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【総括】 夜ジャズ×ヴィーナス

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2011年12月13日 (火)


須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズ

 

「ジャズが勇躍跋扈する深夜3時の煌めきと怠惰。そう。ジャズは夜、夜はジャズなのだ」
須永辰緒 夜ジャズ×ヴィーナス・レコード


 1992年の設立から約20年、ヴィーナス・レコードは自らの企画で欧米のジャズの新録をリアルタイムで日本へ届け続けている。ピアノ・トリオ、ワン・ホーンなどの編成が主で、スタンダードのカヴァーやバラードを中心に落ち着いて聴くことができる作品が多く、日本のジャズ・ファンの嗜好にうまく合致していると言えよう。名の知れた大物、モダン・ジャズ黎明期からのヴェテラン、脂がのった注目のプレイヤー、日本初登場の新人と、様々なアーティストの作品を制作し、またジャズ・ヴォーカルもののリリースも多い。アナログ盤をリリースしていた活動初期から録音機材やパッケージに対する強いこだわりがあり、その高い音質とジャケット・デザインの秀逸さもジャズ・ファンから評価の高い点で、現代のブルーノートと形容されることさえある。

 さて、そんなヴィーナスの音源を須永辰緒が恒例の『夜ジャズ』シリーズでコンパイルしたのが本作である。近年の氏はヴィーナスに強く心酔しているようで、雑誌の連載コラムやラジオ番組などでも取り上げる機会が増えている。 そうした想いが結晶となって表れたのが本作というわけだ。ヴィーナスという従来からあるレーベル・イメージを打ち出しつつも、そこにDJならではの音の鳴り方を重視したセンスを織り交ぜ、若いファン層へもアピールする選曲となっている。結果として『夜ジャズ』の雰囲気に見事に合致した作品集となっているが、同時にヴィーナスにとっても新たなリスナーへの門戸を開く格好の入門編となることだろう。





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    須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズopusT

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須永辰緒
須永辰緒
(sunaga t experience)

Sunaga t experience 須永辰緒自身によるソロ・ユニット。DJ/プロデューサー。 DJとして東京、大阪でレギュラー・パーティーを主宰し、また日本全国から海外まで飛び回る超多忙な日々を送る。 MIX CDシリーズ『World Standard』は6作を数え、ライフ・ワークとも言うべきジャズ・コンピレーションアルバム 『須永辰緒の夜ジャズ』は、レコード会社8社から計16作のリリースを予定。

国内はもちろん“SCHEMA”や”IRMA” などの海外レーベルのコンパイルCDも多数監修する。自身のソロ・ユニット"Sunaga t experience"として、 アルバム3作を発表。最新作は「A letter from allnighters」(2006年 flower records)。多種コンピレーションの 監修やアルバム・プロデュース、リミックス作品は延べ100作以上。"レコード番長"の冠を頂くシーン最重要人物。





 

 
須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズ OpusV
 
 須永辰緒の夜ジャズ〜ヴィーナス・ジャズ OpusV
 Venus Records VHCD01063 2011年12月21日発売
[収録曲]
1. From Birdland To Broadway / Bill Crow Quartet 2. Linear Motion / Claude Williamson Trio 3. Getthing Some Fun Out Of Life / Nicki Parrott 4. Solar / Richie Beirach Trio 5. No Problem / Barney Wilen Quartet 6. Blue Bossa / Harold Maybern Quartet 7. Winter Sonata / Romantic Jazz Trio 8. Stolen Moments / One For All 9. No More Blues / Simone 10. Papagaio Rei / Adela Dalto 11. Don't Explain / Kenny Barron Trio 12. All Or Nothing At All / Tessa Souter



 


 2011年、今年最後の「夜ジャズ」へようこそ。スインギーでバピッシュ、尚ファンキーにして時にリリカルなこの忘年会には、退屈しのぎの出し物も要らなければ酌婦もいない。音符舞う空間あるのみ。年の瀬特有の有頂天と黄昏を一手に引き受けよう。

