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カラヤン -人生・音楽・美学- 第III章

Tuesday, April 15th 2008

第III章 1935〜1941年 奇蹟のカラヤン

「アーヘンでの幸せな日々」

文●阿部十三

 アーヘン歌劇場の音楽総監督に就任したカラヤンは、次々と公演を成功させ、1年もしないうちに人気を確固たるものにした。リハーサルは厳しく、オーケストラの団員の中には不平を漏らす者もいたが、カラヤン自身が朝の4時、5時まで仕事をしていたため、彼のことをあしざまに言う者はいなかった。
 妥協を許さない性格は相変わらずで、宗教音楽をプログラムにのせることに好意的でなかったナチ党とやりあう一幕もあった。戦後、アーヘンの教会音楽監督テオドル・レーマンはこう証言している。「私は、カラヤン氏と党の管区長が電話で話しているところに居合わせました。カラヤン氏は、ほとんど無礼と言える口調で、『ミサ曲ロ短調』、『マタイ受難曲』、『ミサ・ソレムニス』に匹敵する傑作を、管区長が代案として出せない限り、これらを予定から外す気はないと言いました。具体的に、カラヤン氏はこう言い放ったのです。『ヒトラー青年隊の新進作曲家たちが、これらに匹敵する曲を書けるようになるのは、まだかなり先のことだと思いますね』と」
 アーヘンの環境に彼は満足していた。才能豊かなヴィルヘルム・ピッツ(戦後、バイロイト音楽祭などで活躍)が合唱指揮者を務めていたし、新しい友人たちとの関係も良好だった。クリスマス・イヴに隣人の家を訪ね、クリスマス・キャロルをモーツァルト風やジャズ風など様々なアレンジで弾いてみせたこともあった。年上の魅惑的なオペレッタ歌手エルミー・ホルガーレフとの交際も始まった。後年、カラヤンはそんなアーヘン時代を振り返り、「最高に幸せな時期だった」と語っている。
 1937年6月1日、カラヤンはウィーン国立歌劇場からの招きで『トリスタンとイゾルデ』を指揮した。3回のリハーサルという約束だったが、結局1回のリハーサルもなしに指揮台に立つ羽目になった。しかし、公演は成功を収めた。
 1938年4月8日には、初めてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートで指揮。リハーサルの際、カラヤンは各パートの練習から始め、プライドの高い団員たちを驚かせた。「この曲は知り尽くしています」と言う団員に、カラヤンは「それが本当かどうかやってみれば分かります」と応じ、ヴィオラが演奏する難しい箇所を弾かせた。すると、全くうまくいかない。そんな作業を繰り返しながら、カラヤンは主導権を握っていった。当日のコンサートは大成功に終わった。
 7月26日、カラヤンはエルミーと結婚した。当時、彼は声帯に出来た腫瘍を切除する手術のため、声を出せず、式ではこう書いたカードを首から下げていた。「私は手術を受けたため話すことが出来ません。はい、私はエルミー・ホルガーレフを妻といたします」。
 その2ヶ月後の9月30日、『フィデリオ』でベルリン国立歌劇場にデビューしたカラヤンは、次いで10月21日の『トリスタンとイゾルデ』の公演も指揮。これがセンセーショナルな成功を収め、新聞で「奇蹟のカラヤン」と称えられた。そこには「ドイツ最高のオペラ指揮者、フルトヴェングラーおよびデ・サバタと肩を並べた」、「30の男が50代の偉人たちも羨むようなことをやってのけた」と書かれていた。記事を書いたのは批評家のエドウィン・フォン・デア・ニュルである。

