HMVインタビュー: PSYCHOGEM
2009年4月7日 (火)
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PSYCHOGEM プロフィール |
10代後半、ロックをこよなく愛していたがACID HOUSEにあえなく撃沈。 さらなる刺激を求め1990年セカンドサマーオブラブ後期に渡英。 Moistでの衝撃が引き金となりDJを目指す。 帰国後、芝浦GOLDの企画室で働く傍らDJ活動をスタート。 同時期、Malawi Rocksの初期メンバーでもあった。 1995年、拠点を群馬へと移し、定期的にパーティーをオーガナイズ。 国内外ゲストDJを積極的に群馬に招く。 DJ、オーガナイザー、トラックメイカーとしてマルチに活躍する鬼才。 どんな場面にも対応できるその長年のキャリアと経験を生かした、予測不可能、 変幻自在なプレイスタイルで今尚多くのパーティーピープルを虜にしている。 2007年、井上薫主催のSeeds and GroundからリリースされたECHOA/Just a Lost Dog(12inchシングル)にリミックスを提供。 KAORIミニアルバム『In My Head』ではSADEのカヴァーをプロデュース。 2009年、PSYCHOGEM名義でニューレーベル "ene" よりデビューアルバム『NU BALANCE』をリリース!
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「長い年月をかけて真剣に取り組んできた物事がかたちになるなんていう幸せはこの先もう味わえないんじゃないかと思うのですがやはり実感がないんですよね。」
PSYCHOGEM こんな答えもどうかと思うのですがじつはあまりピンときていないんです。 もちろんうれしいはずなのですがいまだ実感がないので感想がでてきません。 アルバムリリースの話がでてから6年経ったのですが 音楽制作を始めたところからブランクも含めて数えると18年くらい。ながいですね(笑) ぼくがAKAIのサンプラーをいじり始めた年に生まれた赤ちゃんも 高校卒業しちゃうくらいの年月が経ちましたもんね。 それほど長い年月をかけて真剣に取り組んできた物事がかたちになるなんていう幸せは この先もう味わえないんじゃないかと思うのですがやはり実感がないんですよね。 もし実感わいたときには泣いちゃいそうですけど。 まったく率直な感想でなくなってしまってすみません。 --- アルバムとしてリリースすることとなった経緯をお聞かせください。 PSYCHOGEM 今回アルバムをリリースしていただくeneのレーベルオーナーであるCHIDAくんとはぼくが芝浦GOLDで働いていた1993年頃からの長い付き合いで、2003年当時CRUE-LのA&RだったCHIDAくんがDJとして栃木県の那須へ来ていた際に、出来たばかりのMORNING MISTのデモを収録していたCD-Rを渡したのがきっかけです。そういえばその日にさっそくプレイしてくれていました。 それがその後のDJ CHIDAへヴィプレイへとつながってゆきあのトラックは完全にCHIDAくんのイメージだったので当時まだ決めていなかったタイトルをCHIDAくんに付けてもらいました。 とにかくMORNING MISTがなかったらこのアルバムは出来ていなかったと思います。 --- ディープハウスを中心として様々なスタイルのトラックが並んでいますが、アルバムとしての一貫性を強く感じました。ご自身の中ではどのような考えの下にアルバムとして纏めあげたのでしょうか? PSYCHOGEM ライターの小野田雄さんが付けてくれたキャッチコピーに 「デビュー作にしてベストアルバム」 というのがあるのですがまさにその通りでして、考えやコンセプトなどはない状態で作ったデモ音源の中から抜粋したものをDJ的な手法で並べたのがこの “NU BALANCE” です。 製作時期の異なる楽曲の寄せ集めのなかに一貫性があるとすればいままでの人生のなかで背負ってきたものがうまく落とし込めたのかもしれません。人生と同じとまではゆきませんが喜怒哀楽を表現したいと思っていました。もしくは奇抜なトラックがすべてアウトテイクになっているからでしょうか?やりすぎ感のあるトラックはことごとくボツってしまいました。(笑) --- トラック制作をされる上で一番に考えていることはどんなことでしょうか? PSYCHOGEM なにも考えないことです。どこぞのカンフー映画で聞いたようなセリフですがその時、その瞬間の感覚で思うがままに製作することがほとんどで、作ってみたらこんなのできましたというパターンが多いです。