TOP > Music CD・DVD > News > Classical > Symphonies > カラヤン -人生・音楽・美学- 序章

カラヤン -人生・音楽・美学- 序章

Wednesday, February 13th 2008

《序 章》カラヤンとは何者なのか?

楽壇の帝王として名声をほしいままにした不世出の大指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。生誕100年を迎える今年、すでに様々な関連アイテムが発売され、大きな話題を呼んでいる。それにしても、なぜ、我々はカラヤンに惹きつけられるのか? カラヤンが後世に残したものとは何なのか? 毀誉褒貶にくまどられた彼の人生の真実と芸術の秘密に迫る。

文●阿部十三

クラシック音楽に詳しくない人でも、「カラヤン」の名前は聞いたことがあるはずだ。1950年代後半から80年代にかけてヨーロッパの楽壇に君臨し、「帝王」と呼ばれたこの大指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンが残した足跡はあまりにも大きい。今も巨匠と言われる指揮者は数多くいるが、カラヤンほどスター性、カリスマ性を備えた人はいないし、今後も出てこないだろう。
 カラヤンは指揮者として優れていただけではない。テクノロジーに造詣が深く、レコードや映像メディアの影響力をいち早く重視し、自ら制作の主導権を握り、これらのメディアを最大限に活用したパイオニアでもある。とくに映像分野への貢献度は高く、今で言う「PV」の礎を作った。晩年はCDに着目し、全レパートリーを録音し直す計画を立てていたが、これは実現しなかった(CDの当初の記録時間「74分」はカラヤンの第九が全部収録されることを目安に決められた、というエピソードは有名)。ちなみに、彼の録音の総売り上げは累計1億枚を超える。凄い数である。
 また、運動神経に優れたスポーツマンという顔を持ち、スキーの腕前はアマチュア部門でトップクラス、テニスが得意で、若い頃はサッカーに興じていた。無類のスピード狂でもあり、オートバイ、レーシングヨット、スポーツカーに熱中し、自家用ジェット機やヘリコプターの操縦を趣味としていた。
 指揮姿は独特で、目をつぶり、オーケストラを暗示にかけるように腕を動かし、なめらかに、無理なく、音楽の流れに沿って柔軟に曲線を描き、フォルテに達すると凄まじい勢いで腕を振り下ろして強烈なクライマックスを形成する。それは視覚的にも効果満点だった。音楽的には感情に溺れない客観的な新即物主義者として語られることが多い。たしかにレコードの多くは「絶妙に磨き抜かれた、美と無縁のものなど全く入り込む余地のない、物凄く輝かしいサウンド」(ウォルター・レッグ)で彩られ、そこからは感情的な呻きや度を越した喜悦などは聞こえてこない。しかしライヴでは激情に駆られて鬼気迫る指揮をすることもあり、しばしば聴衆やオーケストラ団員を唖然とさせた。なお、彼自身は、自分の目指したスタイルについて次のように語っている。
「私が常に到達したいと望んでいたのは、フルトヴェングラーの夢想とトスカニーニの厳密さを結びつけた境地だった」
 ここに出てくるアルトゥーロ・トスカニーニはカラヤンが最も憧れていたイタリア人指揮者で、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは快進撃を続ける若き日のカラヤンの前に立ちはだかった陶酔型のドイツ人指揮者である(とりわけ刺激を受けた指揮者として、カラヤンはほかにヴィクトール・デ・サーバタ、ヴァーツラフ・ターリヒ等の名前を挙げている)。
 カラヤンが就いた主要ポストは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督(1956-1989)、ウィーン国立歌劇場の総監督(1956-1964)、そして自ら創設したザルツブルク復活祭音楽祭の芸術監督(1967-1989)。これらのポストだけ見ても輝かしいとしか言いようがないが、しかし、その道のりは決して平坦なものではなく、波乱に満ちたものだった。権力を一手に掌握する一方で、アンチ・カラヤン派からは、自己宣伝の達人、権力志向の権化、冷酷、商業主義のビジネスマン、と批判されていたし、戦時中のナチスとの関わりも彼のキャリアに暗い影を落とした。
 HMVでは、生誕100年を迎えた2008年、カラヤン・イヤーを記念して、この不世出の指揮者の81年にわたる生涯と遺産(録音・録画)を、連載形式で、できるだけポイントを絞って総括したいと思う。おそらく「カラヤン」というキーワードは、人生について、権力について、政治について、人間の運命について、そして音楽の在り方について、様々な問いを投げかけることだろう。

関連情報

カラヤン -人生・音楽・美学- 第T章
カラヤン -人生・音楽・美学- 第U章
カラヤン -人生・音楽・美学- 第V章
カラヤン -人生・音楽・美学- 第W章
ヘルベルト・フォン・カラヤン生誕100周年
カラヤン情報

SymphoniesLatest Items / Tickets Information