「対立のはじまり」

 しかし、この扇情的な記事がきっかけとなり、ベルリン・フィルの指揮者フルトヴェングラーとの間に溝ができてしまった。
 フルトヴェングラーはヒトラーやゲッべルスから重用されていたが、ナチスに弾圧されている作曲家ヒンデミットを擁護したり、陰でユダヤ人音楽家を助けたりしていたこともあり、党内に敵を多く作っていた。特にゲーリングとの関係は険悪で、彼の息のかかったベルリン国立歌劇場の総監督、ハインツ・ティーティエンもフルトヴェングラーのことを嫌っていた。また、当時のカラヤンのエージェントは、フルトヴェングラーのことを陥れようと画策している、強引さが売りのルドルフ・フェッダーという人物だった。いってみればカラヤンは彼らによってフルトヴェングラーの対抗馬として担ぎ出されたのである。
 この状況に対し、フルトヴェングラーが不快感と危機感を抱いたとしても不思議はない。カラヤン自身はフルトヴェングラーに敬意を払っていたが、フルトヴェングラーはカラヤンを嫌悪し続けた。この態度は1954年に亡くなるまで変わることはなかった。
 12月には、ドイツを代表する名演出家グスタフ・グリュントゲンスによる『魔笛』を指揮。そのリハーサルの合間に、序曲の録音も行われた。以後50年以上に及ぶカラヤンの録音史のはじまりである。
 1939年(ポーランド侵攻の年)にベルリン国立歌劇場指揮者の称号を受けたカラヤンは、これまで以上にアーヘンとベルリンを行き来するようになった。アーヘンでは不在がちな音楽総監督への不満が高まり、カラヤンの帰りを待つエルミーとの関係にも亀裂が入り始めた。すれ違いの日々が続く中、実業家一族の血を引くアンナ・マリア・ギューターマン(アニータ)という女性と出会ったカラヤンは、社交的で才気煥発な彼女に夢中になった。
 飛ぶ鳥を落とす勢いのカラヤンだったが、6月に思わぬ落とし穴が待ち受けていた。ベルリンで『マイスタージンガー』を指揮した時、ヒトラーお気に入りの歌手ルドルフ・ボッケルマンがミスをし、暗譜で指揮をしていたカラヤンがそのミスをカバーできず、演奏に混乱をきたしたのである。これを観ていたヒトラーは、暗譜で指揮する「若造」の「思い上がり」に激怒した。
 翌年、国立歌劇場で『エレクトラ』を指揮したカラヤンは、憧れの人、リヒャルト・シュトラウスと対面した。10月20日にはそのシュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」とブラームスの交響曲第1番などをプラグラムに据え、国立歌劇場管弦楽団の演奏会を指揮。これにより、「ベルリン・フィル(フルトヴェングラー)vs ベルリン国立歌劇場管弦楽団(カラヤン)」の構図が生まれ、ベルリンの聴衆はこの対立を面白がった。
 年末にはアーヘン歌劇場を率いて占領下のパリへ。1941年3月にはベルリン国立歌劇場管弦楽団と共にイタリアへ。ローマでは熱狂的に迎えられたが、滞在中、カラヤンは新聞で思いがけない記事を目にした。アーヘンの音楽総監督が更迭された、と書かれていたのだ。驚いた彼がアーヘンに戻ると、新監督は彼の友人でもあるパウル・ファン・ケンペンに決まっていた。アーヘンは、カラヤンのように掛け持ちをせず、当地での仕事に専念してくれる指揮者を望んだのである。(続く)

1938年4月8日のプログラム

モーツァルト:交響曲第33番 変ロ長調
1938年4月8日のコンサートの1曲目を飾った作品。その鮮やかな演奏は、「モーツァルトの交響曲を20小節聴いただけで、その類い稀なる指揮の才能を感じ取ることができた」と批評家から絶賛された。このCDに収録されているのは8年後にウィーン・フィルと録音したもの。当時のウィーン・フィルならではの魅力的な歌い回しが一陣の春風に漂う花の香りのように美しい余韻を残す。

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
フランス近代音楽とも相性の良かったカラヤンだが、中でもラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲には強い愛着を抱いていたようだ。神秘的な音響と官能的なムードに包まれた世界観が彼の音楽性に合っていたのだろう。1938年当時のコンサート評でも、その演奏の雰囲気、色彩感、スコアの解釈が絶賛されている。このDVDには1975年の演奏を収録。カラヤン&ベルリン・フィルのゾクゾクするほど美しい響きに思わず悶えたくなる。

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調
カラヤンのブラームス録音では、一般的に交響曲第1番と『ドイツ・レクイエム』が有名だが、交響曲第4番も生涯にわたり演奏し続けた重要なレパートリーである。ただ、ベルリン・フィルを初めて指揮した時は「最初の2つの楽章が堅苦しい」と批判された。このDVDでは、それから35年を経たカラヤンの、覇気に満ちた、それでいてスケールの大きな演奏が楽しめる。ちなみに、この作品はフルトヴェングラーの十八番でもあった。
カラヤン初期レコーディング集

[CD1]ベートーヴェン 交響曲第7番、『レオノーレ』序曲第3番 他
[CD2]ブラームス 交響曲第1番/R・シュトラウス 交響詩『ドン・ファン』他
[CD3]ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界」他
[CD4]モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」、第40番、第41番「ジュピター」
[CD5]チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」/スメタナ 交響詩『モルダウ』
[CD6]モーツァルト 歌劇『魔笛』序曲/ロッシーニ 歌劇『セミラーミデ』序曲/
ウェーバー 歌劇『魔弾の射手』序曲/ケルビーニ 歌劇『アナクレオン』序曲/
J・シュトラウスII世 喜歌劇『ジプシー男爵』序曲/ヴェルディ 歌劇『運命の力』序曲 他
1938年から43年までの録音集。当時としてはかなり良い音質だが、それについて興味深いエピソードがある。ドイツ・グラモフォンのスタジオでパウル・ファン・ケンペンが録音した後、同じオケをカラヤンが指揮すると、明らかに音が変化したという。指揮者の中には録音用マイクに愛される人とそうでない人がいるが、カラヤンはまさしく前者であった。ここに収録されている演奏は、“緩急のコントラスト”が際立ったものが多く、明晰な指揮ぶりがめざましい効果を上げている。特にブラ1、ジプシー男爵、アナクレオンは傾聴に値する名演。

ベルリン国立歌劇場管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、トリノ放送交響楽団
4776237(輸入盤)

DGコンプリート・レコーディング

1938年に録音されたモーツァルトの『魔笛』序曲から、最後の録音となったブルックナーの交響曲第7番まで、カラヤンがグラモフォンで録音した全音源を収録した日本独自企画の豪華セット。CD240枚で30万円というボリュームにまず驚かされるが、1枚あたり1250円で、さらに超貴重なリハーサル音源や“カラヤン読本”など特典も充実。ファンなら是非とも手元に置いておきたいモニュメンタルな逸品である。

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