『おそいひと』 柴田剛監督 インタビュー 【3】

柴田　本当はフィルムでやりたかったんです。「フィルムでカラーで」っていうのはあったんですけど、住田さんと会った時にあまりにも･･･顔とか体、腕とかが実際、筋肉質なんですよ。住田さんは歳とともにどんどん加速して、筋肉が硬直してしまうんですよね。だから、筋肉を柔らかくする筋弛緩剤を常に飲んでるんですけど、そういう風な筋肉になるのがわかってるから、若い頃に筋トレして身体を鍛えてたんですよね。それがまだ身体に残っていて、「これ撮るんだったら、白黒で撮ったら石像、仏像みたいに撮れる。おもしろい」ってなったんですけど、闇雲に白黒で撮るってことにはやっぱり、スタッフの中で躊躇があったんです。今は映画はカラーが当たり前だし、白黒でっていうのであればよほどちゃんとした筋がないといけない･･･そんな風に考えた時はあったんですが、僕は「こうだと思ったら、それについて後から考えればいいじゃん」っていうタイプなんで。

『おそいひと』はVX2000っていうカメラで撮ったんですけど、96年くらいにVX1000っていう初のデジタルビデオカメラで、民生機なんですけどプロ仕様みたいなカメラが出来まして、それの第2号機として2000年に発売されたのがVX2000で。当時はすごいきれいに撮れる、フィルムで撮るのと遜色ないっていうふれこみだったんです。で、住田さんは初めての映画経験ですし、やっぱりね、まだ僕らとの関係っていうのもちゃんと持ててなかったから、こちら側の時間で待たせちゃうっていうような状況をなるべく作らないで挑もうと思って、フィルムをやめてデジタルビデオカメラのVX2000で映画を撮るってなった。

で、その場合、画質的な気持ちでちょっと引け目を感じていたのと、住田さんを見て白黒で撮るっていう方がよけいな色彩情報とかが削れて、お客さんにここを観て欲しいっていうところだけをちゃんと観てもらえると思った。あとはそれを追えば、その先にある何かが立ち上がれる。world’s end girlfriendの音楽が入ってくるっていうこともそうですし、あとは環境音とか映画の物語とか映画の画の向こうにある何かが降臨するみたいな。それは白黒で行くと近道なんじゃないかなっていう理由で一番適切だと思ったんです。

柴田　ギラギラしてますよね。それは実際ね、VX2000で白黒で撮った映像を35ミリフィルムにした時にデジタルで撮った映像と質感がかなり同じようなものを目指したんです。普通は逆の発想ですけどね。そうするとなぜかいい色になってるんですよね。そこまで照明も焚いてません。ただ、何で艶かしい映像になってるかっていうと、住田とタケの距離で六畳一間でご飯とか食べてるじゃないですか？なので、その空間にカメラを入れちゃうと背景と手前の画がべったり同じに映っちゃう。でも、実際会話を真剣にしてると、人って背景が見えないじゃないですか？あるのは存在するけれども、目の前の人しか見えていない。その感覚は欲しかったっていうのと、二人の親密な関係を捉えるのにカメラマンの存在で邪魔したくないっていうのがあって、この撮影は実は、窓を開けてすごい遠くから望遠で撮ってるんですよ。だから、二人のところに僕がばーって走って行って、「ここでタケはカレーを作ってあげる。それを食べてビールを飲んでるっていうだけなんですけど、アドリブがあったらどうぞ。はい、よーいスタート！」って言って、遠くから撮るっていうことをしてたんで、あれを白黒でやれたのはすごくよかったですね。たまに引いてるシーンがぱってありますけど、真ん中があんまりなくて、ほとんどが狭い場所でのシーンなんで。

でも、何だろう･･･住田さんの身体がエロいなあって思って。「じゃあ、裸電球の下に住田さんを立たせて、出刃包丁を持ってもらおう」ってなって、でも「うーん、何か足りない。そうだ、油だ！」って言って、サラダ油を身体に塗って（笑）。

