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Review List of 村井 翔 

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  • 5 people agree with this review
     2011/07/03

    二年続きのマーラー・イヤーを現代最高のマーラー解釈者であるティルソン・トーマス/サンフランシスコ響が見過ごすはずもなく、昨秋5番の録画が行われたというニュースも流れたが、1番の方が先に出た。BD2枚組のため、かなり高い商品だが、コンサート2晩分のライヴ、ドキュメンタリーも1番のアナリーゼにとどまらず、マーラーの生涯全体を追った2時間近い長編と充実の内容だ。ドキュメンタリーは特に新味はないものの、いつもながら「啓蒙的」な内容、MTT自身がマーラーゆかりの地を訪ねて収録という丁寧な作り。個人所有のため、普段は見ることのできないヴェルター湖畔のマーラー別荘の内部が見られるのは貴重だ。
    お目当ての1番の演奏だが、私は2001年録音のCDをすでに、この曲のベスト・レコーディングと考えてきた。今回の演奏では第1楽章の提示部反復が省かれ、基本テンポが心持ち速くなったため、一段とシャープな印象。オケが指揮者の解釈を完全に血肉化し、マーラーの語法を自家薬籠中のものとしているため、細部は非常に精緻にできているが、実はテンポは緩急自在。ラトル/BPOがこれまでの演奏慣習をいったん白紙に戻した上で、冷徹に総譜を読んだ演奏とするならば、こちらはバーンスタインなどの演奏伝統の上に、さらに独自の読みを付け加えた演奏と言える。つまり、まぎれもなくロマンティックな演奏だ。いつ見ても惚れ惚れとさせられる「キーピング・スコア」シリーズの機動的なカメラワークは、今回も実に素晴らしい。

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  • 8 people agree with this review
     2011/06/26

    ゲーテの名作小説を古臭いなどと言うと非難の集中砲火を浴びそうだが、これが物語として成り立ったのは、視点の限られる書簡体小説という形式にうまくハマッたがゆえ。それをそのまま普通にオペラにしてしまうと、救いがたく古風で凡庸だ。つまり現代人の感覚からすると、煮え切らないヘタレ主人公に終始いらいらさせられる話なので、主役が感情移入できるような歌+演技をしてくれるかどうかがオペラとして成り立つかどうかの鍵になる。カウフマンの声自体は重く暗いが、テクニックの引き出しが豊富な人なので、様々な手練手管で塗り固められたような感はあるものの、容姿も含めて説得力あるウェルテルを描いている。アルバレスは論外だし、恋愛学講義を聞かされるごとく説明的なバリトン版のハンプソンも願い下げなので、映像ソフトでは唯一のまともに見られる主役と言える。ズボン役以外の役が初めて見られるコシュ(コッホ)も素晴らしく、プラッソンの指揮も文句なしだが、ただ一つ気に入らないのはジャコの映像演出。映画版『トスカ』でも録音セッションの映像を枠のように使っていたのと同じ趣向かと思うが、音楽が始まってから舞台裏の映像を挿入するのは止めてほしい。こういう映像によって、観客のオペラに対する親しみが増すと思っているようだが、全く逆効果だ。プロセニアムの中は虚構の世界という、ジャンルとしての最低限の約束事は守ってもらわないと。

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  • 5 people agree with this review
     2011/06/18

    ユジャ・ワンといいブニアティシヴィリといい、ソロ・デビューのアルバムでロ短調ソナタを弾くなんて、一昔前の常識から言えば正気の沙汰とは思えないが、結果は大成功。指の回りの見事さはいまさら言うまでもないが、音楽に対する踏み込みの良さが半端じゃない。はっきりとテンポを速める冒頭主題の確保部からして、早くもスケールは極大。フーガ風の展開から最後のクライマックスまでの、一音たりとも弾き逃すまいという気概も凄い。フォルティッシモを強く叩き過ぎるため音が歪む、叙情的な部分がやや淡白(クレーメルのように、ロマンティックになることを故意に避けていると思われる)など、まだ望みうることがないではないが、現時点でも超弩級の才能であることは明らか。何よりも評価したいのは、主要主題が様々な調で「変容」を繰り返した末、ほぼ無調に至るという曲の構造を彼女が完全に把握していて、それをちゃんと聴き手に伝えてくれることだ。その証拠に、ソナタの次に「メフィスト・ワルツ第1番」と「悲しみのゴンドラ」を並べて、その推移を「再演」してくれている。

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  • 4 people agree with this review
     2011/06/13