後々自分で長く気に入る楽曲は数時間である程度完成させてしまったものが多いのもそんな理由からきていると思っています。最近製作しているラフなデモや素材などは、より生っぽいライブな方法で作っています。 きょうはこの楽器とこのエフェクターで勝負!という感じで一発録音に挑んでいます。 --- 制作過程において、印象的なエピソードなどありましたか? PSYCHOGEM 収録予定曲が2度変わり3度目に選ばれた楽曲たちがこのアルバムにピックアップされているのですがその都度ミックスダウンしなくてはならなかったこととミックスダウンを行っていたPCのハードディスクが いちど壊れてしまい、再度ミックスダウンし直したことでしょうか。それがきっかけにもなり倉庫兼、作業スペースであるstudio PINK NOISEができました。せっかくなので電源周りにもこだわってみようと旧友である元Malawi Rocksであり現在オヤイデ電気にてケーブルデザインをしているTaro Kawauchi氏に相談し試行錯誤を重ねた過程で”音”というものをじっくり考えることができ、とても良い経験になりました。 --- 808stateの「Pacific」をカヴァーされていますが、この曲を選んだ理由とは? PSYCHOGEM 現在の自身のルーツにもあたる多感だったころリアルに体験してきた80年代後半から90年代前半の 衝撃を受けたトラックを何かカヴァーしたいなと考え行き着いたのが「Pacific」でした。 田舎で育ったせいか10代のころ都会に憧れていてこのとてもアーバンな雰囲気を携えた「Pacific」に惹かれましたし今でもレコードバッグの片隅にZTT盤の12”が入っています。 その都会的なトラックを海のない群馬県のバンドでカヴァーしてやろうというギャップを楽しみたいとも考えました。このカヴァーは製作当時メンバーとして活動していたLOOSE SMOKE CHOPPERSというバンドによるカヴァーをプロデュース、編集したものです。 --- 「Runnin' Away」には cro-magnonが参加されていますが、彼らか参加することとなった経緯とは? PSYCHOGEM 2006年に群馬県高碕市にて行われた「SPACE SAFARI」というパーティで共演したのですが、ぼくの出番の後がcro-magnonだったのでなにか仕掛けようと思いこっそり彼らの1stアルバム収録の “Life Traveller” をブートリミックスしサプライズでプレイしたところ彼らにも気に入ってもらったのがきっかけで知り合いました。その時から一緒になにかやってみたいと思いCHIDAくんに都内の某そば屋で打ち明けていたらなんとぼくらの後ろの席でそばを食べていたのがcro-magnonのメンバー(笑)。すぐに話を持ちかけてその場でやろうやろうと盛り上がりました。縁があるとしか思えないミラクルな出来事でした。 --- スフィンクスをモチーフとしたジャケットアートワークもすごく印象的でした。デザインが上がってきたときはどんなお気持ちでしたか?
PSYCHOGEM やられました。(笑) --- 音楽制作に対して一番影響を受けたのは誰ですか?
PSYCHOGEM いままで感銘を受けてきた音楽家の方たちすべてに影響を受けています。 --- 活動拠点とされている太田はどんな街ですか?
PSYCHOGEM 焼きそばと富士重工の町です。(笑) --- 太田で活動することで、あなたにどのような影響を与えていますか? PSYCHOGEM 幼い頃から生まれ育った土地なのでとても安らいだ気持ちで日々暮らしています。 近くには何箇所もお気に入りのリラックスできる場所があり週末にはパーティを共有できる仲間もいます。過度のストレスもなく温和な気持ちを保ちつつ音楽活動ができるので満足しています。 --- 長年活動されているなかで、今のクラブシーンはどのように写っていますか?
PSYCHOGEM 日本のシーンをかたち造るピラミッドの頂上付近はとんでもない世界クオリティのパーティに進化していっていますよね。グラミー賞にパーティ部門があるならば間違いなくノミネートされますよ。 --- サイトをご覧の方にメッセージをお願いします。
PSYCHOGEM HMVサイトをご覧のみなさま、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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