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2006年1月25日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第71回

「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」

 東ドイツの代表的なピアニストと目されていたペーター・レーゼルのセットが大量に発売されている。あまり関心がなかったのでしばらく放って置いたのだが、協奏曲集を聴いてみたら、思いのほかおもしろかったのだ。
 レーゼルは、ソ連で学んだだけあって、いわゆるドイツ風のピアニストという概念で割り切れない。明らかに音響志向が強く、壮大傾向もある。リヒテルやギレリスといった超弩級のような強い個性はないものの、確実にある一定ライン、それもかなり高い水準は確保されている。どうもこの人は地味なイメージがあるが、ウェーバーは明るくエンターテイナーっぽく、ストラヴィンスキーは軽妙に、シューマンはロマンティックに・・・と、作品それぞれをちゃんと弾き分けていて、どうして、立派なものだ。

 だが、実は私がおもしろいと思ったのは、そのピアノではなく、さまざまな伴奏者たちのほうだ。ザンデルリンク、フロール、マズア、そしてケーゲルといった、東ドイツの有名指揮者たちが勢揃いし、さまざまな楽団を指揮している。ピアニストが同じだけに、各々の伴奏の個性の違いが鮮明に浮き上がってくるのだ。
 たとえば、ラフマニノフを担当しているザンデルリンク。この人は、同じラフマニノフの交響曲第2番でもすばらしい演奏を行っているだけに、協奏曲のほうもいい。どっしりした重厚な響きで、ブラームスのような演奏をしている。といっても、窮屈になることなく、整理整頓と雄大が両立している。ベルリン交響楽団の分厚い弦楽器群も聴きものだ。ラフマニノフのキンキラしたところが安っぽいと思っている人には最適。
 ところが、その数年後に録音されたベートーヴェンの協奏曲は、まるで印象が異なる。こっちの伴奏はフロール。かつては注目の若手とされていた人だ。響きがよく言えば軽い。悪く言えば薄い。その分、若やいだ感じはする。しかし、腰が落ちきっていなくて、神経質な感じ、浮ついた感じは否めない。それに、オーケストラの力を活用する点でもまだまだ。
 さらにもうひとり、同じオケを振っているのがヘルビッヒ。ハイドンの協奏曲だけに、爽やかではあるが、やっぱり凡庸。フロールもヘルビッヒも、音楽の各部の描き分け、細部の詰めが甘い。並べて聴けば、本当の話、恐ろしいほどに才能や能力の違いが明らかになるのだ。そして、ピアニストのほうも、指揮者の音楽に引きずられているように聞こえるのが興味深い。
 さて、東ドイツで社会的にもっとも偉かった指揮者はマズアである。彼が名門ゲヴァントハウス管弦楽団を占有していたおかげで、他の指揮者は気の毒だったと言われるほどだ。実際、このセットで聴くと、ゲヴァントハウスのすばらしさは格別である。なるほどベルリン交響楽団も十分立派だ。が、繊細な音色の変化、個々の奏者たちの魅力や彼らが行うアンサンブルの巧みさ、生き物が自然に呼吸するような微妙な伸縮、こういったところは、もうどうにも比べようがないほどゲヴァントハウスがすばらしい。シューマンも、チャイコフスキーも、オケばかりに耳が行ってしまう。シューマンのオーケストラがこんなに繊細な美しさに溢れているとは思ってもいなかった。これが録音されたのは25年前だけれど、今のゲヴァントハウスはもはやこんな自由自在な演奏はできないかもしれない。
 同様に名門でも、ブロムシュテットが指揮するドレスデン・シュターツカペレの演奏は、ゲヴァントハウスとはまったく方向性が別だ。日本では伝統の響きなどといっしょくたにされてしまうが、とんでもない。ゲヴァントハウスより柔らく湿り気を帯びている。女性的と言ってもいい。街とゆかりがあるウェーバーの作品を演奏して、微妙なエレガントさのある音楽を奏でているのはさすがだ。オペラティックな雰囲気が強いのもおもしろい。電車で2時間もかからぬドレスデンとライプツィヒだが、文化も音楽性も全然違うのである。ブロムシュテットは若いうちからこんなすごい楽団を指揮していたおかげで、名指揮者だと誤解されてしまった。
 そして、ケーゲル指揮のストラヴィンスキーでは、いきなりオーケストラの響きが突き刺さってくるようにシャープで、スピード感があり、乾いたモダン趣味が強い。続けて聴いていると、これだけ別世界の音楽みたいだ。こちらはドレスデン・フィルだが、しっとり系のシュターツカペレとは正反対の音楽をやっていたのである。

 東ドイツでは、非常に周到に録音計画が立てられるのが常だった。この場合も、こうしてセットで聴いてみると、作曲家と関係が深い街の楽団が選ばれたり、曲と演奏者の適性がよく考えられていることがよくわかる。制作者は、レーゼルを心棒にして東ドイツオーケストラ界を一望するような企画を立てたのだ。東ドイツでは、西側のように企業がたくさんあって、好き勝手に録音することなどできなかった。が、1枚1枚がたっぷり時間をかけて準備され、制作されたのである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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