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ラフマニノフ (1873-1943)

CD 交響曲第2番、ヴォカリーズ キタエンコ&ケルン・ギュルツェニヒ管、バルナ=サバドゥス

交響曲第2番、ヴォカリーズ キタエンコ&ケルン・ギュルツェニヒ管、バルナ=サバドゥス

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    遊悠音詩人  |  埼玉県  |  不明  |  2015年07月22日

    遂に理想通りのラフ2が姿を現した! ラフマニノフの交響曲第2番は、濃厚甘美な旋律の宝庫である。特に第3楽章はロマンティシズムの極みというべき美しさであり、一度聴けば忽ち恋に落ちるであろう。 しかし、甘い旋律だけが魅力なら、単なるメロドラマに過ぎなくなる。この曲が、純然たる交響曲であるからには、何か別の魅力があるに違いないのだ。 その魅力とは、構成原理にある。人は美しい旋律に目を奪われて、この曲に込められた一貫した意識に気づかない。だが、構成原理に目を遣ると、第1楽章序奏部の4小節目にヴァイオリンにて提示された動機が、全ての楽章に姿を変えて現れ、全曲を統一していることに気づくだろう。濃厚甘美な第3楽章のクラリネットのソロも、この動機の発展形と見做すことが出来るのだ。 私は、こうした一貫性に、一度は作曲の筆を折られるまでに追い詰められたラフマニノフの、再起を賭ける意思の強さを感じる。長い冬を越えた人生の束の間の春を愛でるかのような旋律と、それを支える強靭な信念の調和があって初めて、この曲の真価が発揮されよう。 動機は、全曲に渡って、裏に表に出てくる。だが、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストのラフマニノフらしくピアニスティックな音形が頻出する曲の中で、ややすると動機が埋もれがちになる。特に、美しい旋律の裏で装飾的に動機が登場する場合は尚更だ。大方の指揮者の場合、美しい旋律を響かせることばかりに重きを置いて、肝心要の動機の処理を御座なりにするか、逆に、動機を活かすことばかりに気を取られる余り、カンタービレの精神を忘れるケースが多い。 その点、キタエンコはさすがである。旋律を緩急抑揚たっぷりに歌わせながら、各声部のバランス配分を完璧にコントロールすることで、埋もれがちな動機や微細な音まで拾い上げる。その結果、掛け合いの妙やニュアンスの変化まで克明に聞き取れ、微妙な心情の移ろいまで感じ取ることが出来るのである。テンポも中庸を得ており、有名なプレヴィン盤に近い。それゆえ、例えばマゼールのように拙速で旋律の美しさを犠牲にすることも、スヴェトラーノフのように感情過多で食傷気味に陥ることもない。しかも、プレヴィンのような汎ヨーロッパ的な洗練さとも異なり、あくまで響きの重心は低く渋く、深いコクがある。そのうえ絶妙なテンポの揺れがあり、通り一辺には些かも陥っていない。アンサンブルも素晴らしく、艶やかな弦や咆哮する管など、魅力に溢れている。最強奏でも決して響きがダマにならず透明感を確保しているし、ガラス細工のようなピアニシモまで、ダイナミクスの幅が凄い。暗く渋いホールトーンを再現する録音も優秀であり、これでこそラフマニノフのメランコリックな性格に似つかわしいと言える。 因みにHMVレビューでは「ヴァイオリン両翼配置」と銘打っているが、これは誤りで、通常配置であることを指摘しておこう。

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