「夏はクレンペラー」
Tuesday, August 16th 2011
連載 許光俊の言いたい放題 第197回「夏はクレンペラー」
いよいよ酷暑の毎日になった。こうなると、例年、特に昼間はあまり音楽を聴く気が起きず、聴くとしてもバロックが多くなる。だが、今年は珍しくベートーヴェンの交響曲全集を快適に聴いた。クレンペラー指揮フィルハーモニア管のライヴ録音だ。私は決してクレンペラーの熱心な支持者とは言えず、独特のおもしろさは認めつつも、果たしてあの解釈が19世紀音楽の演奏として正しいのか疑問を持ち続けてきた(「正しい」と「魅力がある」はまた別の問題だが)。また、一番普通の、フィルハーモニア管とのEMI録音が、本当にあんなバランスでオーケストラが鳴るものか疑わしかったのもクレンペラーを積極的に聴きたくならない理由のひとつだった。
ところが、同楽団とのウィーン公演録音は、ライヴであるだけにウソっぽくなく、ミスや不具合が少なからずあるにもかかわらず(腕っこきを集めたというフィルハーモニアだが、ナマでは意外にヘタだったのだ)、快適に聴けるのである。ライヴであってもスタジオ録音みたいに各パートが明晰に分かれて聞こえるバランスには、やはりこれがクレンペラーの音なのかと思わされた。何より、前後関係の際立った明快さが心地よい。ベートーヴェンの曲はこうやってできているんだよと教えてもらっている気がしてくる。感情移入や熱狂を拒否した、透明感があり説明型の演奏が、酷暑のときにはうっとうしくなく、文字通り風通しのよさを感じさせる。EMIの盤だとこうは聞こえず、むやみと重厚な感じが強調されるのはなぜだろう。
余談ながら、私が日本のオーケストラや演奏家に対してほとんど常に決定的に物足りない思いを抑えられないのは、前後関係がまったく意識されておらず、今出ている音にしか奏者の注意が向いていない点だ。その音ひとつだけを聴けば、確かにきれいな音かもしれない。だが、どの音からその音がやって来て、これからどうなって行くのかという流れがまったく感じ取れないことがほとんどなのだ。さらにはもっと大きな時間的な単位ではどうなるかなど、皆目わからない。役者の発声練習ではないのだから、ひとつひとつの音がはっきりしているだけでは困るのである。いくらミスがあっても、音楽の全体的イメージが揺るがないこのクレンペラーを聴けば、その差の大きさには改めて呆れるしかない。
かつてはよく「楽譜が目の前に見えるような演奏」という褒め言葉が使われた。クレンペラーのベートーヴェンはその最たる例である。だが、目の前に楽譜が浮かぶだけの演奏は、実はダメなのだ。クレンペラーの演奏は、楽譜が見えるのと同時に、その楽譜がどのように書かれていったかという時間的経過を追体験させる。すぐれた演奏とはそうでなければならないし、実際、チェリビダッケもクライバーもそういう演奏をしている。
もうひとつ余談ながら、先日、猛暑にうんざりしつつ、横浜の県立音楽堂で大野和士のレクチャーコンサートを聴いた。ピアノを弾きながら、レオンカヴァッロとプッチーニの「ボエーム」を解説したのだが、もちろんプロのようなピアノではないけれど、譜面づらそのものではなく、音楽のイメージや構成を伝える点ではきわめて雄弁かつ適切な演奏だった。単に指が動けば立派な音楽ができあがるわけではないのだ。改めて大野の実力に感心させられた。最近、大野のコンサートは異常な人気で、売り切れは当たり前、定価をはるかに上回る額でやりとりされているのも仕方ないのかもしれない。
ところで、ピアノといえば、ようやく拙著『世界最高のピアニスト』(光文社新書)が完成、出版された。手に取れば一目瞭然、私がひいきする演奏家がズラリと並べられている。かつては自らも指揮する金子建志氏が次々にオーケストラ曲の解説本を発表し、マニアを狂喜させた。ピアノのほうでは青柳いづみこ女史が、軽快にして洗練された文体で、これまた演奏家の視線を交えた著作を次々に発表している。最近ではグールド論も出した。
そういうおもしろい本があれこれある中で、私の立ち位置はきわめてはっきりしている。「ひたすらお客さん」路線である。演奏家がどんな苦労をしようが、工夫をしようが、どうでもいい。とにかく、買ってきたCDから聞こえる音、ホールで聞こえる音がすべて。それをできるだけわかりやすく書く。「あの店に行ったら、あれを食べるといいよ」という情報が主目的だ。
グールドなどは特にひかれる音楽家でもあり、もっと詳細に書きたい気もだいぶしたけれど、新書とは、まず第一に電車の中でも手軽に読める一般向けの内容であるべき、というのが私の区切り方。なので、その方向性で貫徹した。もっとも、うしろのほうでは、有名ピアニストを容赦なく次々と切り捨てたので、マニアにはそこがおもしろいかもしれない。
ある意味、「ピアノ嫌いのためのピアノの楽しみ方」かもしれない。その理由は、クレンペラーについて言ったこととも重なる。私は、ピアノの音をたくさんハデに鳴らして喜んでいるタイプの演奏家が嫌いなのである。これこそまさに、青柳いづみこ風に言えば、指の快楽に耽っている「その場の音に熱中」型演奏であることが多いのだ。グールドはピアノは30分で教えられると言った。アファナシエフはピアノ練習より小節を書くほうを好む。ピリスは1日3時間以上の練習は必要ないと言っている。ピアノの音に溺れないそんな種類のピアニストが、私の琴線に触れるのである。より大事なのはピアノではなく、音楽なのである。「論語読みの論語知らず」ではないが、「ピアノ弾きの音楽知らず」では困るのである。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Complete Symphonies : Klemperer / Philharmonia, Lipp, Boese, Wunderlich, Crass (1960 Vienna)New Digital Restorations 2011 (5CD)
Beethoven (1770-1827)
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参考CD
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Import Complete Symphonies : Klemperer / Philharmonia, Lipp, Boese, Wunderlich, Crass (1960 Vienna)(5CD)
Beethoven (1770-1827)
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(tax incl.): ¥3,054Release Date:19/January/2011
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生きていくためのクラシック -世界最高のクラシック 第2章 光文社新書
MITSUTOSHI KYO
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Release Date:October/2003
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