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「ヴァントに何が起きたのか?」

Friday, March 2nd 2012

連載 許光俊の言いたい放題 第203回

「ヴァントに何が起きたのか?」

 ヴァントの録音というと、昔はケルン放送交響楽団が高く評価され、その後北ドイツ放送響、ベルリン・フィルのもので取って代わられたのがほとんどである。
 だが、今度発売されたベルリン・ドイツ交響楽団とのセットは、さんざんヴァントを聴いてきた人でも思わず興奮すること間違いないすさまじい内容だ。失礼ながらあまり期待もしないで聴き始めて、あっと驚いた。ヴァントは晩年、ベルリン・フィルに毎年客演、録音を行ったが、それ以前はしばしばベルリン・ドイツ響(当時はベルリン放送交響楽団と呼ばれていた)に出演していた。そのライヴ録音はすでに一部がCD化されているが、今度の発売分のほうがはるかに強烈だ。
 とにかく筋肉質で、贅肉ゼロ、感傷性ゼロ、超辛口なのだ。たとえば、モーツァルトの40番からしてそう。楽譜を強烈なアルコールに漬けたらこうなるのではないかという味。実は私にとってのヴァントのナマでの印象は、これに近い。この透明感はまさにドライ・マティーニだ。想像するに、演奏会場が残響があまりつかないベルリンのフィルハーモニーゆえに、ヴァントの辛口ぐあいがよく伝わる録音になったのではないか。
 その一方で、異様にギラギラしているとも言える。たとえばチャイコフスキーの交響曲第5番。この曲を、これほどまでの異常な緊張感、凝縮感で指揮したのは、他にムラヴィンスキーただひとりではなかろうか。音の詰まり具合がすごいのである。鋭い音が行き交うさまは、ほとんどサディスティックとも言える。私がチャイコフスキーなら、こんな演奏は止めてくれと叫ぶかもしれない。決して冷たいわけではない。音楽はあくまで抽象美を目指しているのに、ヴァントは熱い。こんなに燃え上がる人だったのか? いったい何が起きたのか? 熱湯と冷水が混じり合わないまま同居しているようなこの演奏、ブラインドテストをしたら、「いったいこれは誰?」となるかもしれない。このときの指揮ぶりが映像に残っていないのだろうか。改めて北ドイツ放送響が上品ですました演奏をするオーケストラだということ、ベルリンという土地柄がやるときは徹底してやってしまう土地柄であることを痛感させられた。
 「悲愴」の精巧な美しさも独特。ゆっくり始まった第1楽章がテンポを速めてからあとの楽器の絡み合いは、発音明瞭なアナウンサーの早口言葉を聞いているがごとき明快さ。例の甘美な主題が登場してからあとも、粘らない。そして、展開部の開始の一発は閃光のよう。以後、いっさいの感情抜きで、純粋に音だけの芸術が展開される。第5番にしろ「悲愴」にしろ、初めての曲を聴いているかのような錯覚にとらわれる。第2楽章も憂愁など皆無。第3楽章はひたすら音の建築。それにしても感情ゼロの音楽がここまで気持よいとは。不思議なほどの快感に浸れる。常々、ヴァントの演奏は抽象画のようなものと私は繰り返してきたが、この「悲愴」こそその端的な例に違いない。
 となれば、当然「火の鳥」組曲(1945年版)は、夢幻的な雰囲気を求めてはいけない演奏。湿気ゼロのモダニズム流儀で、きわめてシャープ。細かな音符の乱舞は現代音楽にも近い感触。特に終曲の切れのよさには誰もが驚くのでは。作曲者が新古典主義的な感覚でこの組曲を作ったということが実によくわかる。
 お得意のブルックナーでは、第6番も充実しているが、特に第8番のフィナーレに驚いた。最後のコーダ、これはもう全ブルックナー・ファン呆然自失、号泣間違いなしと言いたくなるような圧倒的なクライマックスだ。
 改めてわかったのが、ある時期以後のヴァントは、お気に入りの曲を各地のオーケストラで繰り返し演奏していたこと。このセットに入っている曲目は、すでに何度も発売されたことがあるものが多い。だから一応はマニア向けの製品なのかもしれないが、ここまで述べたように、簡単に片づけるわけにはいかないきわめて個性的かつすばらしい演奏がいくつも収録されている。いわゆる「ドイツの巨匠」などでは絶対になかったヴァントの特徴を手っ取り早く知るにはこれがもっとも適切な録音なのかもしれない。

 ところで、これまで一般的に発売されていた製品のSACD化も着々と進展している。ようやく北ドイツ放送響とのものも出てきた。聴きはじめの最初こそ、音楽表現面においてCDと劇的に変わるわけではないのではないかと思えるのだけど、時間がたってこの音に慣れると、CDがギスギスしているように感じられてくる。やはり情報量の違いは段違いだ。特にベルリン・フィルとの「未完成」のSACDは、奏者が息を詰めて緊張して演奏していることがよくわかる。第2楽章の木管ソロなど、抑えに抑えているからこそ、異常な緊張感ゆえに気が遠くなるような迫力が生まれるのである。もしこの録音がなかったら、私は『クラシックを聴け!』という本を書かなかったかもしれない。


(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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