松田美緒 インタビュー

2010年1月15日 (金)

interview


ポルトガルのファドに始まり、ブラジル、カーボヴェルデと同じポルトガル語圏を旅し、歌うことで大陸をつないできた歌手・松田美緒。
最新作 『クレオールの花』 はウルグァイの奇才ピアニスト=ウーゴ・ファトルーソ、そして凄腕のパーカッショニスト=ヤヒロトモヒロとの最強トリオによる出色のラテンアメリカ歌集。メキシコ、ペルー、ウルグァイ、アルゼンチン・・・大陸各地の名曲たちが大胆に、色あざやかに咲き誇ります。

今回はその新作についての濃いお話、また旅やご自身のことなど貴重なお話を伺いました。力強くて詩情にあふれた美しいお言葉と惚れてしまいそうな名言の数々にいざなわれ、『クレオールの花』の世界がもっともっと拡がります。


--- 学生時代にファドを歌い始めたのが歌手としてのスタートだと伺っています。周囲の同級生の皆さんはきっと流行りのポップスなんかを聴いていたんじゃないかなと思いますが・・・ 
松田さんはどのようにファドに出会い、どんなところに惹かれたのでしょうか。

変わった10代でしたね、ギリシャの友人に教えてもらったハリス・アレクシーウ、故メルセデス・ソーサだとか、ミルヴァとか、ジョーン・バエズ、アレサ・フランクリンなど世界のディーヴァが好きでした。ラテン語系統の言葉が好きだったんですが、学生時代、ブラジル人のお友達ができて、ポルトガル語にとても興味を惹かれたんです。
それから、ポルトガル語を勉強しようとCDを探したんですが、当時感傷的な10代だった私は(笑)、明るそうなブラジル音楽ではなく、哀愁漂う感じの古いアマリア・ロドリゲスのファド初期録音を買ってしまったんです。渋谷のHMVでした(出会いをありがとうございます!!) 。

それを聴いた時、ポルトガルギターの味のある音色と、アマリアの若かりし頃の声に衝撃を受けてしまいました。ラテン系の明るさもあり、ポルトガルの独特の陰影もあり、行き場のない燃える情熱と哀しみを(笑)どうやって表現したらいいんだろうと思っていた私は、これだ、と思いました。

--- その後は同じポルトガル語圏であるカーボヴェルデやブラジルにもいらっしゃったそうですね。1ヶ所にとどまらず活動の場を広げていくことでご自分の歌や考え方に変化はありましたか。何か大切なことに気づいた!というのがあればお聞きしたいです。

ポルトガルにいた頃は、ファドという音楽の中で自分の身の置き場に悩んでいたこともありました。ポルトガル人の中でどんなふうに私の「宿命」の歌(「ファド」は宿命を意味する)を歌うか、私の歌いたいことはファドの伝統的な形式では、すべて表現しきれないところがあったんです。音楽的にも感覚的にもどんどんブラジルやアンゴラ、カーボヴェルデの音楽とつながっていく毎日で、ポルトガル語圏で、自らつながっている世界を歌うことが私らしいと気づきました。
そして、世界を広げれば広げるほど、人間の歌うことは普遍的だな、場所や言語がどうであれ、一緒なんだなと思います。もちろん土地のグルーヴ、スタイルが豊かに根付いていますが、その心は同じ。歌うという行為が原始的であるように。だから、自分の歌も、無駄なものをそぎ落として、人生から生まれるものでありたいと思っています。

--- そういったご経験などから、松田さんは「とても前向きでアクティヴな女性」というイメージです。
自己分析をすると“松田美緒”という人はどんな女性なのでしょうか。

ラテン系です。情熱家です。ロマンチストです。おおらかだとよく言われます。大和撫子に憧れますが・・・。

--- 松田さんは旅のエキスパートでいらっしゃると思います。国内外問わず、好きな音楽に触れる旅をしてみたい!という方々におすすめの楽しみ方やスポットがあれば教えてください。

リオはもちろんのこと、ブラジルはやっぱりおすすめですね、どの街でも。
忘れられないのはレシフェのカーニヴァルですね。2回行きました。これはぜひおすすめです。マラカトゥの集まりに出た時、スピリットが身体に乗り移るんじゃないかというくらいの迫力に、涙がでました。町中で繰り広げられる多種多様の音楽を感じてください。
ギリシャの山の音楽も海の音楽も忘れられません。
ファドも、リスボン、アルファーマ地区であまり観光的じゃないお店でじっくり聴いてほしいです。
国内でもお祭りに行けば土地のグルーヴを身体中で感じますね。日本にはスウィングがないというけれど、佐渡島の太鼓なんかものすごいグルーヴです。沖縄はやっぱり素敵ですね。人々の生活から生まれる歌、どれも感動的です。浅草もおすすめです!大衆演劇、一度行ってみてほしいです。

旅は一期一会なので、感覚を研ぎすませていい地元の音楽を聴きにいってほしいです。旅と音楽の神様のご加護がありますよう!

