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ピアソラ「3部作」が遂に世界初リマスター化

2009年12月4日 (金)


キップ・ハンラハンがプロデュースした「ピアソラ3部作」が、
アメリカン・クラーヴェより待望のデジタル・リマスタリング・リイシュー!
その第1弾、『The Rough Dancer And The Cyclical Night』は、12/24リリース。



Astor Piazzolla


 キップ・ハンラハン主宰レーベル、アメリカン・クラーヴェに残したアストル・ピアソラの最高傑作が、デジタル・ニュー・リマスタリングで甦る。キップ監修のもとNYCスターリングサウンド、グレッグ・カルビの手でリマスタリングされた3部作を、レーベル面をグリーン・コーティングされたオーディオファイル仕様でリリース。ピアソラの残した音世界を最高のクオリティで残すことを目標に、最善を尽くしたSACD/CD ハイブリッド・リイシュー。ライナーノーツも一新。

 80年代のアストル・ピアソラ五重奏団を代表する傑作『Tango:Zero Hour』、『La Camorra:情熱的挑発の孤独』に挟まれた形で発表された、アメリカン・クラーヴェからの「ピアソラ3部作」の第2作目『Rough Dancer And The Cyclical Night(Tango Apasionado)』。1997年、ウォン・カーウァイ監督映画『ブエノスアイレス』で、本盤収録の「三人のためのミロンガ」など3曲が劇中で使用され話題を呼んだ。

 キップ・ハンラハンとピアソラ自身の共同プロデュースで、ニューヨークのラジオ・シティ・スタジオで1987年に録音(発表は88年)された本アルバムは、これまでのピアソラの作品の中でも異色のものとして広く認知されている。副題にもある通り、元々は舞台「タンゴ・アパシオナード」のための音楽として制作を委託され、通常のレギュラー・クインテット以外での録音を含んでいるという点も、本作を異色作たるものにしている。

 録音に集められたのは、ニューヨークに在住する多国籍ミュージシャンたち。当時のピアソラ五重奏団メンバーだったフェルナンド・スアレス・パス(vl)の他は、アンディ・ゴンサーレス(b)、ロドルフォ・アルチョウロン(g)、パキート・デリベーラ(as,cl)、そして、舞台版「タンゴ・アパシオナード」の音楽監督を務めたウルグアイ出身のパブロ・シンヘル(p)といった顔ぶれで、後にも先にもない、独特の色彩をピアソラのサウンドに付け加えている。

 共演と言っても、録音自体はパート毎に別録りで行われたため、パキートに至っては「レコーディング中にピアソラと一度も顔を合わせることがなかった」という述懐も残っている。キップは、こうした”すれ違い”の風景をレコーディング技術の可能性も含めた実験的なエディットで修復することにより、これまでのピアソラのキャリアではあり得なかったタンゴ/バンドネオン作品を作り上げようとしたのだろう。しかも、パキート、ゴンサーレスといったサルサ、ラテン・ジャズ畑の精鋭を参加させたという点においても、”違和感”という名の突出性を見逃さないキップの発想は冴えていた。バンドネオンにパキートのアルトサックスが絡む「ブッチャーの死」、「レオノーラの愛のテーマ」で生じる”絶妙なズレ”、そこにキップのラディカルな創造力を感じてほしいもの。 

 ラテンに、ジャズに、ノイズ小さじ一杯のモンタージュ。模範解答なき当時のニューヨーク・シーン。尖鋭なラボから世に送り出された、巨匠のイマジネイティヴなコンセプト・アルバム 『Rough Dancer And The Cyclical Night(Tango Apasionado)』。今回のリマスター・リイシューに併せてライナーノーツも一新される。『アストル・ピアソラ、闘うタンゴ』をはじめ数多くのピアソラ著書の執筆、翻訳を手掛けている音楽評論家・斎藤充正氏によるライナーノーツを以下に一部掲載させていただきます。




