そして今年6月6日の恵比寿LIQUIDROOM。「ALTER WAR & POLYPHONIC PEACE」と掲げられたギグには、アート・リンゼイがゲスト出演。大幅な”血の入れ替え”を行なった新生DCPRGの”訛り”のひとつと化して、クラウドを高揚させ放心させ、はては心のヒダを擽りまくったというのだから聞き捨てならない。さらに、伝説の一夜となったこのギグがCD化、しかもあの老舗名門ジャズ・レーベル「IMPULSE!(インパルス)」からリリースされるということで、マイケル・ヘンダーソン・エレクトリック・マイルス・リユニオン・バンドの日本公演前座(結局はすべてが計画のままエンスト)出演のみの復活計画がここまで発展し膨張するとは...驚きと歓びがハードでコスモポリなアマルガムとなってDCPRG党の横っ面を強烈にはたく。
その名も『ALTER WAR IN TOKYO』。「別化された戦争に抗する平和は多/重層的でなければならず」(PELISSE 菊地日記より)。「9.11」、そして「3.11」に対峙した我々の然るべき ”最新の戦闘方法”ということで。DCPRGの第三シーズン、一発目の全国区プロダクツは百出まとまらない2011年ニッポンのムードを代弁し救済するかのごとく、慎重且つ物怖じしない態度のクラスターでダンスフロアに至極真っ当でシンプルなラブを量産する。そして、不変の、余りあるマイルス・リスペクトとともに。
菊地成孔(cond,CDJ,key)/坪口昌恭(key)/丈青(key)/大村孝佳(g)/アリガス(b)/千住宗臣(ds)/田中教順(ds)/大儀見元(per)/津上研太(sax)/高井汐人(sax)/類家心平(tp)/Special Guest:アート・リンゼイ(g on 「Catch 22」「New York Girl」)
『Musical From Chaos』第二弾では、2003年初頭から2004年暮までのライブ素材から厳選したベストテイクによって第二期を総括。呪術的でなお本能的なダンス欲求に訴えかけるDCPRGのライブが音と映像で甦る(DVD付きおよびDVDは生産終了)。さらに菊地氏による偏執的なカットアップを施し、DCPRGの躍動感に満ちた姿を鮮明に浮かびあがらせている。
1. Stayin' Alive
2. Fame
3. Pan-american Beef Stake Art Federation 2
4. 【エンハンスド】 structure I (Live Version)
1. Catch 44.1 (Oe Reconstraction)
2. Bayaka
3. Play Mate at Hanoi -Inu Ni Kirawareta- (DJ Quietstorm Mix)
4. Play Mate at Hanoi (Olantunji Mix)
5. Circle Line (DJ Me DJ You Mix)
6. Catch 22 (Kazunao Nagata Showa Dub Mix)
7. Pan American Beef Stake Art Federations (Rei Harakami Re-Arrange)
スペースシャワーTVが発行していたフリーペーパー「ダダダー!」のトリビュート・コンピレーション・ブック CD 「私服刑事」の第2弾、その名も「至福刑事」。3枚組+72ページ・ブックレット仕様。DCPRGは、2001年10月1日の新宿リキッドルームでのライブ音源2曲が収録されている。さらに菊地氏は、自作トラックを提供した大場久美子のセルフカヴァー「大人になれば」でデュエット歌唱までを披露している。
現代音楽やフリー・ミュージックにおける「カオス」ではなく、ダンス・ミュージックにおける「カオス」というものがユースのダンス衝動を焚き付けるか否か。バラバラなものが瞬間的、そして周期的にひとつのグルーヴとなるポイント。それを身体が本能の赴くままにさぐり当てようとする or 生理的な嫌悪から総てを放棄する「Catch 22」。「戦争の不条理と狂気」をテーマにしたジョーゼフ・ヘラーによる小説から引用したタイトル。メンバー全員のリズムもタイムも異なるグルーヴのレイヤー群(恣意的で偶発的? なポリリズム)で構築されたこの曲をライブの冒頭に持ってくることによって、DCPRGはダンス・ミュージックのあらゆる可能性を模索し精査する。その物質的な集大成は『Musical From Chaos』の、執拗なまでの「Catch 22」 5連発で。 ”ズレ”とズレを脱した一瞬の”ゾーン”とのせめぎ合いは、ライブの現場で驚くべき速度で肥大し進化してゆく。方や、「Spanish Key」のナイーヴなカヴァーから、現代ユースにとっては半ば都市伝説の象徴とも言えるほど草臥れつつも、それが逆に新鮮な”芳ばしさ”を匂い勃たせるバブリシャスなミラーボール・サウンドまで。戦争にも似たある種の極限状態=「家畜化されていないカオス」 下で踊らせることを命題にするも、電化マイルスはおろか、スライ、JB、EW&Fなどで日夜タコ踊りする人たちとも汗ばんだ美学を共有する、整合性のある最大公約数をDCPRGは持ち合わせていた。しかしそれは、扁平な「四つ打ち」を快適とする、現代フロアで定番化された最大公約数とは質を異にする。「リズムの訛り」を大手を振って歓迎する、そんなブラック・ミュージック通史に密接にコネクトしたダンス・ミュージックこそ「カオス」、とでも言わんばかりに(?)
