ショスタコーヴィチ(1906-1975)

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SACD 輸入盤

交響曲第4番、第10番 ミハイル・プレトニョフ&ロシア・ナショナル管弦楽団(2SACD)

ショスタコーヴィチ(1906-1975)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
PTC5186647
組み枚数
:
2
レーベル
:
:
Holland
フォーマット
:
SACD
その他
:
ハイブリッド,輸入盤

商品説明

清新さを際立たせたプレトニョフによる
ショスタコーヴィチの交響曲第4&10番!


SACDハイブリッド盤。ロシア・ナショナル管弦楽団によるショスタコーヴィチの交響曲全曲録音シリーズ。当ディスクではミハイル・プレトニョフ指揮で交響曲第4番と第10番が収録されました。
 1978年に行われたチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門の覇者であるミハイル・プレトニョフ。自ら私財を投じ、財団や企業など様々なスポンサー獲得に奔走し1990年にロシア初となる民間出資のオーケストラとなったのがこのロシア・ナショナル管弦楽団です。楽団員の水準の高さと意欲に満ちたこのオーケストラは1990年11月のデビュー公演で大成功し、以後本拠モスクワでの定期演奏会に加え世界各国で目覚ましい活動を続けております。
 ショスタコーヴィチの交響曲全15曲中、特異な謎に包まれた存在の第4番は彼の交響曲の中では最大の編成で134名を必要とします。聴き込めば聴き込むほど味わいが深まり、その都度何かしらの発見がある含蓄が深い作品。3楽章制というのもショスタコーヴィチには初めての試みで各楽章の構成は独自なもの。マーラーからの引用を含め、マーラーからの痕跡が明瞭です。ことに第3楽章ラルゴ−アレグロでは葬送行進曲風な楽想から一転して軽妙な楽想が導入されコミック・バレエの情景音楽のようなおしゃれなムードを盛り上げます。3つの楽章がA-B-A’といった三基型を感じさせ、全楽章とも弱音で終わるのが極めて特徴的です。
 1953年に作曲された第10番はイニシャルから取ったDSCH音型が重要なモチーフとして使われています。スターリン体制が終焉し解放されたショスタコーヴィチ自身を表現しているのではないかとも言われている作品です。澄明な美しさを引き出すのに長けたプレトニョフは清新さを際立たせた演奏が印象的です。
 演奏の素晴らしさはもちろんのこと、PENTATONEレーベルが誇る技術チームによる録音で、DSDレコーディング技術で収録されたマルチチャンネル対応の極上の高音質録音を楽しむことができます。(輸入元情報)

【収録情報】
ショスタコーヴィチ:
● 交響曲第4番ハ短調 Op.43 (1936)
(I. 33:56/ II. 10:11/ III. 30:36 = 74:47)
● 交響曲第10番ホ短調 Op.93 (1953)(I. 24:21/ II. 4:34/ III. 14:30/ IV. 14:14 = 57:43)

 ロシア・ナショナル管弦楽団
 ミハイル・プレトニョフ(指揮)

 録音時期:2017年2月9-16日
 録音場所:モスクワ、第2フィルハーモニア
 録音方式:ステレオ(DSD/セッション)
 SACD Hybrid
 CD STEREO/ SACD STEREO/ SACD 5.0 SURROUND

収録曲   

ディスク   1

  • 01. Symphony No. 4 in C Minor, Op. 43
  • 02. 1. I. Allegretto poco moderato - Presto 00:33:56
  • 03. 2. II. Moderato con moto 00:10:11
  • 04. 3. III. Largo - Allegro 00:30:36

ディスク   2

  • 01. Symphony No. 10 in E Minor, Op. 93
  • 02. 1. I. Moderato 00:24:21
  • 03. 2. II. Allegro 00:04:34
  • 04. 3. III. Allegretto 00:14:30
  • 05. 4. IV. Andante - Allegro 00:14:14

ユーザーレビュー

総合評価

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静謐な風が吹き抜けている交響曲の世界 そ...

投稿日:2018/09/10 (月)

静謐な風が吹き抜けている交響曲の世界 それはショスタコーヴィチの心象風景であった だから恐れた すでに総練習に入っていた第4交響曲初演を中止したのは身を守るため ファシズムの嵐へ晒すにはあまりに危険だった 四半世紀後世に出た交響曲への理解や共感を得るのは難しかった 今でも最も演奏頻度の低い一曲だ だがこれがショスタコーヴィチの本然の姿なのだ 大きく長い影を曳いて去った後ろ姿をいつまでも見つめていられるのは誰だ プレトニョフ&RNOの知的な爽演が聴ける 第10番も権力からの批判を躱す意図を持って書かれたと伝えられるが 時を経て煙に巻く知恵を得たようだ その筋も突っ込みどころが分からない難解さで乗り切った 作品としては掴み所がない 全曲の半分近くを占める第1楽章など一つのモチーフを繰り返しているだけで発展も展開もない 第2楽章は演奏不能な速度を要求する 肝心のFinaleは尻切れ蜻蛉に喩えられる 全体は堂々たる体躯を見せながら存在感を残さない風貌とでもいうのだろうか 不思議な交響曲だ わたしにはDSCHの登場を待つまでもなく「私はショスタコーヴィチ以外の何者でもない」と宣言しているとしか聞こえない ペンタトーンによるロシアNOのショスタコーヴィチ・シリーズは12(14)年を用しても完結しない 残る2,3,12,13&14番は果たして聴けるのだろうか 派手な仕掛けや脅しを使わないこの本質を突いた演奏を おなたも如何 

風信子 さん | 茨城県 | 不明

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ショスタコーヴィチ(1906-1975)

「わたしの交響曲は墓碑である」という“証言”の中の言葉によって象徴されるショスタコーヴィチの音楽と生涯への価値観の変質は、今もって盛んな議論と研究、演奏解釈によって再認識過程の最中にあるとも言えますが、作品によってはすでに演奏年数も75年に及び、伝統と新たな解釈の対照がごく自然におこなわれてきているとも言えそうです。 圧政と戦争の象徴でもあったソビエト共産主義社会の中に生き、そして逝ったショスタコ

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