ビル・クロウ
 今夏、村上春樹氏が翻訳を手がけた「バット・ビューティフル」がジャズ村では話題になったが、同じく氏が翻訳したビル・クロウの自叙伝「さよならバードランド」は、その書が日本で広く紹介されたことを機にアルバム制作(96年録音)までもが行なわれた。しかもそれが初のリーダー作となるというのだから中々ドラマチックでもある。今夜のオープナーは、ジェリー・マリガンスタン・ゲッツらとの共演など50年代から活躍するベーシスト、そのビル・クロウ率いるカルテットによる「フロム・バードランド・トゥ・ブロードウェイ」。「古きよき時代のジャズ」という回想を酒の肴にしながら、カーメン・レギオのナチュラル・テナーにしこたま酔い、まずは日々の憂き事を一掃する。

 すわ、マイルスの「ソラー」が素晴らしくマッシヴで腰を抜かす。なるほど、リッチー・バイラーク。となると、脇メンは、ジョージ・ムラツビリー・ハート。完璧な夜を演出するにはこれ以上ない役者トリオによる「ソラー」がダンスフロアにさらなる賑々しさを運ぶ。ヴィーナス版「危険な関係のブルース」は、「第二夜」のダン・ニマー・トリオに次いで二度目。バルネ・ウィランと言えば、1959年、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのオリジナル版にも参加していたフレンチ・ジャズ界の大師匠。バックには、ケニー・バロンルイス・ナッシュといったこれまた皺深き大家がズラリと並ぶ。オリジナルはファンキーいっぱつ! という感じだったが、こちらは経験値転写のツヤとテリで勝負。男と女の情事、燃え上がるほどに、ジャズ恋し。それは万国共通の、愛言葉。 

 「夜ジャズ×ヴィーナス・レコード」のコンセプト、そのひとつのキーファクターになるのはやはりハロルド・メイバーン楽曲なのだろう。EW&F「ファンタジー」、ジョビン「ハウ・インセンシティヴ」に続いてスピンされるのは、ケニー・ドーハムのアフロ・キューバン古典「ブルー・ボッサ」のカヴァー。もうひとつのキーとなる「ラテン」を介在させた、須永氏とメイバーン、言い逃れできない睦事の現場、しかと見たり。 

 シモーネ・コップマイヤーのジョビン・ナンバーからタスキを受けた「パパガヨ・ヘイ」は、スキャット・フリーク昇天のキラー・ブラジリアン。エキゾ・サウンドとフュージョンを融合させたクラブジャズ・ファンにはたまらない(というか鉄板の)フィーリングを撒き散らす歌姫アデラ・ダルト。この方実はホルヘ・ダルトの奥様で、マリオ・バウサチューチョ・バルデスといったところと共演歴もある実力派中の実力派。彼女のヴィーナス録音作品『Peace』『Exotica』『Blue Bossa』はいずれも日本のヴォーカル・ファンはおろかクラブジャズ〜ワールド・ミュージック・ファンにまで広く愛聴されている逸品だ。  

 ここまでくると、ウインター・シーズンにこそ リオの風。ケニー・バロン・トリオ「ドント・エクスプレイン」、テッサ・ソーター「オール・オア・ナッシング・アット・オール」と、師走のリリカル・ボッサが心と体を心地良く走り抜け、誰もが芯から温まる。小寒のブラジリアン、冬ソナ越えの、ラブポーション。 


 
 

  • From Birdland To Broadway

    Bill Crow
    『From Birdland To Broadway』

    村上春樹の訳によるビル・クロウ著『さよならバードランド』を読みながら聴くか、聴きながら読むか、いろいろ楽しめるジャズ・ブックのためのオリジナル・サウンドトラック・アルバム。

