トップ > 音楽CD・DVD > クラシック > ホルスト (1874-1934) > 管弦楽作品集第1集 ヒコックス&BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団

ホルスト (1874-1934)

SACD 管弦楽作品集第1集 ヒコックス&BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団

管弦楽作品集第1集 ヒコックス&BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団

商品ユーザレビュー

  • ★★★★★ 
    (2 件)
  • ★★★★☆ 
    (0 件)
  • ★★★☆☆ 
    (0 件)
  • ★★☆☆☆ 
    (0 件)
  • ★☆☆☆☆ 
    (0 件)

レビューを書いてみませんか?

レビューを書く

検索結果:2件中1件から2件まで表示

  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年02月13日

    組曲「惑星」や、ブラスバンドのための組曲第1番、第2番のみがあまりにも有名で、他の数多くの諸作品が殆ど無視されているホルストの管弦楽作品を世に知らしめるという意味でも、大変に意義のある本CDの登場を先ずは大いに歓迎したい。加えて、本CDは、ヒコックスの最後の録音ということであり、イギリス音楽の国際的認知に多大な貢献してきたヒコックスとしても、その集大成と言える畢生の名演と言える。私としては、いずれの楽曲も、かつてグローヴス盤やプレヴィン盤等で聴いて以来、約20年ぶりに耳にすることになったが、素晴らしい名作との感想をあらためて抱くことになった。これには、ホルストの作品の質の高さもさることながら、ヒコックスの卓越した指揮によるところも大きいのではないかと考える。最初の歌劇「どこまでも馬鹿な男」については、当該歌劇の中からバレエ音楽を抜粋したものであるが、劇的な迫力から繊細な抒情に至るまで実に多面的な表情を見せる内容豊かな作品であり、歌劇全体に聴き手をいざなっていくという意味でも、見事な抜粋であると言える。金色のガチョウは、随所に聴かれる惑星のような華麗なオーケストレーションにどうしても耳が奪われがちであるが、それ以上に合唱が美しさの極み。その合唱の美しくも壮麗な威容は、あたかもイギリスの教会の中で鑑賞しているかのような錯覚を覚えるほどだ。バレエ音楽「ルール」は、場面毎の感情の起伏が激しい劇的な名作であるが、ここでも、ホルストの華麗なオーケストレーションは健在だ。新年の朝は、冒頭のホルンと低弦等による深みのある音楽が印象的。そこにどこからともなく入ってくる清澄な合唱は、木漏れ日の光のような繊細な美しさで、あらためて、ホルストの作曲技法の巧みさを認識させられる。その後は、どちらかと言うと静寂が支配する楽曲ではあるが、合唱は金色のガチョウと同様で美しさの極みであり、華麗なオーケストレーションと相まって、至高・至純の音楽を構築していると言える。録音も素晴らしい。SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音によって、ホルストの華麗なオーケストレーションや壮麗な合唱を鮮明な音質で味わうことができるのも、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している点を忘れてはなるまい。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    MISPRISIONER  |  東京都  |  不明  |  2011年01月18日

