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2月から財布が大出血

Friday, February 20th 2015

連載 許光俊の言いたい放題 第241回

 年が明けて早くも2か月が過ぎようとしている。世界ではいろいろな事件が起きているが、今はそれについてはあえて口をつぐもう。
 実はこれから春にかけて、私にとっては盆と正月が立て続けにくるかのようなコンサートのラッシュがある。
 まず2月にはティーレマンとドレスデン・シュターツカペレのコンサートがある。円安ユーロ高を反映してか、誰にでも勧められる値段ではないが、間違いなく現代で最高峰のオーケストラ演奏が楽しめるがゆえ、余裕がある人は行くべき催しだ。ティーレマンは、ドレスデンを指揮したときが間違いなく一番よい。いや、彼がよいというよりも、どういうわけか彼が指揮台に立つと、このただでさえすばらしい楽団が、ものすごい潜在能力を発揮するのだ。数か月おきに聴いてきた印象では、両者の関係は時間を経ていっそう濃厚になってきたのではないか。
 ブルックナーのほうがチケットが売れていると聞いたが、私なら「英雄の生涯」を買う。ブルックナーのほうは、まさにこれがブルックナーという一通念的な音がして、それはそれで楽しいのだが、やはりチェリビダッケやヴァントで聴いてきた耳にとっては、いっそう高度な解釈がほしくなる。贅沢な不満ではある。
 「英雄の生涯」では女性コンサートマスターがソロを弾くと予想されるが、彼女がすばらしい。英雄の妻を描写した独奏部分を実に女性っぽく弾いてくれるのだ。考えてみれば、超一流楽団のコンサートマスターは男性が多いが、いくら達者であっても、やはり女性とは感覚が違う。私は本拠地で聴いて、あまりの生々しさというかリアルさに驚いた。腑に落ちた。なるほど、これは女を描写した音楽なのだ。この曲の、このソロのひとつの基準となる演奏だと思う。詳細は書くまい。ナマを聴いてのお楽しみである。
 ティーレマンはDVDがいくつも発売されているが、自己陶酔的な感じの指揮ぶりを私は好まない。が、なぜかドレスデンのオーケストラだと、よその楽団を振るときよりも嫌な感じがしないのである。これは最近になるほどそうで、目が慣れたのではなく、指揮と音がつながってきたのだろう。両者の関係はこれからどうなるのか。何せあちこちともめているティーレマンのことだ。何事も壊れるときは速い。変にベルリン・フィルのポストに欲を出したりしなければよいが・・・。今のうちにできるだけたくさん聴いておきたい。
 DVDでは「アラベラ」が発売されているが、生で聴いた時には気絶しそうなくらいきれいだった。

 3月には、サロネン大先生とフィルハーモニア管弦楽団のコンサートもある。いろいろな曲をやってくれるが、もしかしたら最高の聴きものは、シベリウスの交響曲第5番かも。サロネンお得意の曲で、各地のオーケストラで指揮している。短いこの曲がメインというのは、チケットを買うほうからすると損をした気もするのだが、いざ聴いてみれば、音楽のすばらしさに心底満足できるのではないか。
 サロネンの手にかかると、この曲が、曇りなき歓喜の表現になるのだ。まさにもぎたてのかんきつ類みたいなフレッシュさで鳴り響くのには度肝を抜かれること間違いなし。シベリウスがこんなに開放的でよいのかという気がしなくもないが、これはこれで見事で感動的だ。ちなみに、私がサロネンの解釈であっと驚いたのは、特にこれとショスタコーヴィチの交響曲第4番。どちらも、天才にはある作品が他の人とはまったく違って感じられているのだと思い知らされた。
 もちろん「火の鳥」やシベリウスの第2番は十八番。「英雄」は、あっと驚く軽い解釈で、ハイドンの延長線上にある。深刻な精神性やドイツ精神を求める人は近づかないほうが無難。
 ちなみに、大先生とフィルハーモニア管は、来季本拠地ではストラヴィンスキーをこれでもかと大量に演奏する。日本のオケでは考えられない大胆な計画で、いくらロンドンとはいえ、あまりのマニアックさに空席続出となるのではないか。ストラヴィンスキー嫌いは泣いているのではないか。他人事ながら心配になってしまうほどだ。
 サロネンが若き日にソニーに録音したストラヴィンスキー・セットは今もって聴いて楽しい。特に「春の祭典」のスピーディーな展開には胸がすく思い。

 さらに4月にはチョン・キョンファ、6月にはヘンゲルブロックと東京にいながらにして最高峰の演奏家たちが聴ける。ヘンゲルブロックはマーラー「巨人」のCDを出したばかりだが、これはすばらしい。「花の章」つきということよりも、演奏自体が魅力的である。第1楽章の音響設計は特におもしろい。改めてこの交響曲の新しさ、ユニークさに感じ入った。コンサートでもこの曲をやります。
 ここ何年も、景気が悪いとコンサートもつまらなくなるなあと痛感していたが、この冬以降は聴きものがずらり。いったいどうしたんでしょう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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