柴田　住田さんは食べ物じゃないんだから、サラダ油じゃなくて、もうちょっとマシな油塗ればよかったんですけど（笑）。サラダ油塗って、「あ、かっこいいなあ」とかみんなで言って（笑）。

柴田　カラーだと無駄な情報が映っちゃいますもんね。そういう映画はあるし、それを上手く生かせればすごくベストなんですけど、『おそいひと』の場合はもっともっと･･･住田さんって人がぼんってカメラの前にいたら、それだけでお客さんは驚くんですよね。最初のファーストインプレッションで僕らもそうだったんだから、お客さんもよっぽどそうだし。だったら、それをずっと観てしまうんだから、余分な情報を排除しようと。住田さんが背景に紛れちゃうともったいないって思って。ただでさえ現実の世界で障害者っていうことで、見て見ないフリをされる対象じゃないですか？だから、今回の狙いはそこじゃなくて、「そういう障害者達にこんな奴がいるんだぞ。殺人者だったら無視出来ないだろ？ど真ん中に置きますよ」っていう風にそれはもう大元にあったんで、それ以外の余分な情報は全部落としちゃったという。

柴田　これは僕が大好きなエレファントカシマシの『浮世の夢』っていうアルバムに入ってる、「夢のちまた」ってのらりくらりと歌う曲があるんですけど、そこから取ったんですよね。（1989年8月21日リリース。「夢のちまた」は「序曲」として1曲目に収録）

柴田　実はね（笑）。この映像自体は『おそいひと』の完成直後に一旦肩の力を抜いて、普通に遊びの場所とかにカメラを持って行って、ライブ撮ったりとか日常風景撮ってたりとか、映像をいろいろ撮り溜めてたんですよ。それは日記として観返すものじゃないと思って撮ってて。で、ある時、「短編撮ってくれ」って言われた時があって、アイデアもない中で「何かないのか」って言うから、「今まで撮ってきたライブの映像とか遊んでる様子とかがある」って言ってその時初めて観返したんですけど、そうしていくと、住田さんと一緒にロッテルダム映画祭に呼ばれて行った時の映像とかも見つかって、「あ、これは日記だな」って。

あとは、酔っぱらって、デジタルカメラだから2時間ずーっと撮りっ放しとか出来ちゃうじゃないですか？パーティーとかに行って電源入ったまんまカメラ置いちゃってて、芝生の上とかで爆睡しててずっと足だけ映ってたりとか、遠くでパーティーに遊びに来てる客が出入りしてたりする映像とか。テキーラ何杯も飲みながらカメラ持って踊ってたら、みんなもわーって踊ってて、踊ってる人、空、踊ってる人、空っていうのが交互にぶわーって映ってたりっていうのが長時間回しっ放しだったりとか。その映像を高速再生にして。ニューヨークにアメリカ人の友達がいて、その人のところに遊びに行った時の映像とか。ヨハネスさんっていうドイツ人でだいぶ年上なんですけど、なんだか兄弟みたいな感覚を覚える人がいるんですよ。もう10年来とかの付き合いなんですけど、何か知らない人じゃないんですよね。お互い初めて会った時にあっちは英語でこっちは日本語で、でも好きな映画と音楽の話とか･･･アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとかそういうノイズバンドのこととかを話してると「それ、それ」みたいな感じになって。何か、お互いビール好きだし、何でもかんでも一緒なんですよね。そのヨハネスさんと韓国の映画祭に行った時にひさしぶりに会った時の映像とか、僕は下北沢にも住んでた時代がちょっとあったりしたんで、そこに遊びに来た時の映像とか。あとは、本当は一緒にバンドを組む予定だったたけしくんが仕事が休みの時に「よし、牧場行こうぜ」って言って、ラジカセ持ってって牧場でテクノかけると、牛が「もお〜」って鳴きながら寄って来るんですよ。で、今度はラジカセをラジオにして琴の曲をかけてみたら、牛がさーっと引いちゃったりとかね（笑）。そんな映像とか、RAW LIFEっていうパーティーにしょっちゅう遊びに行ってたんですけど、そこに出てたバンドの奴らとよく遊んでたんで、ステージ袖からお客さんも含めて撮ってて、そしたら、STRUGGLE FOR PRIDEのボーカルの今里さんが客席に向かって「柵を壊せ！」みたいな、「アスファルトを剥がせ！」じゃないですけど、みんながぶわーって盛り上がってる時の映像がもう間近にあったり･･･っていうようなね、そんな映像がいっぱいあって、それを早送りとかしてるとおもしろいんですよね。だから、それをつなげていって、2004年から2006年にかけての自分の日記を22分にした映像ですね。

