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「クラシック遺跡巡り」

Monday, January 26th 2009

連載 許光俊の言いたい放題 第158回

「クラシック遺跡巡り」

 年始にテレビをつけたら、やたらとピラミッドの番組をやっていた。昨今、多くの人々が遺跡や古代文明に興味を持っているようだ。
 クラシックの世界においても、今ほど過去への興味が強かった時代はないだろう。そもそも18世紀まで人々は新作を期待する一方で、過去の作品にはまったく関心を持たないというのが普通だった。だから、バッハもヴィヴァルディもモーツァルトもハイドンも、どんどん新作を作り続けたのである。それが「ちゃんとした曲を作るのは命を削るようなものなのだよ」という共通了解ができてきたのが19世紀。やがて新作ではなく、名作・傑作を聴きたがる風潮が徐々に強まっていった。
 演奏についても同様である。録音がない時代、ナマは唯一の鑑賞手段だった。細かいことをあれこれ言っていても始まらない。が、録音となると話は違う。どれでも好きなだけ再生して比較できる。いきおい、いいものと悪いものの区別がはっきりと意識されてくる。
 とにかく、過去の演奏がこれほどまでに復活させられている時代は今までなかった。現在より過去に興味があるというのは、明らかに生命力の枯渇だと私は思う。クラシックが本質的には滅びてしまった今、ミイラを発掘するような過去の名演探しはまだまだ続くのだろう。そして、やがては骨董趣味のようになっていくのかもしれない。

 まあ、そのおかげであれこれすばらしいライヴが発見されたり、よい音質で蘇ったりするわけではある。たとえば、テンシュテットがシュトゥットガルト放送響を指揮したブラームス交響曲第1番は、期待を上回るすごさ。
 テンシュテットは、癖があるというか、個性が強い指揮者である(もっともこんな言い方をするなら、あらゆる超一流の芸術家はきわめて個性が強いのだが)。それゆえ、すごいと思いつつも好きになれないとか、抵抗感を覚えるといったことも起きるに違いない。ムラヴィンスキーやフルトヴェングラーも同様だ。
 ここでのテンシュテットは、一見控えめだ。普通なら、強い個性の持ち主が自分を抑制した場合、よい結果が出ないのがほとんど。けれども、今回は違う。最初からして響きの密度、重量感が圧倒的。そのすさまじい響きが聴き手に向かって次から次へと押し寄せてくる。たとえるなら、小細工などまったくせずに、極上のトロをどうだとばかりにぶあつく切って出されたようなもの。
 こんな感じでブラームスの第1番をやれば、どうしたって過度に重たく、押しつけがましく、しつこく、ダサくなるものだ。しかし、やや速めのテンポで音楽がぐんぐん前進するので、そうはならない。
 第2楽章も同じくやや速めだから、匂い立つようなロマンティックな味わいが出てくるというものではない。が、芳醇な弦楽器が重なり合って動くときの美しさときたらどうだ。これぞドイツのオーケストラ、これぞブラームスと膝を打ちたくなる。これを聴くと、テンシュテットが西側に登場したとき、フルトヴェングラーをはじめとするいにしえの大指揮者の再来と騒がれたのも当然と思われる。
 最初から最後まで、緊張感は途切れず、一気に聴かされる。熱気溢れる壮年期ならではの名演奏である。

 ザンデルリンクのライヴでは、ウィーン交響楽団を指揮したハイドンとブラームスの1枚がいい。「驚愕」ではウィーンらしく特に弦楽器に優雅な趣がある。それでいて、こせこせしたところがなく、おおらか。
 ブラームスの第3番では第1楽章の4分半ばからあと、ふっと力を抜いて、静かにやさしく弾き進めていくあたりが、すばらしくいいと思った。まさにかすみが漂うような風情で、これこそ一朝一夕にはできない芸である。
 今回のザンデルリンクはくつろいでいる。だから、オーケストラがしゃかり気になって弾かない。その余裕ある雰囲気がたまらないのだ。緊迫した凄絶な演奏ももちろん大歓迎だけれど、こうした演奏も得難い。第3交響曲が、まるで第2番のようにリラックスした音楽として聞こえてくる。まったく生臭くなくて、空気のようなのだ。昔、田中康夫が「空気のようなカップル」という言い方をよくしていたが、ちょっとそんな感じかな。
 第2楽章終わりも、ねっとりしているのではなく、あっさりとしたロマンティシズム。適度な脱力ぐあいが絶妙だ。たなびくようなきれいさが楽しめる。第3楽章中間部も、さわると壊れそうなやわらかさ。

 以前このコラムで、フルトヴェングラーのレーザー復刻を褒めたことがあったが、今度出たブルックナーの第8交響曲も画期的だ。今までこの人のブルックナーはやたらとテンポが変わって落ち着きがなく、ヒステリックにさえ聞こえて、かなわないなあと思っていた。だが、驚くほどニュアンス豊かなこの復刻で聴くと、そのテンポの変化がそれほど唐突には聞こえないのだ。第2楽章の「トリスタン」みたいな陶酔美も堪能できる。これまで私は、しょせん音質に限界がある古い録音を大喜びで聴いてああだこうだと言っている人たちの気が知れなかった。あまりにも抜け落ちている情報が多く、それを無視して論じるなんて、たいそう無駄なことにしか思えなかったのだ。けれども、これだと段違いにナマの音が想像できる。最近は音質がよい復刻が増えてきたけれど、一見明快な音質のそれらと、このブルックナーを聴きくらべてみるといい。輪郭がはっきりとしているというどころではなく、音楽としての豊かさに格段の差があることに気づくはずだ。

 リパッティの小曲集は、なるほど切れがいい音質だ。特に最初に入っているバッハと、次のスカルラッティはすばらしい。ひたすら聴き入った。SP特有のサーサーいうノイズがあるが、そんなものを乗り越えて美しさが伝わる。それに何とも言えない神秘性。
 とはいえ、SPもいつの日かレーザー復刻がなされるときが来るのかもしれない。それを楽しみに待ちたい。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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Brahms (1833-1897)

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Brahms (1833-1897)

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"Dinu Lipatti Chopin, Liszt, Bach, Brahms, Ravel"

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