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ベートーヴェン(1770-1827)

CD 交響曲第9番『合唱』、合唱幻想曲 パブロ・エラス=カサド&フライブルク・バロック・オーケストラ、クリスティアン・ベズイデンホウト、他(2CD)

交響曲第9番『合唱』、合唱幻想曲 パブロ・エラス=カサド&フライブルク・バロック・オーケストラ、クリスティアン・ベズイデンホウト、他(2CD)

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    うーつん  |  東京都  |  不明  |  2021年01月21日

      なにより素晴らしいのがオーケストラ。力強く推進力があり、フレッシュであり、乾燥した響きにならず質感に不足しない。今まで「せかせか」と感じていたテンポも「きびきび」という印象に変わり、「重量感に欠ける」と思っていたピリオド楽器での演奏は「みずみずしい響き」に宗旨替え。個々の楽器・演奏者から発せられる音やメッセージがしっかりしているからなのか音の凄味はモダンのフル・オーケストラに充分太刀打ちできていると思う。編成など細かいことは分からないが当盤を聴いて第九に持っているイメージを良い方向に上書きしてもらえた気がする。スタイルは違えど指揮・演奏の根本にある情熱や理想が同じであれば受ける感動は変わらないのだろう。   ピリオド楽器による演奏、HIP(Historically Informed Performance) スタイルの演奏による第九…実をいうと今まであまり馴染めないでいた。フルトヴェングラー・スタイルの第九に慣れすぎていてどうもしっくりこなかった。しかしようやくこのディスクに出会って「新たな第九」に耳を開けるようになったことに感謝したい。ピリオド、モダンに左右されず良い演奏と力強さは表現できうるものだと実感。 私同様「第九はフルヴェンで」的な考えの方でもおそらくなじみやすいと思うのでおすすめしたい。   カップリングの合唱幻想曲も素晴らしい。「第九の思想的さきがけ」が前に演奏されることでシラーの詩とベートーヴェンの想いに心を寄せることができる。ベズイデンホウトによるフォルテピアノの溌溂とした演奏から始まって徐々に楽器が増え(思想への共鳴者が増えていくという見立て?)、やがて声も高らかに歌い上げていく発展形は聴いていてすがすがしい。

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    てつ  |  東京都  |  不明  |  2020年12月10日

    僭越ではあるが、「よくぞ大賞に選んだ」と思う。交響曲部門での大賞受賞なので、第九について述べさせて頂くと、この演奏は新たな地平を描いたもので価値が高い。何が凄いのかというと、一言で言うと「出したい音にとことん拘った」ことだ。最近の瞠目するべき演奏は、クルレンツィス然り、アダムフィッシャー然り、スコアをよく読み、主としてアゴーギグ中心の表現により、我々に新たな発見をもたらしてくれた。しかしこの演奏は徹底的にデュナミークである。ほとんどインテンポだが、とにかく各声部のバランスに徹底的に拘っている。快速テンポでパワフル的評価が並ぶが、小生から見れば、それよりもこの音のバランス感覚が、いや感覚ではなく計算が凄すぎる。とにかく第一楽章を聞くとわかる。冒頭の6連符から明晰で、第一主題もスケール感を持ちつつ過不足なく全ての音が鳴り響く。展開部のフーガもこれ以上ないバランス。特にホルンの音量調整が細かい。また終結部の木管の扱いも見事。この調子で最後まで計算され尽くす。もちろん声楽も曲の構成の一部だから、綿密にバランスをコントロールされている。こういう演奏だから、一発勝負大感動的ではなく、繰り返し聞くことにより発見できるものが増えてくる。その意味で再現芸術としての「CD」である必然性があり、大賞に選出されたのは、その要素も評価されたのだと思う。 ところで、この演奏、ライバルがいる。対象に選んだ雑誌の名盤投票でわずかにこれを上回ったアントニーニである。アントニーニの方が録音が早い。第一楽章の終結部などブラインドされたらどっちがどっちかわかないほど同じ路線を模索している。どこが違うかというと、演奏に対する努力の総量を同じと仮定すれば、カサドの方が精緻であり、その分アントニーニは歌に少し振れている。これはもう好みの世界です。 最後に、私はこの演奏を、素晴らしいとしか言いようがないと思うが、前述の通り往年の名盤と比して、また実演で聞いたら感動するのだろうか。あまりに精緻に描かれた絵よりも、そうでない絵の方に名画が多い。素晴らしいと言いつつ自分の感性に自信が持てなくなる。カサドが本当に来日するのかどうか心配なので、年末のN響との第九チケットの購入を躊躇っていたが、早急に決断しないといけなくなった。

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    ヤナハル  |  鹿児島県  |  不明  |  2020年09月06日

     フライブルクのオーケストラと組んだエラス=カサドは、大変刺激的になる。メトロノーム表示に従ったのか、終始前へ前へ進む第9である。第3楽章が、何故か演奏時間が一番短くなるのが、オリジナル楽器による演奏の特徴であるが、エラス=カサドの演奏、確かに速いのであるが、こちらの耳が馴れてきたせいか、異常に速いという感じはしない。ホグウッドはもっと速かったと思うのは、オリジナル楽器による演奏の走りだったからかも知れない。ホグウッドの場合、何故か第4楽章で、特にトルコ行進曲の辺りからがくっとテンポが落ちる。ガーディナーの方が、快調なテンポで押し切り、合唱のレベルも、ホグウッドののに比べると高かった。ホグウッドのちょっとひなびた響きも悪くはないと思ったけれども、たった4年しか違わないのに、ガーディナーの最早オリジナル楽器とは思われないほど、高度な演奏には舌を巻いた。  エラス=カサドは、ちょっとホグウッド寄りに戻り、オリジナル楽器の響きを生かしながら、よりスリリングである。独唱も合唱も、ガーディナー盤に迫っている。素っ気ないくらいの推進力が気持ちいい。ガーディナー盤には敬意を払いながらも、エラス=カサドの演奏者の息遣いが聴こえるような、臨場感溢れる演奏が気に入った。どうして、合唱幻想曲をくっ付けたの?と疑問に思ったが、ベートーヴェンのやっつけ仕事とは言え、第9の第4楽章との関連性を改めて感じさせられ、興味深く思った。こちらも、ベズイデンホウトを含めて文句なしの名演である。

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