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「現代音楽」な「ドン・キホーテ」?

Friday, December 27th 2013

連載 許光俊の言いたい放題 第229回

「現代音楽」な「ドン・キホーテ」?

 2013年も終わりが近づいてきた。ここまで書き落としていた印象的なCDについてざっと触れておこう。
 私はリヒャルト・シュトラウスが苦手ということはないし、かつてはずいぶん好んで彼のオペラを聴いたものだが、こと「ドン・キホーテ」と「家庭交響曲」に限ってはどうにも好きになれなかった。いくらでも音符が書ける作曲者が手が動くがままに書きまくったという感じがして、切りがないおしゃべりに付き合わされているような退屈さ、それどころか疲労すら感じていたのである。
 しかし、今年発売されたケーゲル指揮の「ドン・キホーテ」はべらぼうにおもしろい。何しろ、これがほとんどシュトラウスに聞こえないのである。いわゆる現代音楽っぽく聞こえる瞬間が実にたびたびあるのだ。ヒンデミット、いやそれどころか、シェーンベルクを彷彿とさせる場面すら多々ある。とりわけギスギスしたドライな演奏ではないのにそう聞こえるのである。昔サヴァリッシュが、シュトラウスは斬新な音をたくさん書いたと言っていたが、この演奏で聴くと、その意味が実によくわかる。
 ところが、そのあとに収録されている「死と変容」は全然違う解釈で、力強く歌いまくる。確かに曲の様式が違うからとはいえ、どちらも1968年の録音で、ほとんど同時期なのに、方針のまったく異なる演奏をしてしまうのが分裂的なケーゲルらしい。

 グルダが来日した折に録音した音源も製品化された。後年ほど音楽を崩しておらず、硬質、重厚な非常に立派な演奏が楽しめる。すぐれた音楽性は見誤りようがない。モーツァルトのソナタ第11番がほとんどベートーヴェンのようにたくましく、雄大に聞こえる。バス声部の確実さ、雄弁さが目立つ。彼の左手は緊張感に満ちたドラマを内在しているのだ。贅肉ゼロの感じは、前回紹介したチェリビダッケとスウェーデン放送響のベートーヴェンにも通じる。
 それでいて「月光」では実に深々とした闇が広がる。大きく歌っても気品は失われない。疾駆してもスポーツ的に軽薄にならない。そのあたりがもう持って生まれた感覚としか言いようがない個性である。グルダの録音が発表されると、たいがいこのコラムで取り上げている気がするが、やはりずば抜けた天才であり、余人の近づけぬ領域に住んでいた事実はどうにも否定しようがない。繰り返し、書いてしまう理由である。
 グルダのファンは、後年の不良っぽい演奏が好きなのだろうが、実は本当にすごいのはこのあたりまでの年代かもしれない、そうまで考えさせる演奏だ。

 ジュリーニが指揮したフランクの交響曲についてはかつてここでも書いたが、ブラームスの交響曲第3番も同じ傾向だ。腰をどっしり落ち着け、ウネウネと盛り上がる。いかにも大指揮者の演奏という感じがする。
 第1楽章ではテンポが遅いのに露骨に情熱的だ。こういう演奏、なかなかできるものではない。普段は温度低めのスウェーデン放送響が実に濃厚にやっている。第2楽章における弦楽器の、厚みがあって官能的な響きもとても北欧オケとは思えない。まさかスウェーデンのヴァイオリンがこれほどまでに切なげにエロティックな歌を歌えるとは。これには驚くこと間違いなし。たぶんワルターやフルトヴェングラーを音がいいステレオ録音で聴いたら、こういう音がするのではないかという音がする。この楽章の最後の弦楽器のヴィブラートなんて、すすり泣きのようである。
 第3楽章も限界まで甘い。もともと甘美で知られる楽章だけど、ここまでやる、やれるとは。弱音の濃密さもすごい。これまた最後の部分を聴いていて、息が止まりそうになった。演奏とは、こういうものなんですね。
 ちょうど今発売されている「モーストリー・クラシック」のためにこの曲をあれこれ聴き比べたあとで聴いた。だからそこで取り上げることはできなかったが、この曲のもっとも説得力ある演奏だと思った。これがブラームスというものでしょう、そう言われているようだ。ジュリーニはウィーン・フィルとの演奏もよくて、オケが気持ちよさそうに弾いているのがわかるが、指揮者のたぐいまれな力量を聴くという点では、スウェーデンの演奏が圧倒的にいい。
 晩年のジュリーニが「トリスタン」の第2幕だけでもやってくれたら・・・そんなことまで思った。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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