  • Summer Night

    Richie Beirach
    『Summer Night』

    「マイルストーン」、「ソー・ホワット」、「オール・ブルース」、「ソラー」や「オール・オブ・ユー」、「サマー・ナイト」など所縁のあるナンバーを選曲した、バイラーク入魂のマイルス・デイヴィス・トリビュート作。2007年当時結成25周年を迎えた、ジョージ・ムラツ(b)、ビリー・ハート(ds)との長寿トリオによる息の合ったプレイが堪能できる。


  • New York Romance

    Barney Wilen
    『New York Romance』

    ケニー・バロン(p)、ルイス・ナッシュ(ds)、イラ・コールマン(b)ら百戦錬磨のベテラン・リズム隊を得て、パルネ・ウィランがスタンダードを好演。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズとのオリジナルは半世紀以上も前の録音となる「危険な関係のブルース」を艶っぽく再演。


  • Kiss Of Fire

    Harold Mabern
    『Kiss Of Fire』

    ハロルド・メイバーン・トリオの2001年秋・東京録音作。ハロルドの脂の乗ったプレイが聴ける。ハロルドの秘蔵っ子で、テナー・サックスのエリック・アレキサンダーも4曲に参加。


  • Peace

    Adela Dalto
    『Peace』

    女性ブラジリアン・ジャズ・シンガー、アデラ・ダルトの95年録音2ndアルバム(邦題「ブラジリアン・ファンタジー」)。ジャズ、ブラジリアン、アフロ・キューバン、ポップスといった要素をバランス良く取り入れたサウンドがどこまでも心地よく流れゆく。





 

 
須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズ OpusU
 
 須永辰緒の夜ジャズ〜ヴィーナス・ジャズ OpusU
 Venus Records VHCD01061 2011年11月16日発売
[収録曲]
1. Topsy / Ken Peplowski Gypsy Jazz Band 2. How Insensitive / Harold Maybern Trio 3. Lullaby Of The Leaves / Eddie Higgins Quartet 4. Tin Tin Deo / Rob Agerbeek Trio 5. Nica's Dream / Joe Beck Trio 6. A Whole New World / Stanley Cowell Trio 7. Caravan / Marilyn Scott 8. Minor Swing / Eddie Higgins Trio 9. You And The Night And The Music / Phil Woods Quintet 10. Bohemia After Dark / Bill Crow Quartet 11. No Problem / Dan Nimmer Trio 12. La Tarara / Chano Dominguez Trio 13. Calling You / Simone with Romantic Jazz Trio



 


 「須永辰緒」「夜ジャズ」「ヴィーナス・レコード」。21世紀ジャズのアイコニック丑三つ時の交配。「第二夜」は、粋で軽快なジプシー・スイングで幕を開ける。伝説のマヌーシュ・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトに捧げられた「トプシー」。ハンク・ジョーンズのサイドメン、また近年ではビル・チャーラップニューヨーク・トリオにも参加していたクラリネット/テナー・サックス奏者ケン・ペプロフスキーが、ジプシー・ジャズ・コンボを率いて新しい一面を見せている。ハワード・アルデンバッキー・ピザレリという二人のいぶし銀ギタリストの参加に目を細めるロートルよ(失敬)、夜は長いぞこれからだ。

ロブ・アフルベーク
 「第一夜」でも提言したとおり、ラテンのパッションは「夜ジャズ」に必須の調味料。ひと振りもヨシ、ぶっかけるもヨシ。この際ぶっかけてみる。インドネシアはジャカルタに故郷を持つロブ・アフルベークがシェフとなれば、アフロ・キューバンの伝統的な食材「ティン・ティン・ディオ」も一層スパイシーなメニューへとバージョンアップ。すでに移住先のオランダで隠居生活を送っていたアフルベークを引っ張り出し、こんな素晴らしい作品(右掲『Very Thought Of You』)を日本で吹き込ませたプロデューサー原哲夫氏、むしろその情熱の温度はラテン・フィーバーの火照りを軽く越えている。