柴田　本当はね、もっと40分くらいあったんですけど、だらだらしゃべってる会話とかもあったので、それは切って。この映像はね、ただひたすら遊んでるだけなんですよ。本当にたのしい、金土日の毎日が夏休みのようだった、そんな時期に撮っていた映像なので、『夢の巷』っていうタイトルは何かぴったりかなって思って。

柴田　『おそいひと』は映画館でずっとかかって来て、そこで観た人が人を呼んで噂されてる作品なんですけど、やっとDVDになったので、今までの上映環境よりも一歩進んで日常のところに持っていけたっていうのは驚きだし、もっと多くの人に観てもらえる機会が増えるっていうことですごくたのしみでもありますね。4月からこれを観た方がどういう風に反応してくれるのかなっていうのが今後、ずっと続くんですよね。もちろん、僕らはこれからも『おそいひと』の上映活動は続けていくんですけど。

柴田　そうだ、何度も観れるんですよね。スクリーンとはまた違った感覚で家の中で観れるっていう。みんなの感想を聞いてみたい。ぜひ、シマフィルム京都オフィスの方に連絡を（笑）。

柴田　受け付けております（笑）。シマフィルム（株）に！（http://www.shimafilms.com/）

柴田　そうですね。DVDを買う人は本当に自分の物として『おそいひと』があるし、レンタルする人っていうのは･･･どうなんだろう、砂かけられる感じなのか（笑）、チェックをするっていうところで観るのか、あとは「おもしろいネタがあるぞ」って言って、『おそいひと』を全員で観る会みたいになるのか。

柴田　『堀川中立売』はこれも『おそいひと』と同じ、シマフィルムで作っていて、志摩（敏樹）さん（製作総指揮）と5年目にしてやっと2作目を作ったんですけど、2年前に『おそいひと』の上映を東京で終えて。上映ってそこから東京集中型でやるじゃないですか？そうすると、地方で上映の時にきめの細かい宣伝活動が上手く出来なかったりして、「あれ、いつの間にか終わってたの？」みたいなことになる映画が多いし、『おそいひと』は兵庫県の西宮と大阪で撮影してたんで、ホームグラウンドだっていうことでも丁寧に宣伝活動をしたかった。

だから、僕は東京の上映を終えてから、大阪、京都で宣伝をやれる人間を探して、「そいつんとこ住みついちゃおう」って思って、実際、住みついちゃったんですね。住みついた場所がシマフィルム京都オフィスっていうところの、田中誠一っていう宣伝とか上映活動のボスなんですけど、彼の家に転がり込んで。そこの地名が「堀川中立売」だったんですよね。

柴田　そうなんですよ。でね、「堀川中立売」をちょっと散歩していると、何かこう･･･不思議なんですよね。まず、この漢字が何て読むのかわからなかった。「ほりかわちゅうりつばい？」とかって（笑）。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』みたいな（笑）。堀川まではわかるけど、「ちゅうりつばいって何だ？」って。

