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「ヴァイオリン界の爆弾娘」

2009年10月26日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第169回

「ヴァイオリン界の爆弾娘」

 秋になっておもしろいコンサートが俄然増えてきた。
 先日、HAKUJUホールではオーボエのハンスイェルク・シェレンベルガーとハープのマルギット・アナ・シュースのコンサートを聴いた。シェレンベルガーという人は非常な名手として知られているが、実は私は嫌いなのである。パユについてはすでにここでも触れたが、同じような印象を持つのだ。単に滑らかな音が出続けているだけで、基本的には非常に鈍感な音楽と感じられて仕方ないのである(ちなみに、後日別のオーボエを聴いたら、確かにシェレンベルガーはそれはそれで大したものだと再確認はしたのだけれど)。
 しかし、何事にも波乱や変化はあるもの。時としてとんでもない名演奏に出会わぬとも限らない(実際、最近そういう経験をしたが、それはいつかどこかで書こう)。ちょっと気になったら一応行ってみるべきなのである。
 そうしたら、ハープがすばらしかった。この楽器、見た目は非常に存在感があるけれど、音のほうはどうかと言うと、なかなか主役にはなれない。オーケストラの谷間でポロンポロンやっている分には効果的だが、ソロとなると途端に単調で飽きてくる。ピアノやヴァイオリンに対するのと同様の関心をハープに抱く人はごくごく少数に違いあるまい。しかし、この奏者は唖然とするほどニュアンス豊か、表情豊か。シェレンベルガーのオーボエがますますのっぺらぼうに聞こえてくるほどだ。この人のハープの独奏曲ばかりをたくさん聴きたいと思って、さっそくCDを調べたら、限られたものしか出ていないようである。
 ところで、この人の名前、誰が決めたのだか「シュース」となっているが、「ジュース」のほうがいいだろう(本当は「ズュース」のほうがもっといい)。ドイツ語で「甘い」という意味である。シェレンベルガーの奥さんらしいが、音楽的には夫唱婦随の逆パターンなのかもしれない。

 CDについても。
 ヴァイオリン界の爆弾娘(レトロな言い方。以下も頻出)、パトリシア・コパチンスカヤがソロを弾いたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団)では、第1楽章のカデンツァがべらぼうにゴキゲンだ。ニヤニヤさせられてしまう。まるでスケバンの喧嘩だ。「てめえらー!」と叫んで訳もわからず大暴れという感じなのである。このカデンツァだけ20分くらいやってくれないかと思うほどだ。オーケストラが加わると、おとなしくなってしまうのが残念。まあ、それでも普通の水準で考えれば十分奔放ではある。第2楽章で思い切ってテンポを落とし、てろーりてろーりと弾くあたり、これまたニヤニヤさせられたし、第2楽章から第3楽章にかけての移行部分も楽しい。
 ただ、思うのだけれど、こういう演奏はCDだと細やかな表情が堪能できるが、ナマだと最前列にでもすわらない限りほとんど聞こえないのではないだろうか。そういう点ではCDならではの音楽と言える。

 アルトゥスから発売された40年前のクリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の日本ライヴ。新たにステレオ音源が発見されたそうで、それとモノラルの両方を収めてある。
 このときの来日公演は伝説となっていたが、私は以前発売されたものを聴いても、それほどすばらしいとは思わなかった。確かに40年前には、フランスは遠かった。普通の人にとってパリを訪れるなど夢物語だった。しかも、再生装置の水準もたかが知れていた。だから、ナマで初めて聴くフランスのオーケストラならではの艶っぽい響きに人々が感激したのはわかる。が、それは40年前の話であって、今も通じるとは限らない。そうした感激を共有していない私にとっては、ただの昔の音楽に過ぎなかった。
 ところが、だ。今度のステレオ音源は話が違う。猛烈にきれいな音楽が鳴っていた(というより漂っていたというほうが雰囲気的には合うかな)ことが疑いなくわかるのだ。時代を超えてその美に陶酔できるのである。最初こそノイズが多いと思うかもしれない。が、やがてなまめかしく呼吸するオーケストラに耳が吸い付けられ、気にならなくなるだろう。モノラル録音よりはるかにオーケストラ全体の起伏がよくわかる。幸い、両方収録されているから、聴き比べるといい。私がもう何度書いたかわからないほど繰り返し書いた、オケ全体の鳴り方がわかる録音とわからない録音の差が、誰にでもハッキリ理解できるはずだ。モノラルのほうが一見生々しい音に感じられる。が、これは非音楽的な生々しさなのである。
 弦の柔らかさなど端的だが、確かに「昨今フランスのオーケストラの特徴は薄くなってきた」という指摘があながち間違っていないことが確認できる。音色もそうだが、それ以上に音楽のたたずまいが独特だ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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