 「ジョー・ベックと言えば、ジョー・ファレルとのCTI諸作にて...」と、まだまだサンプリング・ネタ文脈の問わず語りグセが抜けない青二才。そんなウグイスぼうやを尻目に、ホントのオトナの夜はますます濃密になって往く。コリエル、ジョンスコとのアコースティック・アルバムに寝る間も惜しんで耽溺した、嗚呼、華のジャズ研時代....ノスタルジーを背負い込んだ我らこそが今夜の主役....。マイルスが電化移行最初期に雇ったエレキ・ギタリストとしてもその名を刻むジョー・ベック。80年代以降にDMPレーベルに吹き込んだ”脱フュージョン”とも言えるオーソドックスな作品にファンが多いこともあり、ヴィーナスでのオルガン・トリオ、ギター・トリオ・アルバムも大いにウケた。ドラムはアイドリス・ムハマドだが、当然「イントロにドラム・ブレイクが...」などという寸尺スケールで聴くと損をする。

 マリリン・スコットがエキゾチックに身をくねらせる(?)「キャラバン」。スリルと興奮がフルスロットル。リズムの荒波をかいくぐって伸縮自在に舞うケン・ペプロフスキーのクラリネットも痛快。再びジプシー絞りの「マイナー・スイング」、さらに「ボヘミア・アフター・ダーク」、「危険な関係のブルース」と、普段はおくびにも出さない”夜だけヤクザ”なモチベーションを上気させるにはもってこいの扇動曲(入場テーマとも言う)が続く。ジャズの血圧は高めでもいい。「ラ・タララ」は有名なスペイン民謡。この曲を収録した『Con Alma』には、同地アンダルシア地方出身のピアニスト、チャノ・ドミンゲスが有名なスタンダードを、出自ともなる民族舞踊、つまりフラメンコのエッセンスをふりかけながらリズムコンシャスにアレンジしたものが並ぶ。「ラ・タララ」はそのハイライト。やはり「夜ジャズ」と「ラテン」は切っても切れない仲にあるらしい。今宵三度目の逢瀬。

 ホリー・コールの超有名曲「コーリング・ユー」を、本家に負けず劣らず”ジャズ&ポップ”な柔らかいこぶしで唄い上げるのは、オーストリアのシンガー、シモーネ・コップマイヤー。若くて美しい彼女の艶声が”蛍の光”だなんて、「夜ジャズ」という夜会はとてつもなく贅沢だ。  


 
 

  • Very Thought Of You

    Rob Agerbeek
    『Very Thought Of You』

    オランダのピアニスト、ロブ・アフルベークのアルバム。ブギ・ウギ調の驚きに満ちたアドリブを織り交ぜながら、気持ちの良いトリオ演奏を聴かせてくれる。ミュージシャン職を退いていたアフルベークを口説き落として本作の録音に漕ぎ着けたプロデューサーの原哲夫氏の情熱にも大きな拍手を。


  • Girl Talk

    Joe Beck Trio
    『Girl Talk』

    2002年NYアヴァター・スタジオ録音。ジョーイ・デフランチェスコ(org)、アイドリス・ムハマッド(ds)とのトリオは見事なまでにブルージー。2000年代以降において最も巧いギタリストのひとりに数えていいだろうジョー・ベックが、「女性」に題材を求めて選曲した全10曲。


  • Every Time We Say Goodbye

    Marilyn Scott
    『いつもさよならを』

    ウェスト・コーストAORの女王マリリン・スコットがニューヨークの超一流のジャズ・ミュージシャンと一緒にジャズ・スタンダードを歌う超一級品のコンテンポラリー・ジャズ・ヴォーカル・アルバム。バックには、ケン・ペプロフスキー(ts,cl)、サイラス・チェスナット(p)、ポール・ボーレンバック(g)、ウィリー・ジョーンズV(ds)らが参加。


