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2006年2月24日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第49回

「テンシュテットのブルックナーは灼熱地獄」

 この前に続いて、テンシュテットのバイエルン・ライヴについて述べよう。
 モーツァルトの交響曲2つは、健康的でおおぶりな演奏だ。表情豊かで生き生きしている。各楽器の表現力が強いのはいつものテンシュテット同様で、繊細な音色や響きの移り変わりというより、わりとはっきりした切り替わりである。このあたり、マーラーを得意にした指揮者だと思わされる。
 シベリウスも月並みな伴奏ではない。第1楽章では、オーケストラがところどころで瞬間的に荒々しく爆発する。何ともいえずドスが効いていておもしろいが、「まだちょっとだけしか見せてあげない、お楽しみはあとで」といった雰囲気。実際、やがてオーケストラがクローズアップされると、壮大、強烈な響きが押し寄せてくる。冒頭の妖しい響きといい、弱音が死んでいない点といい、あちこちにさすがとうならせる部分がある。
 独奏者も立派だ。危なげない技巧で、すきのないソロを弾き切っている。たくましい音色や弾き方が、テンシュテットとよく合っている。
 第2楽章以下も、ぐいぐい迫ってくる。5分が過ぎると音楽はいよいよ高ぶり、ソロ、オーケストラともども、息も絶え絶えのエクスタシーまで上り詰める様子は圧巻だ。全曲で最大の聴きどころ。
 そして第3楽章では、曲想もあって、期待通りに鮮やかな爆走を見せる。

 ブルックナーの交響曲第3番は、海賊盤で知られていたものだが、改めて聴き直して、驚きを新たにした。テンシュテットらしくオーケストラを豪快に鳴らしている。おそらく生で聴けばホールの天井が抜けるのでは、いやそれより聴いている人間の神経が持たないのではと驚愕するであろうこと、十分推測がつく。鳴りっぷりもすさまじいが、それだけではない。響き、フレージング、リズム、あらゆる点で異常にエネルギッシュなのだ。しかも、そのエネルギーが、単に気持ちよく発汗しようという、今時のさわやかなやり方ではない。奥底から殻を突き破って出てくるような感じで、これが独特の重量感を生み出すのである。何でもこぎれいにさらさらつるつるに仕上げようという日本のオーケストラのお行儀のよさとは対極的で、この恐るべきしつこさこそ西洋音楽に他ならない。
 もっとも、テンシュテットが必ずしもオーケストラから好かれなかった理由の一因もこのへんにある。明らかに、奏者に求められている負担は極度に重い。いかに名人揃いの楽団とて、こんなしんどい仕事を要求されたら、身が持たない。また、指揮者のほうも同様だ。それゆえ、テンシュテットのライヴはかなり好調、不調の波があったのだ。
 なおこの演奏は、あまりのエネルギー感ゆえ、あえて年輩の方にはお勧めしないでおこう。私にしたところで、70歳にもなったら、こんな音楽にはつきあえないだろう。たぶん、第1楽章だけで超満腹になってしまう。もし店頭で試聴できるなら、第1楽章の最後だけでも聴いてみればいい。ワーグナー的だろうが、何だろうが、有無を言わさぬすさまじさが実感できよう。
 第2楽章では、濃厚な歌が湧き上がる。各パートが熱くもつれあいながら進行する。神秘的で静寂な僧院のブルックナーを期待してはならない。これはタンホイザーのように悩み苦しみ叫ぶ人間の音楽なのだ。私は、ブルックナーにはやはりロマン主義の影響も強いと思うので、こういう演奏があって当然だと思う。重要なのは、演奏家の真実がそこで言われているかどうかであり、テンシュテットの場合には、この人にはこれしかないと納得できるからいいのである。最近の音楽家はインチキくさい連中が多い。ラトルみたいに毎回衣装を変えて気をひこうとするコスプレ音楽家など、とうていテンシュテットの足下にも及ばない。
 この第2楽章は、12分を過ぎて、渾身の歌に集約され、異常なハイ・テンションをキープしてスケルツォにつながる。リズムが爆発している。ホルンをはじめとする金管楽器と打楽器のすさまじい急降下爆撃があたり一面を覆い尽くす。凄惨な音響風景と言うしかない。トリオではコントラバスが、マーラー作品のような表情を見せる。
 こうなると、フィナーレは「もはや何も怖いものはない」傍若無人状態。颯爽たるテンポで、全楽器が突進する。そして、最後の息詰まるような決め。
 岡本太郎は、「クラシックは気取っていてよくない」と言っているが、たぶんこれを聴いたら、狂喜したのではないか、そう思わせる音楽である。テンシュテットが残したスタジオ録音のブルックナーは、残念ながらこの第3番にはるか及ばないのは言うまでもない。

 テンシュテットは1970年代、こういう演奏をしていたのだ。激烈な音の渦巻きに引き込まれたら、どうにでもしてくれという気になってしまう、実に危険な匂いに満ち満ちた音楽である。各地で驚きをもって迎えられ、あっというまに国際的キャリアを築いたのも当然すぎるくらい当然であろう。好き嫌いは別にして、圧倒的な音楽であることは誰も否定できない。この時期、ロンドン・フィルやベルリン・フィルとばかり正規録音が作られたのは、まことに残念だった。
 それにしても、バイエルン放送響は、ヴァントとやれば超精密、ライトナーではしみじみで穏やか、そしてテンシュテットでは濃厚な情念の表現や爆走も可能と、驚嘆すべき柔軟性を示す。今後どんなものが出てくるのか、楽しみだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


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