--- いろいろな音楽を聴かれると思いますが、最近よく聴いているアルバムを教えて下さい。

ペルーのChabuca Grandaの『Tarimba Negra』やSusana Bacaの『Susana Baca』『Eco de Sombra』のサウンドが好きで聴いています。魔術のようなグルーヴがあります。Baden Powellの『Afro Samba』は今聴いても新しく、もの凄いですね。Hugo Fattoruso&Rey Tamborの『Emotivo』、エモーショナルです。Caetano VelosoとGal Costaの『Domingo』はいつ聴いてもいいです。

でもやっぱり一番聴いてしまうのが、新作『クレオールの花』です。なんだか癖になってしまいました。こんなに自分のCDを好きで聴くことは正直ないんですが。
皆さんも好きになってくれたらいいな。


--- ニューアルバム『クレオールの花』についてお伺いします。
今回はウーゴ・ファトルーソとヤヒロトモヒロさんとの共演ですね。ジャズのような、室内楽のような熟した音楽、その空間美にうっとりしました。お二人と一緒にやることになった経緯を教えて下さい。
共演していかがでしたか。

2007年にブエノスアイレスに1ヶ月暮らした時、ジャズフェスでウーゴのピアノを聴きました。そのとき、いつか必ずこの人のピアノで歌いたいと思いました。今まで探していた世界がそこにありました。狂おしい情熱とグルーヴがありながら、洗練され研ぎすまされ、知的で暖かい。求めていたものすべてが表現できると思いました。 
そして、2008年にヤヒロさんが「Dos Orientales」としてウーゴと日本ツアーをした時、ちょうど同じフェスティバルに出演することになり、共演が叶ったのです。ウーゴとは思った以上にぴったりきて、リハーサルで初めて一緒に歌ったときは、ファドの「難船」を演奏中に二人して泣いていました。ウーゴは、魂から歌を歌わせてくれる人です。
ヤヒロさんは、繊細さと大胆さを持ち合わせたパーカッションで、和音と色彩空間が広がって、一瞬で世界を見せてくれる芸術家です。

--- レコーディング期間自体は短く、ほぼ一発録音と伺いました。どんなレコーディングになりましたか。

レコーディングは、基本的に2日間でした。
一番元気だったのはやはりウーゴでした。いつでもエネルギーが落ちなくて、レコーディングをがんがん引っ張ってくれました。ウーゴは煙草をスパスパ吸って、私はちょこちょこお菓子食べて、ヤヒロさんはリラックスして(いたようでした)、録りました。ブースは別れていたのに、結局3テイクくらいフルで録って、いいのができたら採用というジャジーな録音でした。その時は無我夢中で、正直そんなに余裕はなかったですが、次は何が出てくるんだろうってワクワクしました。 
ライブもそうだけど、一度として似通った演奏にならない3人でした。

--- ウルグァイ、メキシコ、ペルー、ベネズエラ、アルゼンチン・・・今回はスペイン語圏の中南米の国の名曲を歌われています。歌と少ない音数のみという編成でも、その土地のリズムやグルーヴがしっかりと息づいていて驚きました!
選曲は全て松田さんがされたのですか?また、汎中南米という構想はいつ頃から、どのように膨らんでいったのでしょうか。

「クレオール」というテーマはずっと思い出せないくらい前からありました。ウーゴ&ヤヒロと共演してから、CDの構想が浮かんでいきました。
まず、ウーゴが教えてくれたArturo Zambo Caveroというアフロ・ペルー音楽を代表する歌い手のCDを聴いて衝撃を受けて、1曲覚えて歌ってみたらとてもぴったり合ったので、まずこれは入れようと思いました。ウーゴは実はとてもルーツを大切にする人で、いろいろなラテンアメリカのルーツ音楽を教えてくれました。しかもセンチメンタルな歌詞に涙するロマンティストです。私もそんなところがあるので(笑)ウーゴとだったら、こういう「こてこての」ルーツ音楽をまったく違った形で、でも本質を残しながらできるんじゃないかと思いました。
ウーゴのいいところをよくわかっているヤヒロさんの助言で、どっしり低音部の支えが欲しい2曲に、ベースの井野信義さんがゲストで入ってくれました。一曲一曲、どういうふうにしようかとヤヒロさんと話しあい、事前にイメージしたのも楽しかったです。

