗が入り交じった色彩豊かな絵巻物は一時間ほど続いたのち、最後天国への静かな祈りとともに終わる。

 アントネッロの演奏を聴いていると、個々の楽器の決して杓子定規ではない演奏の表現力に魅了されるが、たとえば「ナトゥラーレ」というアルバムは、その最たるもの。まさにジャズにような即興が楽しめる。
 そして、モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」がまた魅力的なのである。正直言ってこの曲、たとえばコルボやらガーディナーやら名演奏とされているものがいくつもあるが、私の場合にはどれもしっくり来なかった。だが、アントネッロだと不思議なほど抵抗感なく実にすなおに耳に入ってくる。モンテヴェルディは、たとえコルボが演奏してもかなりギラギラしたところがある音楽である。肉料理にたとえるなら、とろけるような霜降り肉ではなく、けだもの臭い野獣の固い肉だ。だが、この演奏者の手にかかると、だいぶ趣が違う。メリハリはハッキリしているのに、優美なのだ。時にはヨーロッパの合唱団すら上回るような敬虔な表情を持つ合唱にも驚いた。ある曲は艶っぽく、ある曲はエレガントで、ある曲は暗鬱といったぐあいに、1曲1曲が情感豊かに描き分けられているから、長い曲なのに退屈しない。ひとつひとつの曲をたっぷりと味わわせてくれる。ひとことで言えば、私はこの演奏を聴いて、「ああ、この作品はこういうことを言いたかったのか」と腑に落ちたのである。
 2007年、東京カテドラルのライヴだが、ただのコンサート、ただのきれいな音楽というのとは違う、もっと精神的な何かを感じる。部分部分でさらなる技術的洗練を求めることはできるが、枝葉末節にすぎない。バロックだのルネサンスだのといったことに関係なく、たとえばフォーレの「レクイエム」が好きな人なら、何も言われなくてもこの音楽の美しさを楽しめるのではないか。アントネッロは、「デュファイ・ラメント」でもこの曲でも、「オレ(たち)の感覚、リアリティ」を大事にしている。だから、肌が合わずに受け付けない人もいるかもしれないが、私は逆に、このようにはっきりと自我を出した演奏でないと、聴く気がしない。個を貫徹したときに普遍性が開けるというのは、かのゲーテも言っているとおり。
 とにかくここ二十年のバロック演奏の大半はシャカシャカ、ギシギシ、ビュンビュンという、欲求不満青年のエネルギー爆発系演奏が多すぎた。こんなこともあんなこともできるよ、という下品で浅薄な演奏も多すぎた。こういうふうに、音楽を慈しんでいるような、しみじみ味わえる演奏が登場してきたことを喜びたい。アントネッロの次のライヴにはぜひ行きたいものだと考えている。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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≪公演概要≫
2008年9月7日(日)15:00開演(14:15開場) 宗次ホール
ビバ!チャコーナ!
ダンサブルな17世紀イタリア音楽
【演奏予定曲目】
チャコーナのアリア《恋のリラにのせて》
子守歌による宗教的カンツォネッタ《さあ眠りなさい》(メールラ)
アリア《私の美しいアマリッリ(アマリッリ麗し)》(カッチーニ)
アリア《苦しみはこんなにも甘く》(モンテヴェルディ)
フォリアのアリア《そよ風が吹けば》(フレスコバルディ)
パッサカリア《小さなジャック》(ジローラモ・ダラ・カーザに基づく)
パッサカリアのカンタータ《簒奪者にして暴君》(ジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェス)
ソナタ第1番(ダリオ・カステッロ)
第1旋法による異国風パッサカリア(即興演奏・チェンバロ独奏)/パッサメッツォ・モデルノ(即興演奏)

【出演】
濱田芳通(コルネット&リコーダー)
石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
西山まりえ(チェンバロ&ハープ)
弥勒忠史(カウンターテナー)

※止むを得ず出演者及び曲目、曲順が変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください。

一般4,500円/友の会4,000円/学生2,500円(全席指定・税込)
主催:宗次ホール 後援:名古屋バロック音楽協会

※未就学児童のご入場はお断りする場合もございます。
お問合わせ先:宗次ホールチケットセンター 052-265-1718 (土・日・祝日を除く 10:00〜18:00)
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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