    昨年11月のN響との共演では、あまりに熱い表現主義的な指揮にオケの底の浅さが露呈してしまうところもあったが、来日に先立って録音されたこのCDでは全演奏者が本当に献身的で、超一流とは言い難いギュルツェニヒ管が必死に指揮者の棒にくらいついているのは、なかなか感動的だ。指揮は、ユダヤ人指揮者によくある粘った感じ、つややかな美感には欠けるものの、速いところはより速く、遅くなるところでは猛烈にリタルダンドをかけるという一途に表出力の強い解釈。第1楽章再現部前の強烈なリタルダンドはラトル並みだし、終楽章で行進曲風の展開部に移る前の(後にベルクが『ヴォツェック』第3幕でパクることになる)二度の長大なクレッシェンドは、いつ果てるとも知れぬ。確かに生硬と言えば生硬かもしれないが、完成時に作曲者はまだ34歳という若書きの交響曲にはむしろふさわしいし、私にこの曲の魅力を教えてくれたバーンスタイン/ニューヨーク・フィルのCBS録音を思い出した。

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  • 2 people agree with this review
     2011/05/30

    ショスタコの14番、ヴァインベルクの歌劇『パサジェルカ(乗客)』(比較の対象がない演目だが、この指揮も凄かったと思う)に続く新譜で、今度は古楽オケとしては王道と言える曲だが、またしても誰にも真似のできない演奏。もちろんノン・ヴィブラートで音色は地味、オルガンも加わっておらず、色気を削ぎ落としたモノクロームといった印象だ。しかし、激烈な部分と柔らかく慰撫するような部分、強音と弱音のコントラストが凄まじく大きい。ジュスマイヤー補筆部分はほぼそのまま演奏されていて、バイヤー版に近い印象だが、「ディエス・イレ」など、これまで聴いてきたものとあまりに違う。「ラクリモーサ」の後には、東方教会風の鈴の音をブリッジとして、アーメン・フーガが続くが、補筆はされず、モーツァルトの筆の途絶えた所で打ち切られている。ピリオド・スタイルの行き着いた果てに、このような、なまなましい表現主義が出てくるというのは実に興味深い。

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  • 10 people agree with this review
     2011/05/29

    ヤンソンスとは対照的に好き嫌いが極端に分かれそうな演奏。かなりヴィブラートの強いキンキンしたトランペットの音色だけで、我慢のならない人が出てくるだろう。しかし、私は大いに感服した。映像付きの演奏では、ヤンソンスの所で挙げたエッシェンバッハ/パリ管とラトル/ベルリン・フィルが凄いが、音だけのCDでは、発売以来愛聴してきたティルソン・トーマス/サンフランシスコ響と肩を並べる出来と言っても過言ではない。レコード会社はホーネックが長らくVPOの団員であったという過去の経歴から「ウィーン風」という宣伝文句で売ろうとしているが、この演奏に「ウィーン風」なところがあるとは思えない。ホーネック/ピッツバーグ響はむしろ現代マーラー演奏の最前衛だ。第1楽章では冒頭主題が「夏の行進曲」に乗って展開され始める所(273小節)でのクラリネットの対位旋律の強調がまず印象的。行進曲を茶化すようなホルンのトリルの騒音効果も、かつてないほどの強烈さだ。
    第4、第6楽章とのコントラストを強くしないように第5楽章の明るさを抑えているのも面白いし、終楽章では短調主題(私は「苦痛の主題」と呼ぶ)の最終変奏での急迫が凄まじい(ベルティーニを思い出した)。その後の金管合奏に始まるアダージョ主題最終変奏の少しも急がぬ、スケールの巨大さも圧巻だ。

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  • 7 people agree with this review
     2011/05/22

    2番の新録音ラッシュの次は3番のラッシュか。この二ヶ月ほどの間に注目すべき三種類の新録音が出るが、まず第一弾のヤンソンスは誰にも嫌われそうにない普遍的な出来ばえ。既に放送された録画は2月3日の一発ライヴで、さしものコンセルトヘボウも金管にちょっと危ういところがあったが、CDは三日間のライヴを編集したもので全く危なげなし。第一に印象に残るのは、響きの厚みとポリフォニックな彫りの深さ。ただし、ティルソン・トーマスの盤では主旋律/伴奏のヒエラルヒーが崩壊して音楽がスーパー・フラット化しているが、ヤンソンスはそこまではやらない。伝統的なオーケストラ・サウンドの枠内でマーラー流のポリフォニーを最大限に生かしている。そんなに大きくテンポを揺らす演奏ではないが、第1楽章末尾の音楽の広げ方(つまり、ちょっと減速+最後に加速)などは実に見事で、音楽に四角四面でない伸びやかさをもたらしている。いずれも映像で見られるエッシェンバッハ/パリ管やラトル/ベルリン・フィル(前者は全9曲録画中のベストだし、後者は2番以上に精細な指揮。BPOの名技連発には唖然とするばかりだ)のようにもっとシャープかつ表現主義的に振ることもできるが、こういう包容力のある、(語弊を恐れずに言えば)女性的・母性的なアプローチも十分にその存在を主張できる曲だ。