 タンゴ界のみならず20世紀後半の音楽界において唯一無二の世界を築き上げたアストル・ピアソラ(1921〜1992)が1980年代後半にアメリカン・クラーヴェに残した、いずれも傑作の名高い3作が、相次いで再発されることになった。それも、各アルバムのオリジナル録音でマスタリングを担当したグレッグ・カルビ本人による2009年最新リマスタリングが施された上、最新技術である緑色オーディオファイルコーティングを施されたSACD/CDハイブリッド・ディスクを採用するなど、これ以上は望めないほどの理想的なリイシューとなったことを、まずは喜びたい。筆者宅はSACDを聴ける環境にないため、CDとしてのチェックしか行えなかったが、それでもリマスタリング+緑色コーティングによる効果は絶大と思われた。音に解放感があり前後左右だけでなく上下にも自然に伸びていく感じで、低域にも充分な余裕が感じられる。また、これら3作は1998年から2000年にかけてNonesuchからリイシューされた折にジャケット・デザインが一部変更されたが、これはプロデューサー、キップ・ハンラハンの本来の意図を必ずしも正確に反映しているとは言い難かった。今回は1993年にRounderからの配給で全米向けにCD化された時のデジパック仕様のデザインに基本的に戻されている。

 『ザ・ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト』、すなわち『荒々しいダンサーと循環する夜』というタイトルは、アルゼンチンを代表する文豪ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899〜1986)が1940年に発表した詩「循環する夜(La noche cíclica)」(邦訳は『エル・オトロ、エル・ミスモ』[斎藤幸男訳、水声社]所収)に由来している。また、フェルナンド・ゴンサーレス(ワシントン・ポスト紙やダウン・ビート誌に寄稿し、ナタリオ・ゴリン著『ピアソラ 自身を語る』[筆者訳、河出書房新社]の英語版を翻訳)による原盤ライナーにもボルヘスの名前が登場する。ピアソラとボルヘスのコラボレーションといえば、ボルヘスの詩や散文にピアソラが音楽を付け、名歌手エドムンド・リベーロと俳優アルフレド・アルコン(朗読)を起用して制作された1965年のアルバム『エル・タンゴ』(1998年にポリドールから出た国内盤CDは廃盤)があった。テキストがメインの『エル・タンゴ』とは異なり全編がインストゥルメンタルで構成された本作だが、ボルヘスとの関わりを無視して語ることは出来ない。

 副題にある『タンゴ・アパシオナード』とは、本作制作のきっかけとなったボルヘスを題材にしたオフ・ブロードウェイ・ミュージカルを指す。アルゼンチンのマル・デル・プラタ生まれながら少年時代をニューヨーク(NY)で過ごし、1950年代末には同じNYで不毛の音楽活動に苦悶した経験を持つピアソラにとって、NYとは特別の感情を抱かせる場所だった。1987年、NYを新たな活動拠点とすべく数か月ほど街の一角に部屋を借りたピアソラは、同地のINTARヒスパニック・アメリカン・アーツ・センターが提供するそのミュージカルのための音楽を依頼される。依頼の主は、アルゼンチン出身で1957年にNYに移り住み、ブロードウェイを舞台にダンサー、振付師、演出家として活躍していたグラシエラ・ダニエレ。彼女が原案、脚色、振付、監督(脚色のみジム・ルイスと共同)を手掛けた『タンゴ・アパシオナード』は、前年に死去したボルヘスの短編2作品を題材にその要素を抽出し混ぜ合わせた、強烈でスリリングな70分の舞踏音楽劇である。

 これは果たして偶然なのかどうか、題材となった2作ともピアソラが過去に音楽化を実現した作品だった。一つ目は1970年の短編集『ブロディーの報告書』(鼓直訳、白水Uブックス、絶版)の冒頭に収録された「じゃま者(La intrusa)」。アルゼンチン人監督カルロス・ウーゴ・クリステンセンが1979年にブラジルで映画化し、ピアソラ五重奏団(バンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン、エレキ・ギター、コントラバス)によってサウンドトラックが録音された。二つ目は、吉良上野介など歴史上の有名なアンチヒーローを取り上げて独特の解釈をほどこした1935年の物語風散文集『汚辱の世界史』(集英社文庫の短編集『砂の本』[篠田一士訳]に丸ごと収録)所収の「ばら色の街角の男(Hombre de la esquina rosada)」。振付師アナ・イテルマンのために1960年3月に組曲形式の音楽が書かれ、前述の『エル・タンゴ』の後半(LPではB面)すべてを使って音盤化された。ただし『タンゴ・アパシオナード』のための音楽は新たに書き下ろされたもので、これらとは直接の関連はないはずだ。

(中略)


