大方の曲に関しては、地下流出によってその骨格・輪郭を大昔より人目に晒してはいるのだが、リワーク・レベルが大きいものに限っては、もはやピッカピカの新曲を聴いているかのような、不思議な気分にさせられてしまう。タイトルはおろか歌詞も大幅に書き換えられ、幾らかオフ気味だったシュガー・ブルーのハーモニカも全編クリアに響きわたり、さらにはドン・ウォズがベースを重ねている「ドント・ビー・ア・ストレンジャー」(ワーキング・タイトルは「Do You Get Enough」)などはその代表例だろう。メロディとリズムが据え置きであるにもかかわらず、一聴したときのこの鮮度の高さは一体何なのか? そこには、リニューアルという魔法がいかに効果絶大であるかをよく知るストーンズとボブクリの智恵と経験がふんだんに詰め込まれている。ストーンズの驚異のレコーディング・メソッドとその極意を窺い知るべし。
一方で、キースのうねりまくるリフに燃える「Munich Hilton(Rotten Roll)」、「ビースト...」路線のセクシーなメロウ・ミディアム「What Gives You The Right」、キチンとした歌詞が乗ることを個人的にかなりたのしみにしていた「Muck Spreading」ほか、「I Need You」、「Everlasting is My Love」、「Jah is Not Dead」なんかも収録されていれば...と欲かきまくりの感想を密かに抱いていることも事実。
1977年、麻薬所持容疑によってトロントに拘留されていたキースが、裁判の合間にプライベート・レコーディングしていたブルース、カントリーの愛奏曲。録音はピアノやギターの弾き語り、もしくはイアン・スチュワートのピアノ伴奏付き、という至ってシンプルな形態で行なわれ、そのしみじみとしたムードが当時のキースの言われない心中を物語っているかのようで、多くのファンが胸をえぐられた。このときの音源は「A Stone Alone」と題されたブートレグとなって81年頃に出回り、その内容のあまりの生々しさから「これぞキースの真のファースト・ソロ・アルバムだ!」と声を大にする者も多数現れた。
なお裁判終決および北米ツアー終了後、『Emotional Rescue』のためのコンパス・ポイント・スタジオ・セッションに入ってもしばらくの間キースは精力的にソロによる楽曲を録り貯めていき、その中の「Let's Go Steady」、「Apartment No.9」は、79年のロン・ウッドとのニュー・バーバリアンズ興行でも披露された。また同年のクリスマスには、ジミー・クリフのレゲエ・カヴァーとなる記念すべき初ソロ・シングル「The Harder They Come」を発表している。
こちらでは、この時期にキースがその嗜好を丸出しにして採り上げたブルース、カントリー、ポピュラー・スタンダードの古典曲をご紹介。今回のデラックス盤ボーナス・トラックに収められた「We Had It All」をはじめ、デビュー当時から、いやむしろ音楽に熱中し始めた頃から少しも変わらないキースのルーツ・ミュージックへの傾倒ぶりをあらためて窺い知る、そんなアイテムがズラリと並んだ。
まずはその「We Had It All」。マッスル・ショールズのスワンプ系シンガー・ソングライター、ドニー・フリッツが書いたカントリー・バラードだが、キースのヴァージョンは、「Drift Away」(地下音源ながらストーンズもカヴァー済)でおなじみの黒人シンガー、ドビー・グレイによるカヴァーを参考にしていると言われている。
Dobie Gray 「Drift Away / Loving Arms」
シカゴ・ブルース・ピアニスト、ビッグ・メイシオの戦前ブルース・クラシック「Worried Life Blues」では、「友達はみんなオレを置いてどこかに行ってしまった...」という切ない歌詞に、当時トロントで足留めを強いられていたキースの心境を否が応にも重ねてしまう。ピアノはイアン・スチュワートによるもので、相も変わらずの達者なブルース・ピアニストぶりにほろ酔い必至。
Big Maceo 「King Of Chicago Blues Piano」
カントリー畑出身の兄弟コーラス・グループ、エヴァリー・ブラザーズのレパートリーもキースのお気に入り。「All I Have To Do Is Dream」で当時彼らのことを知った輩もきっと多いはず。独特のタメの効いた節回しで唄われるそのカヴァーは、非公式ながらキース・ヴォーカル・ナンバーにおいて五本の指に入るソウルフルな仕上がりと言えるだろう。のちの81年には「Oh, What A Feeling」、「Cathy's Clown」なども吹き込んでいる。
