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「ロトのR.シュトラウス解釈の本質が明らかに」

Sunday, October 19th 2014

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第56回


 何年か前、南西ドイツ放送(SWR)が抱える二つのオーケストラが2016年に合併するという決定が下されたという報道は、まさしく棚から爆弾が落ちてきたようなショッキングなニュースだった。実質的に、バーデン=バーデン&フライブルクSWR交響楽団(旧南西ドイツ放送響)がシュトゥットガルトSWR交響楽団(旧シュトゥットガルト放送響)に合併吸収されるらしく、前者がザルツブルクやドナウエッシンゲンといった聖地で抗議活動を行ったり、多数の演奏家や作曲家が反対の声明を出しているのだけど、この二つの個性が強いオーケストラが一つになってしまうという惨事は避けられそうもないようだ。
 いずれもわたしにとって思い入れがとくに強いオーケストラであり、客観的に考えても、ベルリン・フィルとウィーン・フィル、あるいはマンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティが合併統合しますというくらいに暴挙すぎて、わたしには実感がわかないというのもある。ポカーンとしたまま何年もの年月が過ぎたという感じ。
 
 そんな最中、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮バーデン=バーデン&フライブルクSWR交響楽団によるR.シュトラウスのシリーズが好調にリリースされている。アルプス交響曲なども定期演奏会で取り上げられているから、全集に発展することは間違いない。もしかしたら、このオーケストラの最後のまとまった録音になるのかしら(泣)。

 「ツァラトゥストラはかく語りき」が素晴らしい。テンポは速め、のようだ。というのも、セカセカしたところがまるでないので、スピード感をなんら覚えぬまま、気づくとすぐ曲が終わっているという不思議な時間感覚なのである。最初に聴いたときは、テンポが速いということさえ気づかなかったぐらい。
 気持ち良く歌う弦楽器、見通し良いテクスチュア、明るい色彩感、そして丁寧なアンサンブル。声部がゆるやかに絡み合い、それでも重苦しさは一切出ない爽快感。「学問について」の弱音による低音フーガの確かな存在感。「舞踏の歌」の繊細にして、ふつふつと涌き上がるグルーヴ感が嬉しくて、つい声が出てしまう。そして、このアダルトな落ち着いた流れのなかで、それらが実現されているのがいい。

 余談を申せば、セカセカ突っ走る「ツァラ」も嫌いじゃないのよね。たとえば、フリッツ・ライナー指揮シカゴ響がリヴィング・ステレオ最初期に録音したディスク。息詰まるようなスピード感のまま、木管がやたらと前面に出て(しかも、右側にいるクラリネットが、二分後に左側に移動してしまうなど、ヘンテコ・ステレオ録音)、まるで手術途中の患者が突然起き上がり、内臓ぶちまけながら病院の廊下を全力疾走する、といった猟奇的な演奏なのだ。
 その一方では、今年初めにミュンヘン・フィルの定期演奏会で聴いたロリン・マゼールのたっぷりテンポの「ツァラ」も凄かった。マゼールならではのケレン味をそこかしこに感じながらも、どっぷりと巨匠然とした運びの「ツァラ」は格別に美しかった。これはどこかでディスク化しないかな。

 ロトの「ツァラ」の後には、交響的幻想曲「イタリアより」が収録されている。最終楽章の「フニクリ・フニクラ」のドヤ顔風引用が妙に耳につくせいなのか、それまでの音楽が何やらもったいぶった感じに聞こえてしまうという悲しい運命を持った作品なのであるが、ロトの手にかかると、こうした曲が実に充実感を持って響く。いや、この作品でもっとも筆頭に挙げられなければならない名演が出たといってもいいのではないか。
 「イタリアより」は、R.シュトラウスが初期作品から、彼の持ち味である描写性の強い交響詩への移行期に書かれた作品。交響詩として演奏するにはサバサバしてて取っ掛かりがないし、交響曲としては構成が緩すぎる。
 ロトは、やはり緊密で丁寧なアンサンブル。第1楽章の「カンパーニャにて」はもちろんのこと、ダレ気味になる第2&3楽章を爽やかさを失わずに、彫りの深い響きで聴かせてくれるのだ。そのおかげで、最終楽章で「フニクリ・フニクラ」が脳天気に鳴り響くなんて悲劇を回避しているというわけ。
 描写性にこだわる正統派のシュトラウス指揮者は、「この曲には描写しているものなんかないよね」とばかりに、素っ気ない演奏が目立つものだけど、おそらくシュトラウスの描写性なんてあまり興味なさそうなロトにとっては、こういうハンパに見えがちな曲でも、まったくモチベーションが落ちないのかもしれない。

 これまでリリースされた彼らのシュトラウス演奏を思い起こせば、英雄は奮起せず、ドン・ファンは女たらしではなく、ティルは悪戯さえしない。いや、聴き手にそうしたストーリーをほとんど印象づけない。ニュアンスが削がれていて味気ないなーと感じる聴き手だっていてもおかしくない。
 つまり、するりするりと気持ち良く音楽は流れていくものの、標題音楽ならではのアピールをほとんど感じることがないのだ。そういえば、チェリビダッケのシュトラウス演奏もそうだった(彼の演奏からは、音色の推移や空間の広がりといったものが強烈に印象づけられものだ)。ただ、室内楽的といっていいほどに、濃密なアンサンブルがそこで繰り広げられている。それこそが、彼らが求めていた純度の高い音楽そのもの。そして、オーケストラの精度がいいのは、もしかしたら合併話の影響もあったりしてね……(泣)。

 「ツァラ」だって、ニーチェの著作をテーマにしているわけで、そこに具体的な描写やストーリーを求められる作品ではない。そういわけで、「ツァラ」と「イタリアより」を収めたこの新譜は、ロトのシュトラウス解釈の本質をすんなり受け入れるには恰好の選曲といえる。奮起しない英雄とか、風車に突進しないドン・キホーテを聴いて、「ロトのシュトラウスって何も描いてないじゃんかよー」などと誤解する前に、この一枚から是非。

(すずき あつふみ 売文業) 

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