「2010年を振り返って」
Tuesday, December 28th 2010
連載 許光俊の言いたい放題 第188回「2010年を振り返って」
今年もいろいろなコンサートやCDを聴いた1年だった。そのいちいちをここで報告するわけにはいかないが、最大の驚きは、指揮者のトーマス・ヘンゲルブロックかもしれない。この人については、近頃の評判を耳にしてはいたけれども、ナマで聴いたことはなく、CDを手に取ることもなかった。ところが、ヨーロッパで彼のコンサートを聴いて、一発でやられてしまった。登場したときの姿からして、何かピンと来るものがあったのだが、とにかくその音楽の鮮やかさ、センスのよさ、そして、オーケストラを自由自在に動かす力には、すさまじいものがあった。初出演したチューリヒのオーケストラが、満面の笑みを浮かべて指揮棒に食らいつくのが壮観だった。大胆な表現が何度もぴしっぴしっと決まるのに、息を呑んだ。
象徴的なこととして、オーケストラとひとつになって演奏しているように見える。マゼールのように自分ひとりが浮くのではなく、ティーレマンのように自己陶酔的でもなく、動きがちゃんと音とつながっている。振った通りに音が出る。要するに、動きが音楽になっている。言葉にすると当たり前のようだが、実際には希有の現象である。シューマンに倣って、「諸君、ここにいる彼は天才だ!」と叫びたくなったほどだ。
北ドイツ放送交響楽団を率いることになっているヘンゲルブロックだが、やはり本領は古楽だろう。今後最優先で聴きたい演奏家のひとりである。
今年は吉田秀和の本をずいぶんまとめて読んでいた。次号の「クラシック・スナイパー」で、特集をやるのだ。やっぱり巧い、狡猾と言ってもよいような文章には改めて感心した。だが・・・おっと、その先は「スナイパー」で書こう。日本の音楽評論界で吉田と並んで存在感を誇示しているのが宇野功芳だが、想田正『宇野功芳、人と批評』(青弓社)は、この人気評論家の著作についての論述。著者は宇野の熱心な愛読者らしく、批判的な分析が行われていないのが論考としてはどうかと思うが、宇野ファンにはよいかもしれない。
特に初期の著作を熱心に紹介している。懐かしい、そのあたりの本は私も中学生時代、よく渋谷の三省堂書店で立ち読みしたものだ(で、その向かいの喫茶店でフローズンというのを食べて、インベーダーゲームをした)。
現在の宇野評論しか知らない人は、初期のシャープさに驚きを禁じ得ない(宇野風)のではないか。自分の価値基準や作品観をすぱっと言っておいて、だからこの演奏はいい、だめと判じる。論理的にも実に明快で、感情一本槍ではないのだ。改めて、初期の著作を読んでみたいと思った。
やはり今月出た片山杜秀『ゴジラと日の丸』(文藝春秋)は、かつて「SPA!」に連載されていたコラムを単行本にしたもの。二段組みで500ページもある。話題は各種芸術から世間を騒がせた事件、はては自身が体験した心霊体験まで幅広い。片山の青春を記録した書物だ。アクロバティックな想像力で知識を結びあわせていく技は、このときからすでに冴えていた。夜に読み始めてはいけない。ついついページをめくって、夜更かしをしてしまうから。
そういえば、片山責任編集で「RATIO 思想としての音楽」(講談社)というのも先月出た。巻末には彼と私の「名演奏とは何か」をめぐる長い対談が掲載されている。
拙著『痛快! クラシックの新常識』(リットーミュージック)も今月の発売だ。これは私にしては珍しくと言うべきか、作曲家たちのおもしろおかしいエピソードなどが中という、きわめて平和な内容の入門書である。何せ、最初はピアノを家で弾いて楽しむ女性読者を対象にして書き始めたものだから、マニア諸氏向けではない。逆に、それゆえ老若男女を問わず安心して勧められる内容になっている。
さて、今年もっとも深い共感をもって読んだ書物は四方田犬彦の『人、中年に到る』(白水社)である。じきに還暦を迎えようという著者が、人生について淡々と、何の力こぶも入れずに記したものだ。恋愛、功名心、憎悪、夢・・・どの章も、よく味わいながら読んだ。すばらしい苦みのおいしさを堪能した。たぶん(当然?)私も中年だからだろう。
奇をてらわないきわめてまっとうな内容である。が、まっとうさが必ずしも世の中のマジョリティとは限らない。あらゆる不自由、束縛、偏見、暴力、思いこみといったものに対する生得的とも言ってよいような嫌悪。だが、同時に痛感する自分の限界や非力。人間の愚かさ。
この静かなリベラリズムこそ、広く共有されるべきではないのか。私は、日本には知識階級が存在しないと思ってきたが、もし存在するとしたら、責任感や理念とともに、この書物のような寛容と諦念をも備えるべきであろう。
もしかしたら、若者には淡々としすぎているように感じられるかもしれないけれど、それを承知で広く一読を勧めたい。
長くなってしまったので、CDについては次回書くつもりだが、一点だけあげておくと、年末に安くなっていたので買ったバーンスタイン指揮ウィーン・フィルのシベリウス・セットは、異常に粘っこく、ドラマティックで、楽しめた。来日公演では評判がさんざんだったこのオーケストラも、本気になっている。遅いテンポで、濃い音で、ジクジク、ムラムラ、たいへんな力業だ。こんな血湧き肉躍る、というか肉汁滴るような演奏、清潔好きのシベリウス・ファンは絶対に聴いてはいけません。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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ゴジラと日の丸 片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全
Katayama, Morihide
Price (tax incl.): ¥2,970
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Import Sym.1, 2, 5, 7: Bernstein / Vpo +elgar: Enigma Variations, Britten
Sibelius (1865-1957)
Price (tax incl.): ¥3,410
Member Price
(tax incl.): ¥2,967Release Date:06/April/2004
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Korekara wo Ikinuku tameni Daigaku Jidai ni Subeki koto
MITSUTOSHI KYO
Price (tax incl.): ¥1,100
Release Date:March/2010
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