    まだ誰もレビューを書いていないので、A・デイヴィス指揮による本シリーズ第二段の発売が決まったのを記念して、本盤を購入しようか否か考えあぐねている英国音楽ファンのために、一言二言進言したいと思う。結論から申し上げれば、これは実に素晴らしいホルスト・アルバム(コンセプトは、いちおう、「バレエ音楽集」という括りではあるらしいが)である。この録音を聴くと、ヒコックスが《惑星》の再録音を果たせなかったのは極めて残念だ。しかし、ヒコックスの《惑星》既発盤(1987年)は、ロンドン響による1973年のプレヴィン盤以来14年ぶりの同曲録音と云うことで注目されたが、箸にも棒にも引っかからないというわけではないのだけれど、なんとも評判が悪く(なんと、同じオーケストラ――G・サイモン指揮――による同年録音盤もあり、そちらの方が優れた演奏だ)、《カルミナ・ブラーナ》の如く、もし再録音が実現していたとしても、10ダース近くある《惑星》録音のNo.1になることが保証されている訳ではない。もちろん、それが《惑星》の「世紀の大名盤」であってくれれば一番いいのだが、創作というものは、「たられば(可能性)」の世界で焦がれられるのが一番幸せと云うものだ。「立鳥跡を濁さず」。結果論ではあるけれど、本盤のような優れたディスクが最後の録音の一つであって本当に良かった。バレエ音楽《どこまでも馬鹿な男》は、「バレエ音楽」といっても単独のバレエのために書かれた音楽ではなく、1923年に初演された全一幕の同名のオペラのオープニングで演奏されるナンバー。オペラ自体は失敗に終わったが(同じオペラでも《居酒屋ボアーズヘッドにて》や《さまよう学者》が録音されているのに、この曲が後日再演されたり録音されたりしていないのはそのため?)、このバレエ音楽は大人気となり、オペラから独立させられ、すぐに単独のコンサート・ピーストして演奏されるようになった。これに先立って人気を勝ち得た《惑星》、中でも特に「土星」と同じような動機も随所で聴かれるが(変拍子が多用される点でも)、「土星」を作曲するに当たってインスパイアを得たというデュカスの《魔法使いの弟子》にも酷似している。この曲は《惑星》と同時期に録音されたプレヴィン指揮ロンドン響盤を聴いて以来ずっとわたしのお気に入りで、一時期《惑星》以上に入れ込んでいたくらい。しかし、なかなか良い演奏にめぐり合えず、結局プレヴィン盤(この録音はEMI 6278982として最近復刻された)をヘヴィーローテーションするしかなかった。しかし、それとて表現が大味すぎて万全とは言えなかった。ヒコックスの演奏も派手な部分は思いっきりオケを鳴らすのだが、細部は精緻に彫琢され、音色感覚を極めてデリケートに駆使して、スコアは穴が開くほど見ているはずなのに、この曲にこんなにもあったのかと思うほどの複雑な妙味を掘り起こしている。作品番号を同一とするグリム童話原作の《黄金のがちょう》と《一年の春》は合唱バレエ。合唱の付くバレエと云うと、ラヴェルの《ダフニスとクロエ》が思い出されるが(そういえば、惑星での合唱の使い方はダフニスに似ている)、これらは合唱をもっと積極的につかっている。ライナーノーツにリブレットも付いているが、場面説明が全て合唱でなされるので、どこがバレエ音楽なの?と突っ込みたくなる。したがって、「ホルスト:管弦楽曲集」と題されたこのアルバムに、これらの曲が収録されているのが場違いな感すら覚えるが、合唱指揮者としてキャリアをスタートしたヒコックスの指揮でこれらの曲を聴けるというのは、なんたる幸せ(ヒコックスのホルスト・ラスト・レコーディングが惑星でなくて本当に良かった)。英国民謡調、東洋的な響きも随所で聴かれ、《ブルック・グリーン組曲》や《セント・ポール組曲》を髣髴とさせる。もちろん演奏は実に優れたもので、「これを聴いて『惑星以外のホルストはどうも・・・』なんて事を言わせないぞ!」という凄みが内包されている。《誘惑》はオーケストラのみの作品で、このアルバムで唯一の純粋なバレエ音楽だ。十分ほどの実に短い楽曲だが、内容は濃い。ほとんどミクロス・ロージャかレスピーギとでもいいたくなるようなスペクタクルなモチーフも随所に顔を出す、極めて印象深い佳作だ。もちろん、ただ単に大騒ぎするだけでなく、落ち着いたテンポと悠然たる運びによる巨大なスケールの中に、強弱の見事な遠近感がある。いずれの作品も実に懐が深い演奏で、ヒコックスの本領が遺憾なく発揮されたホルスト・アルバムといえる。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

検索結果:2件中1件から2件まで表示