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「これは必聴だ!」

Friday, December 20th 2013

連載 許光俊の言いたい放題 第228回

「これは必聴だ!」

 まさかこんなCDが突然出現しようとは・・・。
 チェリビダッケが指揮したベートーヴェンの交響曲集を聴いての驚きである。
 この名指揮者が、ミュンヘン、シュトゥットガルトに先立って北欧で多く指揮していたことはよく知られている。その記録が残っていたのである。
 まず言っておくべきこと、それは録音のことだ。チェリビダッケは、オーケストラ全体の響きを信じられないほど精密にコントロールする人だった。それゆえ、マイクをたくさん立てる録音方法とはまったく相性が悪かった。彼がせっかく作りだした絶妙のバランスがばらばらに解体されてしまうからである。
 残念ながら、ミュンヘン、シュトゥットガルト、正規で発売されているどちらのオーケストラの演奏も、マイクを多く用いてクローズアップするのを好むドイツの放送局の常套的な録音法ゆえ、この弊害を免れてはいなかった。今でこそだいぶ慣れたが、発売当初には、リリースを喜びつつも、やはり生とはある面において決定的に違うことに強い違和感も覚えた。なるほど、カーラジオなどたいした性能でもない受信機でも聴かれることを想定しているため仕方がないとはいえ、残念なことだった。
 ところが、今回発売されたスウェーデンの録音は、逆なのである。個々の音ではなく、全体を収めようとしている。言い換えれば、至近距離で聴くのではなく、やや離れた席で聴く感じだ。だから、個々の音を掌握するという点ではやや物足りないと感じる人もいるかもしれない。が、全体が溶け合った感じや息づかいは、これまで発表されてきた正規録音のどれよりもはっきりしているのではないか。
 たとえばミュンヘン・フィルの演奏だと細部のリズム構造が強調されて聞こえる第5交響曲。その印象が間違っているというわけではないけれど、この録音だと全体の流れの美しさ、響きのなめらかさ、呼吸の一体感が際立つ。全体の精妙なフォルムは、まるでCGで構想されたハイテクデザインのようだ。音によって時間と空間の中に出現する彫刻、その比喩がこれほどふさわしい演奏もないだろう。もはやベートーヴェンの苦悩も思想も関係ない。ここには音による秩序があるだけだ。このフィナーレは心理的にはまったく熱狂的ではないが、にもかかわらず聴き手をどきどきさせる不思議な美がある。他のどこでも聴いたことがない、あまりにも個性的かつ神秘的な、これがもしも正しい音楽のあり方なのだとしたら、他の演奏はすべて否定されるしかないような、隔絶した世界だ。孤高の芸術とは、こういうものを指す言葉でなくてはならない。
 第7番の第1楽章も、指揮者が気合いを入れる声がたびたび聞こえてくるが、それがオーケストラを心情的にあおり立てるのではなく、巨大な音の円柱を立てる方向へ向かっているのが壮絶だ。炎が凍り付いたとはまさにこのこと。いったいストックホルムの聴衆は、熱くて冷たい、こんな独特の音楽をどういう気持ちで聴いたのだろう。
 あまりにも美しすぎる「田園」は、人工的な美の極致。これもまた田舎に到着したときの気分などいっさい無関係。絶対音楽という、20世紀の作曲や演奏が夢見た美のひとつの究極の姿。人は時代や年齢によって変わるものである。この時期のチェリビダッケが、後年とは少し違った、あまりにも厳しく、また著しくユニークな美の世界を構築していたことは疑いない。彼がピアニストのミケランジェリと気持ちを通じていたというのは、こういう演奏を聴いてみないとわからないことだろう。
 他の曲についても同様である。普通の意味での感動という言葉など使いたくない、異様に衝撃的な演奏がここにある。まだまだいろいろな音源が残っているそうで、発売できるかどうかは売れ行き次第とのこと。私としてはこういうものをもっともっと聴きたい。
 それにしても、罪な録音だ。私はこの「田園」を聴きながら、チェリビダッケのナマを鮮やかに思い出した。いくら願ったところで、再び彼のライヴを聴くことはできないとわかっているにもかかわらず、また聴きたくて仕方がなくなった。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

評論家エッセイ情報
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Sym, 5, 6, 7, : Celibidache / Swedish Rso

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Sym, 5, 6, 7, : Celibidache / Swedish Rso

Beethoven (1770-1827)

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Release Date:21/December/2013
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Sym, 2, 3, 4, : Celibidache / Swedish Rso +leonore Overture, 3,

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