橋本徹の新『音楽のある風景』対談 Page.5
Wednesday, December 9th 2009
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橋本徹氏によるアプレミディ・レコーズの『音楽のある風景』シリーズも待望の第4弾にてついに完結編を迎えました。このシリーズは移りゆく季節を感じながら音楽を聴く喜びと、まだ知らぬ音楽との出会いに深く感動できる作品であり、幅広い音楽リスナーが末永く楽しめる作品です。そんな『音楽のある風景〜冬から春へ〜』(心温まるクリスマス・プレゼントとしても最適です!)の発売を記念して、街がクリスマスの支度に賑わう某日、今回も渋谷・公園通りのカフェ・アプレミディにて選曲・監修をされた橋本徹氏と、『音楽のある風景』のシリーズおよびサバービア〜アプレミディのライナーの執筆を手掛ける音楽文筆家の吉本宏氏、そしてアプレミディ・レコーズの制作担当ディレクターの稲葉昌太氏を交えて興味深く嬉しいお話を聞くことができました。
また今回『音楽のある風景〜冬から春へ〜』をお買い上げいただきますと先着で、『音楽のある風景』をめぐる旅と季節をテーマにした書き下ろしエッセイやディスクガイドを含む、橋本徹氏の監修・編集による『音楽のある風景』オリジナル読本もご用意させていただきましたので、ぜひこちらもお楽しみください!
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●13. Haven't We Met / Francien Van Tuinen
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山本:今年の6月に惜しくもケニー・ランキンが亡くなられました。
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橋本:ケニー・ランキンへの追悼の意を込めて彼のボサ・ワルツの代表作を。
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吉本:このフランシエン・ファン・タイネンのヴァージョンは「usen for Café Après-midi」の2000年代前半の代表曲というイメージがあるね。このエレピのワルツはほんとうにいいカヴァーだよ。
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橋本:エレピの間奏がとても気持ちいいね。このヴァージョンにはオリジナルとはまた違った心地よさを感じるよ。独創的なケニー・ランキンの曲をカヴァーをするのは大変なはずなんだけど。
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吉本:そうだね、ケニー・ランキン自身もビートルズなどの名曲をオリジナルとは違った魅力でカヴァーしているけれど、彼女はそのケニー・ランキンの名曲を独自の解釈でカヴァーすることに成功しているね。いいカヴァーというのはオリジナルと比べるものではなく、オリジナルもいいけどカヴァーもいいという別の魅力を確立しているんだよ。『音楽のある風景』の3作目のナンド・ローリアの「If I Fell」もまさにそう。
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山本:イギリスの33ジャズからもリリースされているジャッキー・ライアンのイヴァン・リンスのカヴァーですね。
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吉本:この曲も選曲の流れで聴くと魅力が際立つね。例えば映画のエンディングに朗々と大らかに歌うヴォーカルものを流して強い印象を残すように、いいポイントでこういう曲を挟むことによって選曲の流れがドラマティックに引き立つ。『音楽のある風景』の2作目で言うならトム・レリスの歌う「Be My Love」もそういう効果があったね。
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橋本:サウダージあふれる感じね。こういう曲は突然ぐっと心をつかまれたりするんだよ。ミナスっぽいとも感じられるし、いい位置に入れることができたかな。
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稲葉:イヴァン・リンスはミュージシャンズ・ミュージシャンというか、彼の音楽にはアーティストがカヴァーに挑戦したくなるところがありますよね。メロディーとコードのバランスに唯一無二の魅力があります。
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吉本:今回のライナーノーツのモチーフにもなった「Little Girl Blue」。間奏のピアノの高音域の響きがほんとうに切なくて、この曲を聴いているとヴィム・ヴェンダース監督の「都会のアリス」の映像が浮かんできたんだ。ジョニ・ミッチェルの「All I Want」も、“私はひとりで何かを求めて旅をしている”という、どこかロード・ムーヴィー的な風景を彷彿させるし。
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橋本:「Little Girl Blue」という曲は歌唱力というより空気感というか、響き方が重要で、チェット・ベイカーやニーナ・シモンのヴァージョンももちろん大好きなんだけど、このヴァージョンにも何か特別なよさがあると思うね。
