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ベートーヴェン(1770-1827)

SACD ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』、第6番『田園』、バッハ:G線上のアリア、他 ヘルベルト・ケーゲル&ドレスデン・フィル(1989年東京ライヴ)(シングルレイヤー)

ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』、第6番『田園』、バッハ:G線上のアリア、他 ヘルベルト・ケーゲル&ドレスデン・フィル(1989年東京ライヴ)(シングルレイヤー)

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    Amadeo  |  神奈川県  |  不明  |  2021年02月27日

    なんというアリアだろう。彼岸の景色を見ているかのような、この世のものとは思えない響き。聴き始めて、身動きがとれなくなった。 ほかとは全く違う超絶的なアリア。 自死の1年前の東京ライブ。まさに欧州激動のその時期に、ケーゲルは一体何を想っていたのだろう。

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    エーテルの風  |  長野県  |  不明  |  2015年05月22日

    ケーゲルのベートーヴェンは交響曲全集も出ているが、その中の「運命」「田園」とは似ても似つかない まったく別物の演奏だ。また同じくケーゲルの「展覧会の絵」や「幻想交響曲」のような、どこか平衡感覚のオカシイようなタイプの演奏でもない。ケーゲルにありがちな、徹頭徹尾一貫した骨組みはあまり感じられず、表現の根幹となる明確な意図が、瞬間瞬間揺れ動いているような不思議な印象を覚える。「運命」について言えば、ケーゲルのつむぎだす世界がシックリ来る箇所と、シラけて虚しい箇所と、双方が見受けられる。よく話題に上る第4楽章の冒頭部分は、私にとっては「虚しい」方に属する。「田園」は、第1楽章はありきたりな演奏で、ここを聴く限りにおいて、さほど大した演奏ではない。しかし第2楽章に入ると、突如クウキが一変する。まるで標高5000mの厚い雲に覆われた山の中を彷徨っているみたいな「夢うつつ」なシーンが現れては消え…また現れては消え…と。こんな演奏は、ケーゲルにもケーゲル以外にも初の聴覚体験だ。第3楽章で多少は意識がハッキリするが、第4楽章からまた世界が揺らぎ始め、終楽章ではまるで昇天するかのように昇華してゆく。これは「田園」の名演と言うよりは、まったく違う音楽だと考えたほうが、むしろ自然だと思われた。「運命」「田園」2曲全体を通して、ムラの多い演奏だとは思うが、この「田園」の第2楽章以降は、前人未踏な解釈であり、他では聴くことのできない奇妙なワールド感を体験できると言う点を加味して★5つとした。「アリア」もまた未だ聴いたことのない演奏だ。「瀕死のアリア」と名づけたくなるくらい、息も絶え絶えなこのアンコール曲を、その場に居合わせた聴衆はどのように感じただろう?興味が尽きない。

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  • ★★★★★ 

    mid-massa  |  三重県  |  不明  |  2013年03月02日

    ベト5についてのみ書かせていただきます。解説書を読むとものものしい感じがするが、実際聴いてみると意外にまともな演奏だった。フィナーレの入りは確かに素晴らしい!こんな演奏もできるんだなぁ、という感じ!思わず、メンゲルベルクのベト5(1937年の方)を想い出した。これを会場で実際に聴けた人は良かったなあ、とつくづく思う。ついでに、と言っては悪いが『アリア』も素晴らしい。これがベト6+エグモントのと2枚で990円とは!とても満足です!ちなみにやっぱりケーゲルはライブでないといけませんなあ!マーラーの1+2でも、まあ賛否はあるでしょうが、恐ろしいほどの迫力だった。

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    アッキ  |  茨城県  |  不明  |  2013年01月27日

    エグモントは序奏から葬送曲もような独特な演奏だが、解釈としては正しいと思う。攻撃的でなく、澄んだ音域に魅せられる。田園・・弦楽器はカラヤンのようなレガートさを引き立たせるが、特に終楽章では木管の温かさを押し殺し、管楽器を前に出し、太陽は登っているのだが、月が太陽と重なったような不思議なコントラストとでも表現したらいいのか、寒々としている。嵐のTpの悲痛な音色や、冒頭、終楽章エンディングのテンポなど他にこういう例などなく、聴きどころ満載で不思議と納得させられる田園ではある。拍手も自然なブラボーが飛ぶ。 第5 1楽章など伝統的ドイツの重心のある演奏だが淡々としてもいる。2楽章はかなり思い入れたっぷりの演奏。3楽章も1楽章同様、シンフォニックですばらしい。フィナーレへの突入の大見得はあふれんばかりの生命力の爆発。そしてアンコールのアリア 祈りとともにこのCDも幕を閉じる。すばらしいCDを手に入れたと感謝でいっぱいだ。

