ショスタコーヴィチ(1906-1975)

CD Sym.5: K.sanderling / Berlin.so

Sym.5: K.sanderling / Berlin.so

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    カズニン  |  東京都  |  不明  |  2013年10月13日

    素晴らしい演奏・録音です。

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    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年09月19日

    クルト・ザンデルリンクが9月18日(2011年)、ベルリンにて98歳の生涯を終えた。2002年に引退をしてからは指揮活動から遠ざかってはいたが、現役時代に行った演奏の数々には素晴らしい名演も数多く存在しており、その死は誠に残念至極である。この場を借りて、ザンデルリンクの冥福を心からお祈りしたい。東独出身のザンデルリンクは、旧ソヴィエト連邦においてムラヴィンスキーにも師事し、ショスタコーヴィチと親交があったこともあって、ショスタコーヴィチの交響曲を得意としていた。すべての交響曲を演奏・録音したわけではないが、第1番、第5番、第6番、第8番、第10番、第15番の6曲についてはスタジオ録音を行っており、いずれ劣らぬ名演に仕上がっていると言える。ショスタコーヴィチの交響曲は、最近では数多くの指揮者が演奏を行うようになってきているが、その本質を的確に描き出している演奏はあまりにも少ないと言えるのではないだろうか。ショスタコーヴィチは、旧ソヴィエト連邦という、今で言えば北朝鮮のような独裁者が支配する政治体制の中で、絶えず死と隣り合わせの粛清の恐怖などにさらされながらしたたかに生き抜いてきたところだ。かつて一世を風靡した「ショスタコーヴィチの証言」は現在では偽書とされているが、それでも、ショスタコーヴィチの交響曲(とりわけ第4番以降の交響曲)には、死への恐怖や独裁者への怒り、そして、粛清された者への鎮魂の気持ちが込められていると言っても過言ではあるまい。したがって、ショスタコーヴィチと親交があるとともに、同時代を生き抜いてきたムラヴィンスキーの演奏が感動的な名演であるのは当然のことであり、かかる恐怖などと無縁に平和裏に生きてきた指揮者には、ショスタコーヴィチの交響曲の本質を的確に捉えて演奏することなど到底不可能とも言えるだろう。一般に評判の高いバーンスタインによる演奏など、雄弁ではあるが内容は空虚で能天気な演奏であり、かかる大言壮語だけが取り柄の演奏のどこがいいのかよくわからないところだ。かつてマーラー・ブームが訪れた際に、次はショスタコーヴィチの時代などと言われたところであるが、ショスタコーヴィチ・ブームなどは現在でもなお一向に訪れていないと言える。マーラーの交響曲は、それなりの統率力のある指揮者と、スコアを完璧に音化し得る優秀なオーケストラが揃っていれば、それだけでも十分に名演を成し遂げることが可能とも言えるが、ショスタコーヴィチの交響曲の場合は、それだけでは到底不十分であり、楽曲の本質への深い理解や内容への徹底した追及が必要不可欠である。こうした点が、ショスタコーヴィチ・ブームが一向に訪れない要因と言えるのかもしれない。それはさておき、本盤のザンデルリンクの演奏は素晴らしい。さすがに、師匠であるムラヴィンスキーの演奏ほどの深みや凄みには達していないと言えるが、旧ソヴィエト連邦と同様の警察国家であった東独出身のザンデルリンクだけに、ショスタコーヴィチの交響曲の本質への深い理解については、人後に落ちないものがあったと言える。加えて、ドイツ人指揮者ならではの堅固な造型美や重厚な音色が演奏全体を支配しており、その意味では、ムラヴィンスキーによる名演の持つ峻厳さを若干緩和するとともに、ドイツ風の重厚さを付加させた演奏と言えるのかもしれない。いずれにしても、本演奏は、ムラヴィンスキーなどのロシア系の指揮者以外の指揮者による演奏の中では、最右翼に掲げられる素晴らしい名演と高く評価したいと考える。音質は、ハイブリッドSACD盤とハイパーマスタリング盤がほぼ同格の音質であると言えるだろう。あとは好みの問題であるが、私としては、音質の艶やかな鮮明さや音場の広がりにおいて、若干ではあるがハイブリッドSACD盤の方をより上位に掲げたいと考える。

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    meji  |  神奈川県  |  不明  |  2009年08月31日

    「キングのハイパーリマスタリングCDとの比較」両者とも余計なイコライジングやヒスノイズ処理は行っておらず、音の傾向は瓜二つといってもいいが、SACDとCDでは決定的な違いがある。例えば、ザンデルリンクのものと思われる呼吸の音だが、SACDでは明瞭に聞き分けられ、それこそ目の前に指揮者がいるようなリアルさだ。もうひとつが音場の広がり。CDではスピーカの外側1m程度のステージだが、SACDでは実物大に広がる。音の張りも大きく異なり、弦は前に出てくるし、金管にはエネルギーが満ち溢れている。演奏は第3楽章に全曲のクライマックスが置かれた、ザンテルリンク独自の解釈である。名演がひしめくこの曲にあって、正直言って、第1、2、終楽章はもの足りないが、第3楽章は本当に壮絶だ。CDではこの凄みは表現しきれていない。

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    パパはマエストロ  |  北国  |  不明  |  2006年10月08日

    圧倒的な時代の暴力にさらされて怒りに拳を震わせる父ムラヴィンスキー、ひたすら堪え忍ぶ母ザンデルリンク、といった感じ。両巨頭を越える演奏はこれからも出てこないでしょう。

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