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稲葉:彼らはスイスのヴォーカルとベースとピアノという変則トリオなんですよね。
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橋本:彼らのオリジナル・アルバムはソフト・ロックみたいなジャケットなんだけど、選曲が完璧で、ブロッサム・ディアリーやデイヴ・フリッシュバーグ、ボブ・ドロウあたりが好きな人が喜ぶような曲ばかりなんだよね。
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一同:さあ、いよいよ来ましたね。
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山本:今年を締めくくる一枚でもある、アルゼンチンのネオ・フォルクローレの若手グループ、アカ・セカ・トリオのピアニスト、アンドレス・ベエウサエルトのMDRからの初のソロ・アルバムです。
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橋本:このアルバムを聴いてすぐに、この曲を『音楽のある風景』のシリーズの最後に選曲したいと思ったんだ。そのアイディアを思いついたときはすごくうれしかった。何かが降りてきたというか、すごく必然的なものを感じたよ。
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稲葉:エンディングでもあり、何かの始まりを予感させるようなサウンドでもありますね。
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橋本:ピアノにチェロやソプラノ・サックスが加わったスピリチュアルな室内楽的なアンサンブルに、儚い浮遊感を漂わせるヴォイシングや音響派的な隠し味もあって、ミナス・サウンドにも通じるたおやかさを感じるアルバムだね。この曲は瞑想感とか覚醒感、郷愁などが不思議に混じり合って、透明で幻想的な幽玄の美を描いている。
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吉本:1曲目のジョー・クラウゼルのリズムあふれるスピリチュアルなサウンドに対する、アルゼンチンからの静かなる回答という感じで、国もサウンドも異なるけれど、宇宙でつながっている感じがするね。広大なパンパの大平原を包み込むような静謐な響きがある。
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山本:このアルバムはジャズを越えて、フォークやスピリチュアル・ジャズやシンガー・ソングライターや、それこそ中島ノブユキが好きな方まで、すべての音楽ファンに贈るという感じです。
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吉本:HMVの渋谷店では、カルロス・アギーレやアカ・セカ・トリオと並んで、彼のCDが面出しで展開されていたね。
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山本:そうですね。リニューアルしたHMVの渋谷店の3階では“素晴らしきメランコリーの世界”というコンセプトでコーナーを展開していて、そこにアルゼンチンの音楽シーンと共鳴するアルバムを多数揃えています。橋本さんにもアンドレス・ベエウサエルトを気に入っていただき、『音楽のある風景』がこの曲でエンディングを迎えたことは、ほんとうにうれしいです。アカ・セカ・トリオで垣間見られた彼のサウンドのセンスがソロ・アルバムで一気に花開いた感じで、やっぱり彼は本物です。
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橋本:あの売り場は、ほんとうに素晴らしいと思うよ。僕の今年No.1の愛聴盤とも言えるウィリアム・フィッツシモンズもあそこで買ったし。ジャンルを横断してテイストでスタイリングされた試みがとてもいいね。
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吉本:ほんとうにとてもいい売り場だね。今の時代だからこそ、ああいう“提案”や“意志”のある売り場が必要だと思うよ。
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稲葉:それにしても、なんだか来年はアルゼンチンがすごいことになっていきそうですね。
●14. Velas Içadas / Jackie Ryan
●15. Little Girl Blue / Nadja Stoller Trio
●16. Madrugada / Andrés Beeuwsaert

橋本徹 (SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・グラン・クリュ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは200枚を越える。NTTドコモ/au/ソフトバンクで携帯サイト「Apres-midi Mobile」、USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。