  • Con Alma

    Chano Dominguez
    『Con Alma』

    ラテン・ジャズの名映画「CALLE 54」でも情熱的なプレイを披露したスペイン出身のピアニスト、チャノ・ドミンゲス。以前から自国の伝統音楽フラメンコをジャズの方法論で表現してきたチャノによるストレート・アヘッドなジャズ・アルバム。


  • Romance

    Simone
    『Romance』

    前作『Moonlight Serenade』に続いてロマンティック・ジャズ・トリオがバックを務めた2ndアルバム。3曲にエリック・アレキサンダーがゲスト参加。ポップ・ヴォーカルの要素も入れた幅広いファンにアピールする内容。

 
須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズ OpusT
 
 須永辰緒の夜ジャズ〜ヴィーナス・ジャズ OpusT
 Venus Records VHCD01059 2011年10月19日発売
[収録曲]
1. Fantasy / Harold Mabern Trio 2. Magic Of Love / The Moffett Family Jazz Band 3. Taboo / Bob Kindred Quartet 4. Invitation / Phil Woods Quintet 5. It's All Right With Me / Champian Fulton Trio 6. Fragile / Rachel Z Trio 7. I've Got You Under My Skin / Nicole Henry with Eddie Higgins Trio 8. Metti Una Sera A Cena / Danilo Rea Trio 9. Message In A Bottle / Roma Trio 10. I Love Paris / Marilyn Scott 11. How Are You? / One For All 12. Moondance / Tessa Souter




 須永辰緒氏の慧眼、その鋭光の矛先は---- 日夜円盤の溝に刻まれし音の記録と対峙し、またあるときは虹色の銀盤から照射された音の信号を抜け目なくキャッチする。ヴァイナル・アスリート&ディスク・チェッカーズのひとつの大きな指標としても常にブレることなく、20年以上もの間クラブジャズ・シーンのスタンダードになり得る”新釈のジャズ”を捉え続けてきた氏のアンテナ。2011年にキャッチした次なる周波、それこそが、創設から来年で20年目を迎える”現代のブルーノート”、「ヴィーナス・レコード」作品のカタログ一群だ。

ハロルド・メイバーン
 須永氏がヴィーナス作品に目を向けるきっかけとなったハロルド・メイバーン・トリオによるEW&F「ファンタジー」のカヴァーでダイナミックに、エレガントに幕を開ける『須永辰緒の夜ジャズ〜 ヴィーナス・ジャズ OpusT』。メイバーンは、50年代後半からプレスティッジなどにリーダー作を残すベテラン・ピアニストだが、むしろ80年代後半にDIWレコードに吹き込んだ『Leading Man』『Lookin On The Bright Side』など、若いジャズ・ファンを中心にして比較的近年の作品に注目を集めることでも知られている。厚みがありながらも決してムサ苦しくならない手練手管の主役の爽快なピアノは、まさに夜の福音。

 「夜」「酒」「男と女」というコンセプトがひときわ薫り立つとき、そこにはラテンのスパイスがしっかりと効いていることを意味する。「タブー」、「インヴィテーション」というよく知れた曲ほど効果は抜群。スパイスのアクセントを越え、もはや媚薬。夜の絶倫が目を醒ます。キューバ音楽の古典「タブー」をブエナ・ビスタ・スタイルで色気たっぷりにカヴァーするボブ・キンドレッドは、「遅咲きのテナー・サックス奏者」と呼ばれる今年御年71歳を迎える大ベテラン・プレイヤーで、2004年の『Blue Moon』(ヴィーナス録音)で本邦デビューを飾っている。濃厚で美しいキューバン・ボレロを吹かせたら右に出る者はいない。男のセクシー・フィーリングは60を過ぎてから、ということだ。伏し目がちにピニャ・コラーダをゴクリ。