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    淳メーカー  |  愛知県  |  不明  |  2013年01月24日

    6番の終楽章終結部近くでグッとテンポが遅くなる時、5番の終楽章冒頭の個性的解釈、聴き手は度肝を抜かれます。ケーゲルの心境はどんなだったのだろう。ドレスデン・フィルとの全集はどちらかといえば端正な正統派的解釈でした。ライブのせいか?いずれにしても、注目すべき演奏です。1枚で聴けるのも長所ですね。

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  • ★★★☆☆ 

    shinopin  |  広島県  |  不明  |  2012年01月09日

    一聴して従来CDとは大きく異なる音質であることが判ります。低域が豊かになり、音に広がりが出てきています。また、会場ノイズやサーノイズが軽減され、聴きやすくなっています。しかしながら、私は従来CDの方が好みです。従来CDはSACDに比して音が軽い、或いは乾いた感じがしますが、ハッとする旋律や息づかいがよく感じられます。SACDでは音が豊かになったからか、こういったものが埋没しています。『古い録音のノイズを除去し過ぎてしまった』といった感じがします。 加えて、従来CDでは楽章間は会場ノイズが入ったまま繋がっていますが、SACDでは何故か切り詰められています。その結果、楽章間で会場ノイズがぶった切られ突然次の楽章に入り、音の流れが分断されてしまい違和感があります。

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年11月23日

    ユニバーサルやEMIが揃ってSACD盤の発売に積極的になってからというもの、一時は瀕死の状態にあったSACDが急速に脚光を浴びるようになったというのは、パッケージメディアの良さをあらためて認識させるという意味において、大変喜ばしいことであると言える。そうしたSACD復活の流れの中で、大指揮者による数々の来日公演のCD化で定評のあるアルトゥスレーベルが、先日のムラヴィンスキーの来日公演(1973年)のCD2点を皮切りとして、シングルレイヤーによるSACD盤の発売に踏み切ったのは、何と言う素晴らしいことであろうか。アルトゥスレーベルによるSACD化第2弾として、何を発売するのか私としても非常に興味を抱いていたところであるが、今般選ばれた音源は、いずれも文句のない歴史的な名演揃いであると言える。第2弾の2点のSACD盤のうち、もう一つのSACD盤におさめられた、ヨッフムの死の半年前の来日公演のブルックナーの交響曲第7番及びモーツァルトの交響曲第33番も、歴史的とも言うべき超名演であるが、本盤におさめられたケーゲルによるベートーヴェンの交響曲第5番及び第6番についても素晴らしい名演であり、その価値においてはいささかも引けを取るものではないと考えられる。そして、本演奏もケーゲルの死の1年前の来日公演の貴重な記録であり、アルトゥスレーベルによる第2弾の音源の選び方にも、なかなかの工夫がなされているという好印象を受けたところだ。ケーゲルは、独カプリッチョレーベル(現在は解散)に、手兵ドレスデン・フィルとともにベートーヴェンの交響曲全集をスタジオ録音(1982 〜1983年)しており、それもケーゲルの名を辱めることのない名演であると言えるが、本盤の演奏とは比べ物にならないと言えるだろう。それにしても、本盤の演奏はとてつもなく凄い演奏だ。筆舌には尽くし難い演奏というのは、本演奏のようなことを言うのであろう。本演奏には、生きるための希望も、そして絶望も、人間が持ち得るすべての感情が込められていると思われる。田園の第1楽章の超スローテンポや、第5番の終楽章の大見得を切った表現など、個性的な解釈が随所に聴くことができるものの、全体としては、表向きは淡々と音楽が流れており、加えて平静ささえ漂っているだけに、嵐の前の静けさのような不気味さを感じさせる演奏とも言えるところだ。翌年には自殺を図るケーゲルが、どのような気持ちで本演奏を行ったのかは不明であるが、そうしたケーゲルの悲劇的な死を我々聴き手が知っているだけに、余計に本演奏にとてつもない凄みを感じさせると言えるのかもしれない。併録の「エグモント」序曲やバッハのG線上のアリアも名演であるが、特に、凄いのはG線上のアリアであろう。一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々には、ケーゲルの救いようのない絶望感を聴き取る(というか感じ取る)ことが可能であり、正に我々聴き手の心胆を寒かしめる演奏と言っても過言ではあるまい。いずれにしても、本盤は、演奏の素晴らしさ(というよりも凄さ)、そして極上の高音質という、望み得る要素をすべて併せ持った至高の名SACDと高く評価したいと考える。

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