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  • 3 people agree with this review
     2011/05/08

    昨年から続いた2番の新録音の連打もこの辺で打ち止めかな、と思うがこれもまたいい演奏。基本テンポは速めで、この曲を振る指揮者が往々にしてハマリがちな事大主義、低回趣味に陥らないのがいい。しかし、テンポはよく動く。両端楽章の勘どころで計3回にわたって減速+急加速をやるので手の内が見え過ぎる感もあるが、表現に迷いがないのは好印象。この人は音そのものに対する感性がとてもシャープで表現主義的だという印象があるが、木管の何でもないひと節の浮き上がらせ方、ピツィカートの鋭い弾かせ方などからも、そう感じる。独唱者では、特にストーティンが過剰に深刻にならぬ歌唱で良い。あの馬鹿でかいロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴとは思えぬほど、音そのものも良く録れている。

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  • 1 people agree with this review
     2011/05/06

    NHK-BSで一度放送されたことがあり、その後もDVDはPAL版しか入手できなかったが、ようやくNTSC版が出ることになった。2幕の終わりに『ルル』組曲の「変奏曲」と「アダージョ」をコーダのように付けて締めくくる形がとられており、切り裂きジャック登場の部分にはちゃんと演技がつくし、場面の間にはテレビ用に別撮りされた映像が入る。2幕版を支持する立場にはそれなりに理解を示したいが、やはりドラマとして不完全なのは明らか。最近では『フィガロ』『コジ』と非常にいい演出が続いて見直したベヒトルフだが、まだこの頃はかなりひとりよがりな舞台。人形を多用し、最終場では切り裂きジャックがルルの局部を持ち去る様子が描かれる(彼は実際に女性の局部を切り取る趣味があったらしい)。エイキンのルルはキャラクター的には適役だがストラータス、シェーファーのような突出した存在感は望めない。ムフのシェーン博士も完全に「被害者」としての役作りで「小物」の印象。指揮は端正で上品。『ルル』でそれはないだろうと言われるかもしれないが、これはこれで悪くない。

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     2011/05/04

    もともとマーラーのオーケストレーション自体が、交響曲とは比べ物にならぬほど薄く書かれているのだから、室内アンサンブル伴奏と騒ぐほどのこともないではないかと聴く前は思っていた。しかし、十数名のアンサンブルによる伴奏は確かに新鮮。世界の名だたる指揮者たちと管弦楽伴奏版の全曲を録音する機会がいくらもありながら、ハンプソンがこれまで全曲を録音しなかった理由が分かった。アルバムはちょっと極端なほど、前半に軽めの曲、後半に重めの曲を集めているが、前半では文句なしに伴奏の見通しの良さが効果を挙げている。歌そのものも技術的には非の打ち所なく、完璧に自分の声をコントロールしているが、そのうまさが啓蒙的な分かりやすさと楽天的な陰影の乏しさに落ち込みがちであるところが、この歌手に対する好みの分かれ目。『死んだ鼓手(レヴェルゲ)』『少年鼓手』のようにストレートに劇的な曲は決して悪くない。しかし『塔の中の囚人の歌』『浮き世の暮らし』『天上の生活』のようにきついアイロニーのある曲、『歩哨の夜の歌』『美しいトランペットの鳴り渡るところ』『原光』のように「彼岸」的な側面のある曲、この2系列に関してはやはり物足りない。

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     2011/05/03

    シューベルト晩年の室内楽曲のなかでも二つのピアノ・トリオ、弦楽四重奏曲『死と乙女』、弦楽五重奏曲あたりは名曲との評価に異を唱える人はいないが、最後の弦楽四重奏曲であるこのト長調はまだ問題作かもしれない。某『名曲解説全集』ではシューベルトが自分の柄に合わないことをしようとした失敗作と断じられたこともあった。しかし、私は『死と乙女』に優るとも劣らぬ傑作だと思う。この演奏はかなり遅めのテンポで強弱、緩急などの表情づけが非常に濃い。第1楽章などは「アレグロ」よりも「モルト・モデラート」を重んじているし、終楽章も「アレグロ・アッサイ」という感じにはほど遠い。しかも主旋律よりはポリフォニックな線のからみを重視して、攻撃的にガリガリと弾いてゆく。叙情的な歌の作曲家という従来のシューベルト・イメージを意図して壊そうとしている演奏で、ネガティヴに見れば「音楽の自然な流れを損なっている」とも言えるが、私は高く評価したい。ベルクも濃密かつ微視的な演奏で、師匠格のラ・サールやアルバン・ベルク四重奏団との世代の差を感じる。

