窓あるいは鏡 ネオTV的日常生活批判

水島久光

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784766415667
ISBN 10 : 4766415663
フォーマット
発行年月
2008年12月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
西兼志 ,  
追加情報
:
22

内容詳細

テレビは世界に向かって開かれた「窓」なのか。あるいは、観る者自身のみを映し出す「鏡」に過ぎないのか。テレビの「日常性」の問題を、ウンベルト・エーコによる概念装置を参照しながら分析する斬新なテレビ論。

【著者紹介】
水島久光 : 1961年生まれ。現在、東海大学文学部教授。1984年慶應義塾大学経済学部卒業後、広告会社、インターネット企業を経て、98年「インフォシーク」日本法人の立ち上げに参加。2001年東京大学大学院学際情報学修士課程修了。専門は、メディア論、情報記号論

西兼志 : 1972年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得後退学。現在、東京大学大学院情報学環研究拠点形成特任研究員。情報・コミュニケーション学博士、哲学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • じょに さん

    そうなんだよ。何が一番不思議かって、パソコンの前で「笑い」は起きないんだよ。せいぜいニヤニヤした「嗤い」があるだけ。テレビがあれだけ簡単にやってのけたのに。

  • ぷほは さん

    ぬ〜。まだ流し読みなのでハッキリしたことは言えないが。期待から少し外れていた印象。ルフェーブルとシュッツの日常性批判をテレビ論の出発点にするのはそんなに悪くないと思ったのだが。哲学的議論の偏向が肌に合わないのかもしれない。ルーマンなら<リアルタイム性>と呼ぶところの、デリダの「人為時事性」や「仮想時事性」、或いはエーコのパレオTVとネオTVの区別も、テレビの固有性に届いていない気がする。本論での一番の疑問は人称化がすぐに<顔>に繋げられて「個」の問題となっていること。複数人称や無人称の問題はどこいった。

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人物・団体紹介

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水島久光

1961年生まれ。東海大学文化社会学部教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、広告会社、インターネット企業を経て、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。2003年東海大学着任。メディアのデジタル化と公共性をテーマに、思想研究と実践をつなぐ活動を行っている。著作多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲

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