―― 今日はお忙しいところ、どうもありがとうございます!
いやいや、こちらこそよろしく!
―― では最初の質問ですが、まだあなたたちのことをよく知らない読者のためにも、まず、シミアン・モバイル・ディスコの成り立ちから今に至るまでのストーリーを教えて下さい。以前はシミアンというバンドにいたお2人ですが、バンドが解散して現在の形になり、その後どのように音楽的に発展してきたか、そしてファースト・アルバムを出すに至ったか等、教えていただけますか?
うんうん、OK、わかった。えーっと、まず、僕とジェイムズの2人は、シミアンとして活動する以前から、マンチェスターにある自宅のベッドルームで一緒にエレクトロニック・ミュージックを作っていたんだ。ご存知の通り、僕らはいわゆるインディ・ロック系のバックグラウンド出身で、色んなインディ・ロック系のバンドに在籍してたりしたんだけど、その後、サイモン(※シミアンのヴォーカル)と出会い、一緒にシミアンをやることになったんだ。
で、シミアンでは、当時僕らが関心を抱いていて実際に手掛けていたエレクトロニック系の音楽と、より若かった頃に惹かれていたサイケやフォークやロックとを融合させていた。シミアン自体は、ギターにベースにドラムスにキーボードっていう、よりストレートなロック的バンド編成だったんだけど、ツアーに出ている間、僕らの“エレクトロニックな側面”を表現するために、ライヴが終わった後、僕とジェイムズとでクラブに行って、DJをやったりしてたんだよ。大抵は、当時流行っていたエレクトロニックもの中心にね。で、シミアンが解散した後も、僕らは色々とパーティーとかを開催し続けたりしていて、リミックスなんかも手掛けるようになっていった。
当初、自分たちとしては、本職というよりはサイド・プロジェクト(副職)的に捉えていたんだけど、その後もそれがずっと続いていき、僕らもどんどんエレクトロニック・ミュージックにハマっていったんだ。そして(仕事が終わった後の)夜とか、週末毎に会ったりしながら、2人で活動を続け、一緒に曲作りをしていて。それが1年くらい続いて、何曲かたまった頃だったかな、ウィチタっていうレーベルが「アルバムを出さないか?」って声をかけてくれたんだ。その頃には、自分たちにはアルバム1枚分の曲が既に出来ているってことに気づいたんだよね。
―― なるほど、わかりました。ところで、SMDをダンス・ユニットと、ダンス・ミュージック・チームという捉え方をして問題ありませんか?
うん、全然問題ないよ! 曲作りをする時はいつも、ダンス・フロアのことが必ず僕らの念頭にあるしね。僕らの場合、普段は曲が仕上がる度に、即座にダンス・フロアでかけてみて、人々の反応を試してみてるもん。ていうか、曲が未完成のうちにかけることもあるし。曲がまだ作りかけだったり、断片しかできていない時点でも、それを自分たちのDJセットに紛れ込ませてかけてみたりして、フロアの反応を確かめたりするんだよ。だから、うん、ダンス・ミュージック・ユニットとして考えてもらって間違いない。
―― わかりました。さて話は変わりますが、あなたたちは以前、<Kitsune>よりシングルなどを何枚かリリースして、大きな盛り上がりを見せましたよね。
うん、何曲かあそこからサンプラーを出してもらったよ。僕らにとって、彼らは大きな助けになってくれたと思う。僕らは長年、フランスのダンス・ミュージックのファンだったんだ。というのも、フランスのシーンではすごく面白いことが起きてるだろ。<Kitsune>は特に傑出してたし、僕らもずっと大好きだった。あそこのは特有のサウンドをしてるんだよね。だからあのレーベルから作品を出せたことは、僕らにとっても大きなことだったよ。
―― <Kitsune>のどういった部分が今のシーンを牽引しているのだと思いますか?
<Kitsune>の非常に優れている部分の一つに、彼らがものすごく、非常に耳が早いところがあると思う。時代の先を行ってるんだよね。でもただ先取りするっていうだけじゃなく、あのレーベルは、自分たちがリリースするものに関して、ものすごくオープンマインドなんだ。新しい発想に対する偏見が全然ない。それがサンプラーにも表れてるんじゃないかな。『Maison』ていうコンピレーションのシリーズを聴いてもらえればわかると思うけど、あれって本当にごたまぜだろ? ポップもあればロックもあり、すごくタフなエレクトロものもあれば、めちゃくちゃヘンなものもある。そんな風に寛容なところが、彼らの強みなんだと思うな。