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     2011/05/03

    オケの編成自体が大きく、特殊な楽器を含む6番は映像としても見どころが多い。市販ディスクとしてはたぶんこれが三種類目だろう(他にエッシェンバッハ/パリ管のものがヴィデオ・オンデマンドで見られる)。DVDの解説書には指揮者のヘンヒェン自身が演奏会に際して書いた解説が再録されているが、これが実に良く書けているし、2009年の収録にも関わらず、中間楽章をスケルツォ、アンダンテの順にした理由についても説得力ある論拠が挙げられている。つまり、学者肌の指揮者なのかなと思うし、演奏自体も第3楽章まではおおむね手堅く進行するが、終楽章に至って一転。緩急の起伏の大きい、非常にドラマティックな熱演となる。モネ劇場のオケも、さすがに金管群はBPO、CSO並みとは言えないが、大健闘だ。カメラ割りもかなり細かく、終楽章のハンマー(2回だけ)やアンダンテの(オケの中で鳴らされる)カウベル、こまめに行われる管楽器のベルアップなど、見どころは漏れなく捉えられている。終楽章に1回だけある「複数のシンバル」は奏者一人で済まされてしまったようだが、木管群を(客席から見て)左端、ピッコロの横から映すカメラ、チューバの右横から金管群を映すカメラなどはなかなかの迫力だ。

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  • 7 people agree with this review
     2011/05/02

    レーンホフ演出は稀に「当たり」の時があるが、今回は「並」。ほとんどゲッツ・フリードリヒでしょ、という感じのコピー演出で、クリソテミスのキャラクター設定が普通と違うのが唯一の新味だが、たまたま歌手の個性からそうなっただけで、どうやら演出家の意図ではないようだ。最終場も遺体逆さ吊りというコケオドシにこだわったのはいいが、エレクトラが踊り狂ったあげく死んでしまうという本筋がすっかりお留守に。テオリンは新国立の『トリスタン』でも体重増加に伴って歌、演技ともに切れがなくなり心配したが、ここでも奇妙に存在感が薄い。従来の絶叫型猛女と一線を画そうという狙いだとしても、これでは中途半端。ウェストブロークのクリソテミスは胸にイチモツありの悪女で、そういう役作りとして見れば、歌も演技も決して下手ではない。マイアー(まだ歌うのね)は相変わらずの貫祿。文句なしに素晴らしかったのは指揮とオケ。緻密さと濃密な表出力で、ティーレマン/ミュンヘン・フィルをも凌いでいる。

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     2011/04/29

    一時期面白がったこともあったが、最近の私にとってはどーでもいい曲になっていたアルプス交響曲。しかし、BPO定期でのショスタコ8番の圧倒的名演で度肝を抜かれて以来、目が離せない指揮者になったネルソンスは、シュトラウスの凝りまくりオーケストレーションをこれでもかと言わんばかりに、エグく、かつアグレッシヴに掘り起こして聴かせる。カラヤン以下、もっとスマートで、きれいに整えられた演奏なら他にいくらでも聴けるが、それとは全く別のタイプの、若いころのマゼールみたいな演奏で、久しぶりに曲の凄さを見直した。指揮台上でかなり暴れるタイプなので、驚異的な解像度を誇るこのライヴ録音には唸り声や足音などが結構、盛大に入っているが、それもまたご愛嬌。「7つのヴェールの踊り」も昨今では滅多に聴かれないような熱い爆演。

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     2011/04/29

    相当に名のあるピアニストでも第18番ト長調(幻想ソナタ)の第1楽章第1主題はべったり遅く弾いてしまいがちだが、メジューエワは細かいクレッシェンド、ディミヌエンドと絶妙なテンポ・ルバートで、かつて聴いたことがないほど美しくこの主題を弾く。しかも思いのほか左手(バス)が強く、それが効いている。ロシア系女流ピアニストのシューベルトでは、レオンスカヤのものを愛聴してきたが、メジューエワに比べるとスケールの大きさはあるが、細やかさに欠け、鈍いと言わざるをえない。この演奏を聴くとシューベルトは歌の作曲家であると同時にリズムの作曲家でもあることを思い知らされる。第2楽章の劇的な起伏も、かつてないほど深いし、第19番ハ短調の終楽章では疾走感と同時に諦念や「はかなさ」すら感じられる。間違いなく録音されるであろう次の2曲、イ長調と変ロ長調のソナタも楽しみだ。

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