柴田　そうそう（笑）。それがオノマトペ（擬声（音）語・擬態語）みたいに遊べて。で、缶チューハイ片手に散歩を始めるとどんどんおもしろくなっていって、「堀川中立売」の交差点に（安倍）晴明神社があって。もう本当にほど近くて、数百メートルくらい行ったところにあるんですよ。で、「堀川中立売」の交差点に戻ると橋がかかってるんですけど、すぐその隣にちっちゃいへんな橋があって「一条戻橋（いちじょうもどりばし）」っていう看板が建ってて。「ここはあの世とこの世をつなぐ橋とも言われ･･･」っていきなりそう来るから、「何だそれ？わからん」っていう、そこから始まって、「じゃあ、そのわからないままの目線でわからないまま映画を撮っていくっていうのはおもしろいんじゃないかな」って思って、そうやって散歩の目線で拾い集めて出会って行き過ぎていくもので作った映画ですね。

増山　そうですね。『おそいひと』も目線だけは持って始めたので、『堀川中立売』もそこはブレずにやっていこうと。だけれども、どういう映画になるのかっていうこと、映画として成立するかということ、そういうものは一度置いて始めてるんで、『堀川中立売』はなるべくそういう先入観を持たずに始めたいと。

柴田　ええ。それはものすごい贅沢だし、むしろ、監督でやるっていうことでものすごいリスクも伴う。スタッフに対する説明をする上ではやっぱり、僕のこの態度でやっていくと、衝突、障壁は生まれていくものなんですけど、『堀川中立売』をスムーズにやらせてもらえたのは『おそいひと』がそのやり方で成立してるから、それを信じてくれるスタッフがいるからなんで、もう、思いっきりたのしんで「これでもか！」というぐらい･･･カオス（笑）。

柴田　カオスでした（笑）。その間にね、『青空ポンチ』（2008年公開）っていう映画もあるんですけど、これはまた別で完全に脚本がありきで、僕はそこに監督として参加したんですけど、そこでの経験というのも上手く『堀川中立売』に生かせられたなあって。言ったら、真反対の立ち位置で真反対のお客さんに向けてるものなのかなあって。僕の中では一つ一つつながってるものがあるんですけど、世の中に映画として置かれると離れてしまう。だから、どちらの方向も『堀川中立売』に生かして。パラレルワールド（ある世界<時空>から分岐して、それに並行して存在する別の世界<時空>とドッペルゲンガー（生きている人間の霊的な生き写し）の感覚を『堀川中立売』はこなそうって決めたんですよね。

柴田　今、こうやって二人がいますよね？それと同じような時間軸でこういうように二人がいて、その時にコップにちょっと水を入れるだけでだいぶ変わってくる世界ってありますよね？ということと、お互いの存在が逆になってる場合もある。安倍晴明は式神を使って京都の結界を守ってて、外側から来る邪心みたいなものをシャットアウトする仕事をやっている人だったんです。で、何か知らないけど、安倍さんって言われてる人が散歩してて、本人に「何の仕事をしてるんですか？」って聞いたら「宇宙警備隊」って言い張ってて、その人はどうやらいにしえからいる人らしくて、でも、普通にサンダル履いて歩いたりしてるだけの人なんですけどね。そこに、自称 貴族のホームレスとニートでヒモの男の子･･･世界に参戦しないで、世界に乗っかってるだけの二人が安倍さんによって働かされてヒーローになっていく。でもそれは本人達は気付いてないっていう。かたや全く別の世界では、社会の重力にずーっと足を取られている元少年犯罪の30過ぎの男。世の中のいろんな波に現実のいろんなものに翻弄されていて、あたふたしてる最中にそいつが見るヒーロー像っていうのが、そのアホな二人がヒーローになっちゃってる像で･･･っていう。出会うことが全くないんですけど映画の中では出会ってるんです。で、ぶおーってカオスになっていくんです、最後（笑）。何だかわかんないんだけど、ううぉーって。一度、自分でもそういう映画を観てみたかったし、やりたかったからやりました（笑）。

柴田　こちらこそ、ありがとうございました。