 日本では鈴木重子寺井尚子KEIKO LEEらのカヴァーによってジャズ村でもすっかり人気のスティング「フラジャイル」。ステップス・アヘッドでの活躍など、フュージョン〜AORシーンでは特にニーズの高い女流ピアニスト、レイチェル・Zによる「フラジャイル」は、リズムのアクセントにラテン・フレイヴァを盛り込んだ、さすがのアレンジ。次曲、ニコール・ヘンリー&エディ・ヒギンス・トリオ「あなたはしっかり私のもの」への流れも完璧だ。午前0時のサウダージ。

 70年代後半にトリオ・ディ・ローマで活動、多くの米国ジャズメンとの共演も行なっているダニーロ・レアの「ある夕食のテーブル」(エンニオ・モリコーネ作)、ハイ・ファイヴのメンバーとしても知られるピアニスト、ルカ・マヌッツァが2006年に結成したローマ・トリオの「孤独のメッセージ」(原曲はポリス)。どちらも現代イタリアン・ジャズを代表するベテラン〜中堅ピアノマスターにして、ジャズ百年の歴史とクラブジャズを結び付ける、所謂「21世紀ネオ・ハード・バップ」の顔役だ。リズム、ハーモニー共に欧州最高峰ピアノトリオならではのアレンジに昂揚を禁じえない。

 夜の闇を切り裂くハード・バップ・チューン、ワン・フォー・オールによる「ハウ・アー・ユー」で、「夜ジャズ」というムスク香る宴会は大団円に一歩ずつ近付く。「クラシック・ブルーノート・スタイルの継承」を掲げるこのセクステットは、現代No.1 ハードバップ・テナーのエリック・アレキサンダーを核に、ジム・ロトンディ(tp)、スティーヴ・デイヴィス(tb)という最強のフロント三管を揃え、最後まで手綱を緩めることなくハードにドライヴしまくる。深夜3時の煌めきは、ここに約束された。     


 
 

  • Fantasy

    Harold Mabern
    『Fantasy』

    EW&Fの大ヒット曲「宇宙のファンタジー」を含む華麗なポップス作品をジャズ化したメイバーンらしいファンキーなピアノトリオ。ドウェインの重量級のベースと、今や最も“ヴァーサタイル”なドラマーとなったファーンスワースがバックアップ。


  • Nights Of Borelos and Blues

    Bob Kindred
    『ボレロとブルースの夜』

    テナー・サックス奏者ボブ・キンドレッドが、セクシーなメロディーを持つキューバン・ボレロをブルース・フィーリングでジャズ化。トロピカルな亜熱帯サウンドをクリエイトしたボブのテナー、そこに絡むピアノ、ベース、そしてオラシオのドラムがキューバの熱い夏の夜を彩る色彩感溢れるジャズ・ボレロ作品。


  • Teach Me Tonight

    Nicole Henry
    『Teach Me Tonight』

    本国アメリカではシンガーのみならずモデルやタレントなど幅広く活躍するニコル・ヘンリー。デビュー作『Nearness Of You』が日本で爆発的な人気を博したニコルが、2004年にその日本でエディ・ヒギンズ・トリオをバックに迎えてわずか3日間で録り下ろしたアルバム。


  • Love is a Many-Splendored Thing

    Roma Trio
    『慕情』

    イタリアの人気ピアニスト、ルカ・マヌッツァ、すでにリーダー作もリリースしているベーシスト、ジャンルカ・レンジ、フランチェスコ・カフィーソのドラマーとして活躍するニコラ・アンジェルッチの3人からなるローマ・トリオのデビュー作。心地良いスリルを伴ったテンポ・チェンジでメロディックにアドリブを展開。


  • The End of a Love Affair

    One For All
    『情事の終わり』

    ジャズの未来を模索する若きミュージシャン達の交流から生まれた最強のバンド、ワン・フォー・オール。その日本デビュー盤。デヴィット・ヘイゼルタイン・トリオ、サックスのエリック・アレキサンダーを含む三管編成で強力にスイングしていくハード・バップの新時代到来を告げる傑作。



 

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