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モーツァルトの秋

Monday, October 6th 2014

連載 許光俊の言いたい放題 第237回

 すっかり涼しくなり、快適な季節になった。今年は秋が長そうなのが嬉しい。
 モーツァルトはいつの季節に聴いてもよいが、特に短調の曲は秋向きという気がする。
 まずはスヴェトラーノフがスウェーデン放送交響楽団を指揮した最後の交響曲2つ。ジャケットに記された演奏時間を見た人は間違いなく驚くはずだ。第40番が37分、しかもその三分の一が第2楽章。一方、第41番は34分。なんと第40番のほうが長いということになる。
 その40番、第1楽章は予想通りたいそうゆったりと運ばれている。テンポが遅いだけではない。フレーズの作り方がきわめて長い。すべてのパートがよく歌いこまれている。と言っても、全然脂っぽくない。穏やかな海が静かに上がり下がりしているような感じだ。それが実に美しい。慌てず騒がず、刺激成分は皆無だ。感情に駆られて高揚する気配など微塵もなく、悠然と構えたままで音楽が膨張伸縮を繰り返す。広大な平原のような・・・こんなモーツァルトもなかなかないものだ。
 それだけに再現部に入るところで少しだけ歩みを緩めるのが実にロマンティックで、ことのほか印象的。この楽章は切羽詰まったいきり立つ演奏でもいいし、このようなおっとり型でもいい。まったく不思議な作品だ(そういえば、アーノンクールの最新ライヴ盤は、スヴェトラーノフとは真逆の、しかしものすごく説得力がある演奏だった)。
 第2楽章も無限旋律のようだ。各楽器の受け渡しがなめらかにつながれて、長大な旋律のようになる。ことさら暗鬱なわけでもない。センチメンタルでもない。何も言わずとも聴けばわかるはずだという確信めいたものが感じられる。ちなみにこの演奏が行われたのは1988年。最晩年には遠いが、その気配は十分ある。
 第3楽章も同様。それどころかフィナーレもだ。見通しよくさまざまな音が聞こえる。フィナーレの何気ない部分まで実に丁寧に演奏されている。それが滋味につながる。
 実は、これは本当の大指揮者にしか起きないことだが・・・モーツァルトに限らず交響曲の各楽章は、テンポが緩急さまざまに設定されている。にもかかわらず、最初から最後まで同じテンポで指揮されているように錯覚させられることがある。実際にテンポがまったく同じというわけではない。だが、そういう印象になるのだ。これは何とも不思議な経験だ。結果として全体の統一感は高まる。
 なぜそんなことが起きるのか。フレージングや音響の構成などが全曲を通じて統一されるということも理由だろう。すべてのパートがきちんと音を聴かせるというのも大事なポイント。むろんテンポの微妙な設定も。その結果、音楽とはまぎれもない時間芸術であるにもかかわらず、まるで時間が止まっているかのような不思議な演奏が成就する。チェリビダッケ、クレンペラー、それにこのスヴェトラーノフ。
 そして、こんな演奏が成就してしまうと、細部の不備は気にならなくなる。全体の威容があまりにも明白だからだ。

  チェリビダッケがフランス国立放送管弦楽団を指揮した「レクイエム」もすばらしい。チェリとミュンヘン・フィルの演奏がすでにCD化されているが、時期が約20年も早いだけにあれよりも抑制的で緊密である。ミュンヘン・フィルのほうがもっと開放的というか、エモーショナルである。
 とにかく最初からしていかにも宗教的で静謐で敬虔な感じがする。レクイエムなのだもの、何を当たり前のことを・・・しかし、宗教曲の演奏のすべてがそれらしく聞こえるわけではない。それは、これを聴けば改めてよくわかるはずだ。この曲の中には「魔笛」をはじめ、モーツァルトのオペラに似通った部分がある。同じ作曲家が作ったのだから当然である。が、そんな箇所もオペラティックには聞こえない(逆に、チェリビダッケがもし「魔笛」を指揮したら、「レクイエム」のように聞こえたのだろうか?? それはぜひとも聴いてみたかったものだが)。
 とにかく抑制的な部分が驚くほどに印象的だ。「レックス・トレメンデ〜みいつの大王」のほとんど無表情な出だし。ミュンヘン・フィルとはこうはやらなかった。もっと人々が神を恐れているような、それこそオペラティックなまでの劇性がはっきりとあった。
 それにしても、やはりチェリビダッケのすごさは、どの曲を聴いても、こんなふうにやるのか、その理由はこれこれだなと発見があること。常に刺激がある。同じ曲の演奏でも、その違いから得られるものがある。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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