涙の形(The Alchemy of tears)
エヴリン・タブ、波多野睦美、つのだたかし
ソプラノのエヴリン・タブの盟友、アントニー・ルーリーが解説書で「涙する音楽は喜びである」と述べています。悲しみのどん底から希望の光を見出させる力が備わった音楽を称える言葉と思われますが、ここに収められた『逝ける者への涙』などはまさにそうした音楽の鑑とも言えるものでしょう。結婚してまもなく夫に先立たれてしまった貴族女性のために書かれたこの連作二重唱曲集には、夫の思い出を忘れ得ぬものにする美しさが確かに備わっています。
作曲者のコプラリオ[1570-1626]は、本名をジョン・クーパーといい、イタリアに憧れるあまりジョヴァンニ・コプラリオ(コペラリオ)と名乗っていた作曲家でヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、そして理論家でもあった人物。その音楽は、コンソート・ミュージックでも知られていますが、この歌曲集の美しさはそれを上回るもので、2005年にAVIEレーベルからリリースされた“My Lady Rich”というアルバムでも、エミリー・ヴァン・エヴェラとキャロライン・トレヴァーによる歌唱がとても印象的でした。
今回Pardonから登場したエヴリン・タブと波多野睦美の二重唱はそれを上回るもので、陰影豊かで繊細な二人の深い声が紡ぎだす哀切な情感の美しさは見事というほかないものです。かつてエマ・カークビーとの二重唱ではしっとりとした声によって華やかなカークビーとの絶妙なコントラストを聴かせていたタブですが、波多野睦美とのデュエットでは音楽がより深い方向に傾斜していることを実感させてくれます。
その他の5作品も名曲揃いで、2曲がエヴリン・タブのソロ、2曲が波多野睦美のソロで、1曲がつのだたかしのリュート・ソロという構成です。
・『逝ける者への涙』(コプラリオ)
「あなたはいつも」
「美しい花」
「不確かな希望」
「暗闇に私はすみたい」
「喜びの死」
「虚しい幻」
「対話:人の敵よ」
エヴリン・タブ(ソプラノ)
波多野睦美(メゾ・ソプラノ)
つのだたかし(リュート)
・ジョン・ダウランドのパヴァーナ(ダウランド)
つのだたかし(リュート)
・来たれ晴れやかな日(カンピオン)
波多野睦美(メゾ・ソプラノ)
つのだたかし(リュート)
・悲しみよ内にとどまれ(ダニエル)
エヴリン・タブ(ソプラノ)
つのだたかし(リュート)
・嵐に打たれた帆が(カンピオン)
波多野睦美(メゾ・ソプラノ)
つのだたかし(リュート)
・死よ私を優しく眠らせて(ブリン)
エヴリン・タブ(ソプラノ)
つのだたかし(リュート)
録音:2005年10月2〜4日、秩父ミューズパーク音楽堂
リュートの爪弾きに乗って二つの声が交差する古雅な佇まいの音楽に陶然として聴きほれる。ルネサンス後期イギリスの作曲家コペラリオの知られざる逸品「逝ける者への涙」は愛する夫を亡くした若き貴婦人の嘆きを綴った連作歌曲。その旋律は哀しくも美しい。★(山)(CDジャーナル データベースより)