CD 輸入盤

交響曲第1番『巨人』、第2番『復活』 ケーゲル&ライプツィヒ放送響(2CD)

マーラー(1860-1911)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
SSS0030
組み枚数
:
2
レーベル
:
:
Europe
フォーマット
:
CD

商品説明

・マーラー:交響曲第1番ニ長調『巨人』

 ライプツィヒ放送交響楽団
 ヘルベルト・ケーゲル(指揮)

 録音時期:1978年5月9日(ステレオ)
 録音場所:ライプツィヒ、コングレスハレ(ライヴ、拍手入り)

・マーラー:交響曲第2番ハ短調『復活』

 ライプツィヒ放送交響楽団
 ヘルベルト・ケーゲル(指揮)

 録音時期:1975年4月15日(ステレオ)
 録音場所:ライプツィヒ、コングレスハレ(ライヴ、拍手入り)



許光俊 著「生きていくためのクラシック」
補章「これを聴きもらすのはもったいない!」より


マーラー 交響曲第1番「巨人」、第2番「復活」(ライプツィヒ放送響)

「巨人」は1978年のライヴ録音である。ケーゲルはのちにスタジオ録音の「巨人」も制作したが、このライヴのほうがはるかに上出来だ。
「巨人」は、ほとんどの場合、若々しく颯爽と演奏される。が、ケーゲルの演奏はまるで違う。響は透明で、澄んでいて、旋律の歌い方はベタベタしないで清潔で、何か物悲しくなるほど美しい。これほどまでに「巨人」を気品をもって演奏した例は皆無だと思う。
 第1楽章の開始部は、霧のような音楽である。普通は、その序奏部が終わると、太陽が昇って朝が来たとばかり、快活な音楽に移るのだが、ケーゲルだと、音楽はまるで明るくならない。なるほど薄日は差すが、所詮薄日。何かの拍子にたちまち陰ってしまう冬の太陽のようだ。この音楽は、まだ若いマーラーの不安と希望が写り込んだ作品である。普通は、青春の嵐とばかり、エネルギッシュな面が強調されるが、ケーゲルが指揮すると、不安感が強い。
 第2楽章の中間部は、まるで懐古しているかのような寂しい風情だ。第3楽章の中間部も、不思議な静けさを持っている。
 フィナーレのゆっくりした部分、特に10分過ぎあたりは、もはや神秘的というか、異界に足を踏み入れたというか、常ならぬ雰囲気だ。続く11分30秒あたりからは、特に忘れがたい。とても美しい。そしてとても悲しい。だからいっそう美しい。よけいに悲しい。聴いていて自然に頭が垂れてくるような音楽である。
 総じて、すべてがあまりに明瞭なのに現実感がないというような、何か夢を見ているような気配がするのがユニークである。
 マイク位置の関係か。ケーゲルが音楽と一緒に歌っているのがよく聞こえるのも、感興を高める。
「復活」は1975年に演奏されたもの。おもしろいことに、演奏の傾向は「巨人」と大きく異なる。第1楽章は最初のうちこそくっきりとした明快な演奏が行われているが、徐々に興奮してくるのだ。テンポの緩急のコントラストが極度に強まり、10分過ぎあたりからはグロテスクな趣が濃くなる。こういったところが、ライヴならではのおもしろさで、オーケストラの響きが俄然ドラマティックになってくるのだ。13分あたりからはバーンスタインも真っ青の熱血漢ぶりで、超快速テンポの異常世界に突入する。
 その後の楽章も油断ならない。荒々しさと濃厚な情感が隣り合わせになり、一発勝負的な思い切った表現があちらこちらに見受けられる。
 当然、フィナーレもきわめて劇的に開始され、最後の合唱を伴った圧倒的な高揚へと至るのである。もっとも感動的な「復活」演奏のひとつと言えよう。

総合評価

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投稿日:2020/01/02 (木)

この「復活」は凄いです。後半になってトランペットがバテてしまって、ハラハラします。でも白熱のライブ。最後の合唱の盛り上がりは凄く、特にソプラノのElisabeth Breulが素晴らしい。あとやっぱケーゲルは合唱物にとりわけ長けていたと思う。 しかし望むべくは音質!頼みますからリマスターしてくだい!音質の改善余地がかなりあるのが残念です!

水カステラ さん | 神奈川県 | 不明

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投稿日:2014/03/29 (土)

許光俊氏の言う第1楽章の「不安」という言葉に興味を持ち、聴いてみた。なるほど、冒頭から3分ほどした辺りの雰囲気が他の演奏とずいぶん印象が違う。この不安な気分はなんなのだろう。他の演奏も確かに同じ旋律が展開しているのだが、ケーゲルはあえて弦を前面に出している。ケーゲルBoxに入っていたスタオ録音も同じ展開である(Liveの方が弦が強く、不安な気分になる)。このケーゲルの解釈を聴くためだけにこのCDを手に入れても決して損はないだろう。楽曲全体を通してもユニークで、巨人のお奨め盤の一枚になった。良い。

爺さん さん | 千葉県 | 不明

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投稿日:2013/09/27 (金)

カラヤンと対比させKegelを正統の音楽の中心舞台に引き出そうとした宮下誠は、彼を「死にたくなるような音楽」という定義に閉じ込める積りはなかっただろう。 大衆的中流の時代感に漂い、その耳に心地良い「上質感」が、時代に叶ったクラシック音楽であるかのように日常に堕した皮相な演奏の手垢の中から、芸術が本来持っている高貴と純潔を救い出す試みに挑んだ筈である。純粋性急な正義感のために、批判の矢に命を絶った宮下誠の無垢と才能が惜しまれる。楽譜と演奏の間にあるべき姿を現した吉田秀和の音楽評論の部屋から歩き出し、次の扉を開いたかもしれない青々とした才能だった。本質を「言い当てる」的確な表現能力と洞察に加え、短兵急な情熱に駆られつつ、音楽が持つ品格への愛着・回帰の憧憬があった。 Kegelの音楽を観念的に「異様性」の枠に閉じ込め、その溢れる才能と可能性に正当に光をあてず、通念的な演奏評に安住する傾向が僕は嫌いだ。固定観念や旧弊な先入観から手垢のついたレッテルをはがし、才能に満ちた感受性を蘇らせることが大切だ。いかなる休符も歌い尽くすKegelの「巨人」「復活」が、標準的な感性から如何に隔たっているかを評するのではなく、この類まれな感性から刻々と繰り出される切実な瞬間の連続が、遂には比類無き必然性に満ちた頂点に到達する瞬間を味わい尽くすことに真価がある。ワルター、クレンペラー、クーベリック、テンシュテット、メータ、ラトル、などの歴史的名演はいづれも時代を画する素晴らしい遺産に間違いない。しかし、巨人第4楽章の第二主題、Kegelがテンポ崩壊の突端に不安定なエッジを立て大きな拍のうちに刻む乾坤の叙情は、匹敵するものがない。常識に囚われずリスクに挑む彼にしか掴み取れなかった美であり、信念に満ちた意思だけが放つ説得力だ。まるで彼の人生そのものの凝縮のようだ。

ドレクスラー さん | 神奈川県 | 不明

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人物・団体紹介

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マーラー(1860-1911)

1860年:オーストリア領ボヘミア、イーグラウ近郊のカリシュト村で、グスタフ・マーラー誕生。 1875年:ウィーン楽友協会音楽院に入学。 1877年:ウィーン大学にてアントン・ブルックナーの対位法の講義を受講。 1883年:カッセル王立劇場の副指揮者に就任。 1885年:『さすらう若人の歌』を完成。プラハのドイツ劇場の

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