Everly Brothers 「Essential」
「Worried Life Blues」と同じくニュー・バーバリアンズ興行でも披露された「Apartment No.9(悲しみのアパート)」はタミー・ウィネットの1967年のデビュー・ヒット。さらに「Sing Me Back Home」はマール・ハガード、「Say It's Not You」はウィネットの夫君でもあるジョージ・ジョーンズをそれぞれオリジナルとするカントリー&ウエスタンの有名曲だ。「Say It's Not You」は、94年にジョーンズのトリビュート・アルバムに参加した際にも再び採り上げており、「キースのことを知らなかった」というご本人との滋味深いデュエット・セッションを堪能することができる。
Tammy Wynette 「Your Good Girl's Gonna Go Bad」
Merle Haggard 「20 Greatest Hits」
George Jones 「Best of」
ホーギー・カーマイケルとネッド・ワシントンによって1938年に書かれたポピュラー・スタンダード「The Nearness of You」は、古くはグレン・ミラー楽団から、ボブ・マニング、シーナ・イーストン、近年ではノラ・ジョーンズに至るまで多くのシンガーに唄い継がれている名曲。ストーンズにおいては、トロントのキース・ソロ・レコーディングから四半世紀を経た2004年の「リックス・ツアー」の際に突如披露され、その音源は”レア・ナンバー”として『Live Licks』にも収録された。
そのほかこの時期に録音されたものとしては、ジェリー・リー・ルイス「She Still Comes Around」、ジュディ・ガーランドの歌唱でも知られるミュージカル・スタンダード「Somewhere Over The Rainbow」、エルヴィス・プレスリー「Don't Be Cruel(冷たくしないで)」、さらにトロント音源ではないが、こちらもバーバリアンズ興行のセットリストに食い込んだニール・セダカのヒットでおなじみの「Let's Go Steady」(サム・クックではなくアーサー・コンレイのヴァージョンを習作としている説が多数)などがある。いずれのマテリアルも発掘音源として公式に蔵出しされる見込みはかなり低そうだが、キース自身のMindless Recordsから何かのタイミングに合わせて突如リリースされることを願って....
「I Can't Help It」というタイトルで地下界隈で知られていたハイ・スピード・ロックンロール。ストーンズにとっての王道というよりは、ストーンズ・チルドレンの「模倣的王道」とも言えそうな寸法に仕上がっているのが逆におもしろい。イントロのギター・コンビなどはまさしくストリート・スライダーズのそれに比類、とまで言い切ってしまったらファンから石を投げつけられるだろうか? 地下時代のミックスでは、フック・コーラスで瞬間的に”キースがミックを追い越す”箇所があるのだが、残念ながら今回それは確認できず。クレジットを見るかぎり、キースはピアノも弾いているらしいが...アコギの間違い?
「Some People Tell Me」が大幅リニューアル。ミックのヴォーカル・パートおよびハーモニカがオーバーダブされ、かつて知ったるドロだらけの大王ナマズ、このたびややアカ抜けた印象。それにしても、”男”の本音ブルース第三幕を耳にするにつけ、「いやはや『女たち』は大したブルース・アルバムだぜ」と爽やかに吐き捨てたい気分だ。もし、ブルースとカントリーだけで四方を固めた『女たち』というものが世に出ていたら....妄想は尽きない。
ライター・クレジットは「Jagger / Richards」となっているが、おそらく即興気味にピアノを弾きながら唄を乗せたミックの単独作と解釈してもさしつかえないだろう。ニュアンス的にはソノシート盤「Exile on Main St. Blues」に近いものと言えそうだが、当時の米大統領ジミー・カーターに物申すようなリリックなど、かなり社会風刺の強い曲になっている。タイトル通り、78年のOPEC による原油価格引き上げに端を発した「第二次オイルショック」に触れ、大手ガソリン会社を名指しでチクリ。ノベルティ寄りな小唄ではあるものの、スインギンなミックのピアノも含め楽曲そのもののクオリティは極めて高い。