CD

チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』、ムソルグスキー:禿山の一夜 アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団

チャイコフスキー(1840-1893)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
TBRCD0050
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
日本
フォーマット
:
CD

商品説明


チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』(2012)、ムソルグスキー:禿山の一夜(1999)
アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団


謎の指揮者として存在すらも怪しまれたナヌート。しかし日本では紀尾井シンフォニエッタへの3度の客演で幻どころか今や最後の巨匠と呼んでも過言ではないほど骨太の名演で大評判を得ました。1932年にスロヴァニアのゴリツァ出身、第2次大戦時はイタリア領となった土地で、イタリア語で若年の教育を受けました。バレエ、オペラの指揮から交響楽団の指揮に進んだ典型的な叩上げタイプ。一つのオーケストラと長く仕事をする土地に同化した指揮者です。野武士の風格とでも呼びたいゴツゴツとした風格あふれる名指揮者です。

ナヌートは「尊敬する指揮者は?」という問いに、ワルターとマタチッチを挙げます。手触りの粗いゴツゴツした構えの音楽づくりはなるほどマタチッチとの共通項もあります。(ライナーノートより)
2012年9月、ナヌートは80才を祝うコンサートを行った。その直後に行われたスタジオ・セッション録音である。コンサートでも演奏された「悲愴」交響曲は、正にナヌート畢生の名演奏と言えよう。まるでライヴ録音のような高揚感が漲っている。第1楽章が20分を超える。目一杯遅い。ここでナヌートは十分な感情移入をしてみせる。冒頭の低弦の神経の張り詰めた、しかし絶望感の漂い方、ここは凄い。ヴァイオリンなどまるで人の声の様に切実である。
 日本語・英語解説付。(輸入元情報)

【収録情報】
1. チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調 op.74『悲愴』
2. ムソルグスキー/リムスキー=コルサコフ編:交響詩『禿山の一夜』

 スロヴェニア放送交響楽団
 アントン・ナヌート(指揮)

 録音時期:2012年10月4日(1)、1999年5月17日(2)
 録音場所:スロヴェニア
 録音方式:ステレオ(セッション:1 ライヴ:2)


【評論家レビュー】
連載 許光俊の言いたい放題 第255回『去る人、来る人』より

 意外な人が意外な脚光を浴びるものである。
 たとえば、アントン・ナヌート。CD普及期に「ナヌット」の表記で大量に廉価盤が発売された指揮者。そのころの演奏は話題にもならなかった。もっぱらスロヴェニアで仕事をしているらしかったが、来日するまでは実在するかもわからない謎の指揮者だった。
 しかし、昨今、この人に心酔する人がいるのだ。特にナマがすばらしかったと。
 ほんとかね、そう疑わしい気持ちで聴き始めた「悲愴」は確かによかったのだ。
 第1楽章は20分を超える。しかし、おれは遅いテンポでやるぞという自意識などまったくない。淡々とすんなり。大きく息を吐いて吸って・・・という、せっかち系・あおり系チャイコ演奏の対極。弦楽器は弓をいっぱいに使って歌う。むろんイタリア風になるはずもなくて、重心は低い。木管楽器のソロが、時々ドヴォルザークみたいな色になる。それはそれで美しい。総奏での雄大な、しかしどこか柔らかい響きが魅力的だ。
 第2楽章もおおらかだ。私はティーレマンがこの楽章を指揮しているときに、この5拍子のワルツがなんと優雅かつグロテスクであるかを教えられて慄然としたことがある。そんな特別な演奏ではない。ここの部分の転調はもうちょっと強調したほうが・・・とか思うところがないわけではない。よくも悪くも、楽譜に対して無防備なのだ。
 こういう行き方だから、当然フィナーレがよい。これでもかと押し迫ってくるような強さはない。這いつくばるように絶望的なわけでもない。しみじみとやさしい。厚みはたっぷりあるが、決して量感を誇るようなことはない。低弦が的確に音楽の土台になっている。
 なぜかはわからないが、私はこれまで聴いたどの演奏よりも、というより初めて、フィナーレとしてこんな楽章を書いてしまったチャイコフスキーの心境を想像させられた。こんな交響曲の常識から外れたフィナーレを思いついてしまったとき、彼はどんな気持ちになったのだろう。そして、それを本当に作ってしまったとき、紙に書きつけてしまったとき・・・。呆然としたのではないか。私が「悲愴」を初めて聴いたのは12歳のとき。それから40年して初めてそんなことを想像したのだ。
 徹底的な解釈や練習の末にこんな演奏が生まれたわけではあるまい。どこかピントの甘いところがある。だけど、嫌な感じがしない。だって人間だもの、と鷹揚な気分にさせられる。皮肉ではないですよ。
 不思議な演奏だ。これを私はもう5度は聴いた。圧倒的とか、必聴とか、刺激的とか、そういう言葉をかぶせるつもりは全然起きない。なのに、聴くと音楽を味わえる。
 こういうのを昔どこかで聴いたっけと記憶の中をまさぐってみた。たとえば、コシュラーとスロヴァキア・フィルがそうだった。技量的には十分なハイクオリティに達していないところもある。が、聴いていて幸せな気持ちになる。間違っていない演奏を聴いたという満足感が残る。
 とはいえ、もはやナヌートはこの世の人ではない。今年、2017年の1月に鬼籍に入っている。この「悲愴」は80歳記念で演奏されたものという。
 もしかしたら、19世紀末にチャイコフスキーの頭の中で鳴った音楽は、こんな感じではなかったか。少なくとも彼がムラヴィンスキーやチェリビダッケのような「悲愴」を想像していたとは思えない。ああいう演奏は、演奏芸術の極致で、作曲家のイマジネーションとは別のところの問題である。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

ユーザーレビュー

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ナヌートさん80歳の時のスタジオ録音だそう...

投稿日:2017/12/23 (土)

ナヌートさん80歳の時のスタジオ録音だそうだ。同時発売のシューマンに比べると録音状態、オーケストラの安定感、ともに上々。チャイコフスキーはあわてず騒がず、ゆったりとしたおおらかな音楽の運びが魅力。重厚感にも不足はないが、演奏の見通しがいいので過度に重苦しくなったり、深刻ぶったりはしない。表面的にはさらっと流した演奏のようでいて、ベテランならではの円熟味がそこかしこに聞こえるような録音といえようか。ムソルグスキーはライブ録音だそうだ。

ROYCE さん | 神奈川県 | 不明

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人物・団体紹介

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チャイコフスキー(1840-1893)

1840年:ロシアのウラル地方ヴォトキンスクで鉱山技師の次男として誕生。 1859年:法務省に勤務。 1861年:アントン・ルービンシュタインが設立した音楽教室(1962年にペテルブルク音楽院となる)に入学。 1863年:法務省を退職。 1866年:交響曲第1番『冬の日の幻想』初演。初のオペラ「地方長官」を完成。 1875年:ピア

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