「踊らせる」「ダンス衝動に訴えかける」ということに執着する以上、包括的なひとつのグルーヴに着地せざるを得ないのはある種の宿命なのかもしれないが、主幹・菊地成孔とその同志が画策するグルーヴの構造は、例えば90年代〜00年代にかけて栄華を極めたクラブジャズ(あるいはアシッドジャズ)的なアプローチともまた異形。その手のフィールドがマイルス・デイヴィスの遺産でさえ首尾よく解凍することができなかったのだから、70sマイルスをセントラル・ドグマに据えて活動を開始したDCPRGがそこに相容れるわけがない、と言ったらあまりにも短絡的か? ただ、ヒップホップ同様にDJカルチャーと共に発展を遂げてきたクラブジャズの分野にとってDCPRGのグルーヴというのは、「ズレで踊る」をモットーに掲げているだけあって、やはりスマートに処理しにくい=レコードでフロアを鼓舞しづらいものであったに違いない。『3rd General Representation Products Chain Drastism』というリミックス盤こそ制作されてはいるが、さすがにこれをクラブジャズと同じ地平で語るにはかなりの無理があるというもの。どの曲も内容の濃い大相撲ながら、クラブに足繁く通うジャズ・リスナーの回路を混線させるだけの強い毒性を持ち合わせているという点で。
大友良英脱退後のDCPRGを「グラウンド・ゼロ要素を排除した、のどかな第二期」といささかナメてかかった自閉都市に巣食う一部好事家も、『Structure Et Force/構造と力』と『Musical From Chaos 2』の2年越しの合わせ技には泡を食ったのか、観てもいないフジロック出演に「アレはヤバかったな」とこぞって吹かす始末。マイルスの『On The Corner』は、そのライブ再現性の低さこそがぶっちゃけた魅力と、何度目かの盛り上がりをみせた時代でもある。メジャー昇格もあってなかったかのごとく、最初からそこに存在したファンク・ミュージック本来の意味、根元的な、「ファンクの根拠」を概念化させる主幹。「現代呪術」「中世アメリカ」「回転体と売春」「寺院と天国」「港湾と歓楽街」「シャンパン抜栓」・・・異なる6つの「構造」すべてがひとつの根元的なファンク力学によって貫かれ反復し続ける、とした。と同時に、主幹自らが結成時に宣言していた解散年=2002年をすでに通過したことを知り得ながら、DCPRGがさらに「リズムの訛り」が聴取不能なほどキツい地方へと、三拍子と四拍子が同居して今なおよしとされる故郷へと、本能的に帰巣するかのごとく引き寄せられていくのを妄想してもそうそうバチはあたらないだろう。ちなみに『構造と力』のワーキング・タイトルは「PRESIDENTS(プレジデンツ)」だったそうで、全曲に主幹選りすぐりの歴代アメリカ大統領10人とジェームズ・ブラウンの名が冠された2枚組を予定していた、と主幹がHP上に記していたのを記憶している。
ここに欠席組の津上研太(sax)、類家心平(tp)、翌年正式加入することとなる大村孝佳(g)を加えた布陣が「新生DCPRG」と呼ばれるコンプリートなラインナップ。またこの日は、前座を務めたアメリカン・クラーヴェのリッチー・フローレス(per)、ヨスヴァニー・テリー・カブレラ(sax)に、(大村が加入するまでの)期間限定でツアーに帯同していた元ジュディマリのTAKUYA(g)が参加するというイレギュラー且つ豪華なラインナップで、DCPRG第三シーズンの幕が切って落とされた。このギグの模様は、24bit/96kHzのWAVファイル&MP3ファイルを含んだDVDR+写真集「BOYCOTT RHYTHM MACHINE AGAIN Live at Hibiya Yagai Ongakudo Oct.9.2010」(音声データのみのモノもあり)としてパッケージ化されている。
