―インタビュー続き―
―― ここ最近の新世代たちのロックバンドやダンス・ミュージックのアクトたちが巻き起こしているボーダーレスな現象。それが例えばテムズ周辺のサウンド、テムズビートだったり、ニューレイヴだったり、あるいはジャンルレスに広がってるエレクトロだったりすると思うのですが、あなたはそうした現在のシーンの様相をどのように捉えてますか? そこにSMDはどんなアイデアを提示していると言えますか?
今のシーンで起きている現象については、僕としても個人的に、素晴らしいことだと思ってるよ。異なるスタイルの音楽を融合し合うことを人々が怖れていないというか、ジャンルというものを定義すること自体、すごく難しいってところまで行ってるよね。ロックとダンスの境界線をどこに引くかということすら難しかったり、そのどちらにも属さないバンドだっているし。そしてどのジャンルに属せばいいのか、本人たちもわかってなかったりするんだ。それぞれが独自のことをやってるわけだから。そういったことに僕は一番興味を惹かれるし、また彼らには、どこか特定のジャンルのシーンに落ち着いてほしくないと思ってるよ。
たとえばジャスティスと僕らとだって、イヤというほど違ったタイプの音楽をやってるのに、それを一緒くたにして扱おうとする動きもあるだろ? そうしようとする人々がいるのは、なぜかと言うと、僕らがお互い両方とも、従来型のよりピュアな音楽のどれにも当てはまらないことをやっているからさ。だから僕としては、SMDがこれまでにないような、何か新たな音楽の道筋を提示できたらいいなと思ってるよ。
―― なるほど。とは言え、『Attack Decay Sustain Release』に収録されているのは、いわゆるダンス・ミュージック的なフォーマットの楽曲が多いですよね。ただ非常にコンパクトかつキャッチーに作られていて、まるでパワーポップ的な何度も楽しめる聴き心地すら感じさせる素晴らしい作品に仕上がっています。そうしたテーマは今作にありましたか?
正直に言うと自分では、このアルバムがポップだと思ったことは今までなかったなぁ。実はこのアルバムに収録されている曲の大半は、元々、大体7分から10分の長さがあったんだよね。
―― え、そうだったんですか!
うん、クラブ仕様というか、長いイントロが付いていたり、色んな展開があったり、アウトロも冗長だったりして。そういう形でまず作ってみて、自分たちで聴き返してみた時に、全部聴き通すのがホント大変だったんだよね。長々しいイントロとかアウトロとか、実際に聴いてみたら、あんまり面白くなかったんだよ。聴いてて楽しめなかった。違った曲をくっつけて混ぜ合わせるとかってことも、僕らはしたくなかったしね。それってやっぱり、僕らが昔ロックが好きだったっていう背景と関係が深いんじゃないかな。アルバムってものは、もっとコンパクトかつバラエティに富んだものであるべきじゃないか、って感じてさ。とにかく短いほうがいいよ、ってね。
もし、アルバムに入ってる10曲が全部10分の長さだったりしたら、ほんと、マジで長過ぎて、一気に全部聴き通すなんて無理だよなぁ、と思ってさ。1曲1曲を、エレクトロニック・トラックというより、ロック・ソングっぽくしたいって考えたんだよ。そして余計なものを剥ぎ取り、余分な所を削って削って削りまくり、もうこれ以上削る部分なんてないって所まで行った。その“削る”っていう作業が、やっててすごく楽しかったんだ。最も効果の高い、 最も剥き出しの形にまで削り倒したかったし、そうしてみて本当に良かったと思う。
とはいえ、そう言いつつも、ロング・ヴァージョンの方も、DJ用に欲しいっていう需要があるかと思い、長いまま残してあるんだ。いつかそっちもリリースするかもしれない。でもアルバムに入れるには間違いなく、ショート・ヴァージョンのほうが絶対ふさわしいと言えるね。
―― 本作では、メロディはもちろんビートからも独特のポップネスが感じられます。これは何によるものなのでしょうか?
うーん、自分でもわかんないけど(笑)、もしかしたらそれは、僕らがポップ・ミュージックも好きだってことに起因してるのかもしれないな。と言っても、僕らがあらゆる種類のポップ・ミュージックを聴いてるって意味じゃないけどね。普段はメインストリームの音楽を流すラジオ局ですらめったに聴かないし。ただ僕の場合、曲を聴いたりとか、例えばレコード店に出かけたりした時にも、ポップ・ミュージックのセクションを避けたりすることはないんだ。それが“ポップ”と呼ばれているからと言って、避ける理由にはならないと思ってる。“ポップ”と呼ばれる音楽の中にも、偉大な曲はいくらでもあるからね。“ポップ”にジャンル分けされてるからというだけで、DJたちに価値を認められていない素晴らしい曲はたくさんあるんだ。だから、うん、確かに僕らは、ポップに対する怖れはないな。
ただ“ポップ”というのが“使い捨ての音楽”を意味する場合には、“ポップ”というレッテルを貼られるのは嫌かも?とは思うけどね。メインストリームのラジオでかかってる曲にはそれほど良くないものも多いから、そういうのと一括りにされて“ポップ”と呼ばれたら、抵抗を感じるかもしれない。でも当然のことながら、僕らとしては、自分たちの曲は取っ付きやすいものであってほしいし、ストレートに人々の心を掴むような、わかりやすいものにしたいと思ってるんだ。そういうところに、僕らのポップネスの源泉があるんじゃないかな。うん、確かに僕らがポップであるということは否定できないね。
―― 90年代のダンス・アクト、例えばケミカル・ブラザーズやプロディジーたちにもこうしたビートのナチュラルなポップネスがありましたが、彼らに対してシンパシーは感じますか?
そうだなぁ、彼らのことは個人的には知らないから、人としてシンパシーを感じるかどうかは言えないけど、音楽に関して言えば間違いなく、ケミカル・ブラザーズにしてもプロディジーにしてもオービタルにしても、僕が大学生だった頃、いや高校生の頃から、本当に重要な存在だったんだよ。彼らのことは、みんな尊敬してた。「うわ、どうやったらあんなことができるんだ?」ってね。だから、うん、そうだね、彼らの音楽を聴いたり、彼らのライヴに行ったりして、「すげえ!」って思った時のあの感覚は、いまだに僕の心の中に焼きついているんじゃないかな。