   『タンゴ:ゼロ・アワー』に続くアメリカン・クラーヴェからの第2作として1988年にリリースされた本作は、NYのレイディオ・シティー・スタジオで1987年8月から9月にかけて、つまり『タンゴ・アパシオナード』の公演開始より前に録音された。プロデュースはキップ・ハンラハン単独ではなく、ピアソラとの共同名義となっている。バンドネオンのピアソラ以外の参加メンバーはレギュラーの五重奏団とは大きく異なり、そのこともあってか通常の五重奏団に於ける一発録りではなくマルチ録音が駆使されている(恐らくはピアノ、ギター、コントラバスによるベーシック・トラックに他の楽器が重ねられていったと思われる)。パブロ・シンヘルがそのままピアノを担当しているのは、作品の成立過程を考えれば当然だろう。エレキ・ギターは前述の通り2年後の『危険な遊戯』に参加することになるロドルフォ・アルチョウロン。ピアソラは1968年後半頃の短期間、五重奏にパーカッション(ドラムス)を加えた六重奏団でライヴ活動を行ったが、そこでギターを弾いたのがアルチョウロンだった(録音は一切残っていない)。ブエノスアイレス生まれでジャズ演奏やクラシックの作曲を手掛けていた彼は、1966年にモダン・タンゴのバンドネオン奏者エドゥアルド・ロビーラのトリオに参加。1970年にはジャズ・ロック・タイプのユニット、サナタ・イ・クラリフィカシオンを結成し、1978年にNYに拠点を移した。9枚のリーダー作を残し、1999年死去。

 ヴァイオリン奏者としては当初、別の人物(氏名や素性は不明)が参加していたが、一旦録音されたヴァイオリンのパートはすべて消去された。その奏者がタンゴの感覚を理解できていなかったというのがその理由で、結局ピアソラ五重奏団のフェルナンド・スアレス・パスが代役を務めることになった。ブエノスアイレス生まれで少年時代から天才奏者としてタンゴ、クラシックの両面で活躍、1978年に再結成されたピアソラ五重奏団に参加したスアレス・パスは、紛れもなく今日のタンゴ・ヴァイオリンの最高峰である。

 スアレス・パスはもとより、レギュラー・メンバーではないシンヘルもアルチョウロンも、ピアソラの大ファンでありその音楽を熟知していた。それに対し本作に独自性をもたらす上で寄与したのが、ラテン・ジャズ界から参戦した残りの2人である。コントラバスのアンディ・ゴンサーレスは、サルサ〜ラテン・ジャズ畑で活躍するNY生まれのプエルトリコ人。兄のジェリー・ゴンサーレス率いるザ・フォート・アパッチ・バンドなどで活躍してきた其界随一の名手である。ハンラハンとは旧知の中だが、タンゴの録音はこれが初体験だった。通常パーカッションが入らないタンゴの演奏に於いてリズムの要となるのがコントラバスであり、その多彩なリズムを繰り出すためにアルコ(弓弾き)とピチカート(指弾き)が併用される。だがサルサやラテン・ジャズの世界ではアルコはほとんど使われず、ここでのゴンサーレスもすべてピチカートで通している。彼のプレイは決してタンゴ的とはいい難いが、そのタイトなリズム感はここではプラスに作用しているし、その“揺れない”リズムは、ベーシック・トラックに音を重ねていく上でも不可欠な要素だったことは確かだ。 (以下ライナー本文に続く)

2009-11-11 斎藤充正





 『Tango:Zero Hour』、『La Camorra』のSACD/CD ハイブリッド・リイシューは、2010年2月10日にリリース予定。こちらもお見逃しなく。



profile

アストル・ピアソラ Astor Piazzolla (1921〜92)
アルゼンチンの作曲家/バンドネオン奏者。ジャズやロック、そしてクラシックの語法や様式を取り入れたまったく新しいタンゴ音楽を作りだした革命的音楽家。20世紀音楽史の中で独特の地位を占める巨人。その作品は死後、現在も世界中で非常に高い人気を誇っている。

キップ・ハンラハン Kip Hanrahan (1954〜)
1954年NY、ブロンクス生まれ。大学生のとき映像作家/詩人ジョナス・メカスに出合い、大きな影響を受ける。当初映画監督を目指したが、80年にレーベルアメリカン・クラーヴェを設立。独自の世界観に基づくニューヨークアンダーグラウンドサウンドを追及する。


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デジタル・ニュー・リマスタリング

Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado)

SACD

Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado)

Astor Piazzolla

価格(税込) : ¥3,143
会員価格(税込) : ¥2,891
まとめ買い価格(税込) : ¥2,672

発売日:2009年12月24日

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