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カラヤン -人生・音楽・美学- 第 VI章

Tuesday, August 5th 2008

第VI章 1957〜1962年 カラヤン帝国

文●阿部十三

「世界一忙しい指揮者」

 1950年代後半のこと、カラヤンの多忙ぶりを伝えるエピソードが広まった。
 カラヤンがタクシーに乗った時、運転手がこう尋ねた。「おや、カラヤンさん、どちらまで?」
 カラヤンは答えた。「どこでも好きな場所へ行ってくれ。皆が私を待っているのだから」
 ベルリン・フィルとウィーン国立歌劇場のボスとなったカラヤンのスケジュールは、そんな冗談が真実味を帯びてくるほどに過密だった。
 57年11月にはベルリン・フィルを率いて来日。12月にはウィーンで『ワルキューレ』や『ジークフリート』などの大作を指揮した。翌年も世界各国で指揮、録音も精力的に行った。
 アメリカのスター指揮者、レナード・バーンスタインに招かれてニューヨーク・フィルを指揮したのは58年11月のこと。最初のうちは2人とも友好的だったようだが、自分のリハーサルと本番をバーンスタイン側にひそかに撮影されていたことを知ったカラヤンが激怒。これ以後、彼らの仲はこじれてしまった。
 この時期、カラヤンは人生と芸術にとって大事な選択を行っていた。まず、57年に名門スイス・ロマンド管弦楽団から名手ミシェル・シュヴァルベをコンサートマスターとして引き抜いたこと。この傑出した演奏家がいなければ、磨き抜かれた美しさと輝かしさを湛えた「カラヤン・サウンド」がどこまで実現したかわからない。
 二つ目は、それまでイタリア・オペラをドイツ語訳で歌うことの多かったウィーン国立歌劇場で、“原語上演”を提唱し、推進したこと。それに伴いミラノ・スカラ座と提携、イタリア人歌手を積極的に起用して本物のイタオペが日常的にウィーンで聴けるようにした。
 三つ目は、アニータと離婚し、25歳年下のフランス人モデル、エリエッテ・ムーレと58年10月6日に結婚したこと。彼女は仕事中毒の夫に2人の娘(イザベル 1960年生/アラベル 1964年生)と家庭の安息をもたらした。
 そして最後に、長年続いたEMIとの独占契約状態を解消し、ドイツ・グラモフォンとデッカ・ロンドンと契約したこと。ベルリン・フィルがグラモフォンと、ウィーン・フィルがデッカと契約していたため、これは当然の選択だった。アメリカのクラシック市場で最も重要なレーベルであるRCAも、EMIとの提携を解消し、新パートナーとしてデッカを選んでいた。これまでカラヤンのレコードを手掛けてきたEMIの大プロデューサー、ウォルター・レッグは苦々しい思いで成り行きを見守るしかなかった。

「労働争議」

 デッカでは、レッグの次の世代にあたる名プロデューサー、ジョン・カルショーがパートナーとなった。35歳のカルショーがどのような駆け引きをしながらカラヤンと仕事をしていたか、その様子はカルショーの回想録『レコードはまっすぐに』に詳しいので一読をお勧めする。
 59年10月には新妻エリエッテを伴い、ウィーン・フィルと大規模な世界ツアーへ。その途中、3度目の来日を果たしている。
 1960年、恩師であるベルンハルト・パウムガルトナーがザルツブルク音楽祭の総裁に就任。これはカラヤンにとって好都合な人事となるはずだったが、かつての師弟の意見が合うことは滅多になかったという。また、今後の上演プログラムを巡る厄介な議論にも悩まされ、カラヤンは同音楽祭芸術総監督をあっさりと辞任した。
さらに1961年の秋、トラブルが持ち上がる。ウィーン国立歌劇場で労働争議が起こったのだ。が、そんな最中にあっても翌年1月に行われたドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』の舞台は圧倒的な成功を収めた。その場にいた観客たちの目には、カラヤンの天下はまだまだ続きそうに見えたに違いない。
(続く)


1957年から1961年にかけての代表的録音&映像作品

R.シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ドイツ・グラモフォンと正式契約したカラヤンのリリース第1弾。冒頭から美しく透明感のあるカラヤン・サウンドが横溢し、うねりまくっている。ミシェル・シュヴァルベのソロも絶品。59年録音。
ヴェルディ:歌劇『アイーダ』
ウィーン・フィル、テバルディ、ベルゴンツィ他

マリア・カラスと人気を二分したプリマ、レナータ・テバルディの美声と、ウィーン・フィルの迫力溢れる演奏に圧倒されること必至。オペラ入門者の1stチョイスとしてもお薦め。59年録音。
R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』
ウィーン・フィル、シュヴァルツコップ、ユリナッチ他

豪華歌手を揃えた有名な映像版。シュヴァルツコップがさすがの歌唱で舞台を支配している。が、当初歌う予定だった美貌の歌手デラ=カーザの元帥夫人も見てみたかった。60年収録。
ヴェルディ:歌劇『オテロ』
ウィーン・フィル、デル・モナコ、テバルディ他

今なお“史上最高のオテロ”と崇められているマリオ・デル・モナコの代表盤。“黄金のトランペット”の異名を持つ情熱的な声がカラヤンの伴奏によりドラマティックに映える。61年録音。
ホルスト:組曲『惑星』
ウィーン・フィル

定盤中の定盤。「火星」の演奏は苛烈さと容赦のなさの点で全ての同曲異盤を凌ぐ。カラヤンが録音では滅多に見せない一面だ。それとは逆に次の「金星」は天使の輪のように美しい。61年録音。

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