結成から、十二進法できっかりひと回り。主幹のゼロ年代における10年の活動史が『闘争のエチカ』という4ギガ・バイトのメモリー・スティック(×2)に圧縮された年の復活祭、それに前後した人事大幅刷新という大改革、そしていくつかのギグを経た2011年9月、いよいよ!!と声を荒げるべきか、このタイミングでなぜ!?と眉をひそめるべきか、DCPRGはワールドワイド・デビューを果たす。「THE NEW WAVE JAZZ IS ON IMPULSE!(ジャズの新しい波)」をポリシーに掲げて半世紀、米国ジャズ・レーベルの老舗「IMPULSE!(インパルス)」からのアルバム・リリースが決まった。アート・リンゼイがゲスト参加した2011年6月6日の恵比寿リキッドルーム公演を収録したライブ盤『Alter War In Tokyo』。日本人はおろかアジア人(グループ)の作品が同レーベルからリリースされること自体初めて、というトピックに本来ならば大仰なまでに驚愕したいところなのだが、重要なのは正直そこではない。世紀末の「戦争不安」に対する胸さわぎをポリリズミックなグルーヴへと具現化しながらダイレクトなダンス・リヴィドーを突き動かしてゆくという、DCPRGが結成以来 1秒たりともおろそかにしなかった直感に極めて近いコンセプトが、核兵器保有権と「グラウンド・ゼロ(爆心地)」を(「MAD」「SAD」の初歩的なライミングに気付かぬフリをしながら)同義として持ち合わせるアメリカ、特に最前線北米の日常的なダンスフロアで、サウンドシステムで、カーステレオで、ベッドルームのWQXR Q2で、いかにしてつっぱねられ、いかにしてアジャストしていくかという攻防やその戦局に興味津々なんだ・・・
6月6日の恵比寿リキッドルーム公演。今やトレードマークとしてすっかり定着した、11本しか弦の張られていない水色の12弦ギターで登場し、「Catch 22」そしてマイルス・デイヴィス『On The Corner』所収の「New York Girl」カヴァーでDCPRGとまぐわったアート・リンゼイ。もちノーチューニング。ペダルでピッチベンドしながら、ここいちばんでおもいっくそファズを踏み込み、ぎゃんと掻きむしったノイズをざっと散らして、くるりんぱ。この日のステージを目撃した知人からのメールなのだが・・・まぁ要点が掴みづらいこと。ただ、何となくイメージできたのは、「中心がない音の塊」を亡霊のようにまとわりつきながら、たまに饒舌なボケをカマしたり、鋭いツッコミを入れられたりと、いちゲストらしくと言えばゲストらしく、リンゼイらしいと言えばリンゼイらしい、浮遊するヒドロ虫綱にも似たレロレロな御姿。とにかくその尋常ではない存在感にひたすらすがったそうな。
1969年にイギリスBBCでスタートした「空飛ぶモンティ・パイソン」。「DCPRGに関する最初の企画書」(『スペインの宇宙食』より)によれば、『On The Corner』録音年と同じ1972年に放送された「僕ちゃんは海外開発大臣」(第3シリーズ 第2話)のスケッチに代表されるパイソンズの黒い笑いをDCPRGのコンセプトとして天啓的に採用。「ブラックジョークと国家間戦争をテーマにしたヘヴィーファンク」、つまり「モンティ・パイソンとマイルス・デイヴィスの融合」を目指した。
スティーヴ・グロスマン(ss)、デイヴ・リーブマン(ss)、アイアート・モレイラ(per)、バリー・フィナティ(g)、ビリー”スペースマン”パターソン(g)といったマイルス劇場の千両役者たちに、日野皓正(tp)らを迎え、『On The Corner』をご本尊とする70年代マイルスの混沌に最接近。1980年11月、ニューヨークのブルックリンにあった彼のアトリエともいうべき「サウンド・アイディア・スタジオ」でレコーディングされた、当時最先端・最新鋭のグルーヴ・ミュージック。DCPRGは、収録曲の「サークル/ライン」を完全採譜〜完全再現することを自らの第一コンセプトに掲げた。
ジョゼフ・コンラッドの小説「闇の奥」を原作に、物語の舞台をベトナム戦争に移し翻案した、フランシス・フォード・コッポラ監督による1979年製作の戦争映画。初期DCPRGを代表するポリリズム・チューン「Playmate At Hanoi」はおろか、初期当時のバンド全体のコンセプトは、この映画の「ベトナムのジャングル奥地にプレイメイトが慰問に来る」というシーンでその凡そがまかなえると言っても過言ではないだろう。