スペイン語は、ポルトガル語で歌う前はよく歌っていましたが、最近ウーゴを始め、ベネズエラのマンドリン奏者リカルド・サンドバルと共演を続けていたこともあり、より身近になっていました。ベネズエラのホローポもその凄まじいスウィングをウーゴに弾いてもらいたかったし、「サボール・ア・ミ」なんかのスタンダード曲も新しい感覚で歌いたかったし、「つばめ」は移民をテーマにした歌で、今回のコンセプトに合うと思いました。ラテンの愛に溢れた歌ばかり、中南米を網羅するようなレパートリーを作れるなと思いました。

(次項へ続きます)

ウーゴ・ファトルーソ、松田美緒、ヤヒロトモヒロ (L→R)



新譜松田美緒 / クレオールの花
母なる大地、ラテンアメリカと共鳴した美しい歌。
環大西洋圏を旅し歌い繋いできた歌手・松田美緒。ウーゴ・ファトルーソ、ヤヒロトモヒロとの凄腕最強トリオによる名作が誕生!メキシコ、ペルー、アルゼンチン、ウルグァイ・・・南米大陸各地の名曲たちが大胆に、色あざやかに咲き誇ります。書き下ろしオリジナル曲も絶品。
⇒ さらに詳しい特集記事はコチラ
profile

松田美緒 Mio Matsuda:
秋田生まれ、九州、京都育ち。
2003年からリスボンに住み、ポルトガルの大衆音楽ファドを歌う。2004年、 リスボンから大西洋を渡ってブラジルへ。ミナス・ジェライス州の音楽祭にポルトガル代表グループのヴォーカリストとして出演。また、大西洋にうかぶ諸島国カーボ・ヴェルデに歌手として滞在。ポルトガル語圏の歌を歌う歌手となる。
2005年、リオ・デ・ジャネイロにて、ポルトガル、ブラジル、カーボ・ヴェルデ をつなぐ大西洋の歌を綴った1stアルバム『アトランティカ』をレコーディング(2005年ビクター) 。プロデューサーのホジェリオ・ソウザと兄であるバンドリン奏者ホナウド・ド・バンドリンを招き、大阪、東京にてデビューコンサートを行った。
2006年、ブラジル北東部のリズムと物語をちりばめた2ndアルバム『ピタンガ!』を同じくビクターよりリリース。この作品で作詞作曲家としての才能を見事開花させた。
2007年、日本とブラジルの叙情歌を歌う3rdアルバム『アザス』をリリース。発売後の2007年秋には同作を共同プロデュースしたブラジル音楽の巨匠ジョアン・リラ(g)を日本に迎え、全国ツアーを行った。
2008年5月、3枚のCDの集大成として、ブラジル移民100周年記念アルバム『ルアール』をビクターよりリリース。11月にはブラジルのレシフェにて記念コンサートも行う。 同年、ブラジルにてジョナサン・ノシター監督の新作映画に出演。
2009年1月、アンサンブル・エクレジアのCD「巡礼の歌」レコーディングに参加。ガリシア語の中世の聖歌を歌う。また、ベネズエラのマンドリン奏者リカルド・サンドバルに招かれフランス・ツアーを実施。
8月、ウーゴ・ファトルーソ、ヤヒロトモヒロと、4thアルバム『クレオールの花』をレコーディング。2010年1月20日発売(オーマガトキ)。2010年1月には、リカルド・サンドバルに招かれ、ベネズエラ・ツアーが予定されているほか、2月末からはウーゴ・ファトルーソが来日し、『クレオールの花』発売記念ツアーをする。

在日地球人として、国境を軽々と越え続けるそのスケール感は圧倒的。ブラジル音楽、ファド、その他ポルトガル語圏やスペイン語圏の音楽の歌い手として国内外で活躍する彼女の、言語、ジャンルの垣根を超越した歌は各方面、そして世界中のミュージシャンから大きな注目を集めている。時間と時間、土地と土地を繋ぎ、人々の普遍的な感情を歌うこと・・・これこそが松田美緒がもっとも大切にしていることであり、その歌声には彼女の旅する様々な地域の魂が宿っている。