チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、ロッシーニ:『セビリヤの理髪師』序曲 佐藤陽子、斎藤秀雄&新日本フィル(1974 ステレオ)
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レインボー | 不明 | 不明 | 2020年07月02日
斎藤秀雄が亡くなるその年に、新日本フィルハーモニー交響楽団の第16回定期演奏会に登場した時のライヴ録音。 この盤はロッシーニの『セヴィリアの理髪師』チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』を収録。 40分ぐらいしか収録されてないが、これは演奏会の前半のプログラムだからで、後半は別のCDに収められている。 ロッシーニは快速テンポの演奏。 ちょっと硬い所もあるが、これはこれで悪くない。 チャイコフスキーは佐藤陽子のヴァイオリンで、ソロは濃厚な表情をつけてるが、オケは控えめになり、あまり面白くない。 録音年代の割に、音は良いと思う。1人の方が、このレビューに「共感」しています。
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いなまる | 埼玉県 | 不明 | 2010年05月08日
初め小音量で聴いたときは、ソロがあまりにも聴くに堪えない、と感じましたが、それなりの音量であらためて聴くと、非常に濃い表現の演奏であることがわかりました。小音量ではその表現が伝わらずに、演奏技術の低さだけが浮き彫りになってしまうようです。ソロとオケはお世辞にも息が合っているとは言えませんが、覇気だけは十二分に伝わってきますので、おもしろく鑑賞できます。録音された演奏で、聴く度ごとにハラハラできるということもなかなかありませんので、私はお薦めします。1人の方が、このレビューに「共感」しています。
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slave | 東京都 | 不明 | 2010年03月21日
斎藤秀雄の最後の公開演奏会の記録。弟子でもあった佐藤がブックレットに書く斎藤との交流が、仄かな恋愛感情を伺わせ、ソ連から帰ったかつての愛弟子と、日フィルの争議によって分派して、誕生間もない新日フィルのために、渾身の演奏を繰り広げる。 演奏の内容は、よくも悪くも、かつての教養主義的な演奏でありながら、慣習版に依っているなど、「西洋音楽をやるんだっ」「音楽はゲイジツだっ」という時代の色の濃い演奏。 演奏の内容は、序曲は緊張気味で、人工的な歌いまわしであり、ロッシーニのオペラを知らない演奏家集団の演奏であることが伺われる。こういうところは、トスカニーニがオペラ指揮者であることを閑却して、即物主義を即物的に受容していた時代を彷彿とさせる。 協奏曲は、斎藤らしくない、オケとソリストが危なっかしいところがあり、弟子に自由にやらせようとする斎藤の甲斐甲斐しい指揮ぶりが伺われる。 現在の興行になってしまったサイトウ・キネンとは全く異なる斎藤芸術の貴重な記録である。オーケストラも問題がない。一般的に薦める演奏ではないかもしれないが、ある種の懐かしい時代の残響が留められている。私はとても好きだ。2人の方が、このレビューに「共感」しています。
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