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「スヴェトラーノフの超美世界」

2009年2月6日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第159回

「スヴェトラーノフの超美世界」

 昨年のクリスマス・イヴにまったく思いがけなく飯島愛死亡のニュースが伝えられた。死因は肺炎だというが、突然肺炎になって倒れたとでもいうのか。あれから2ヶ月、マスコミがほとんど沈黙しているのが、なにやら不気味である。
 それはともかくとして、そのときのコラムで少しばかり触れたのが、近々発売されるスヴェトラーノフ指揮ミュンヘン・フィルのワーグナー集である。録音されたのは1988年。チェリビダッケ存命中のミュンヘン・フィルと豪腕スヴェトラーノフだなんて、水と油の組み合わせのように思えるが、とんでもない、これが信じがたく美しいのである。特に「マイスタージンガー」第3幕前奏曲と、「ローエングリン」第1幕前奏曲は絶品。正直な話、同じオーケストラをチェリビダッケが指揮したワーグナー集のCDをはるかに上回る。まさに心にしみいるような音楽だ。ただ美しいだけ、迫力があるだけでなく、深い音楽を聴きたいのであれば、昨今これに勝るものはないかもしれない。今生きている指揮者でこんな音楽ができる人は誰ひとりいないだろう。

 こういう音楽がだんだん聴けなくなっていくのはあまりに明らかだったがゆえに、私は約十年前、『クラシックを聴け!』という本を書いた。あのときには、ヴァントやザンデルリンクやジュリーニがクラシックの最後の輝きを見せつけていた。引退同然だったとはいえ、クライバーも生きていた。聴くなら今しかない、そういう思いであの本を書いた。
 そして十年後の今。あのとき私が絶賛した指揮者たちは恐れていた通り、全員が死んだか引退した。残念ながら、今70,80歳といった高齢の指揮者で、これこそがクラシックの神髄というすごさを教えてくれる人は誰ひとりいない。だから、こそスヴェトラーノフやテンシュテットやケーゲルのライヴが次々に発掘されているのである。実際、彼らのライヴ録音は、すべてとは言えないにせよ、相当の高率ですばらしい。
 そんなわけだから、実は私は『クラシックを聴け!』という本は、もう世界から消えるべきだと考えていた。鋭い人は気づいたかもしれないが、私はそのあと光文社新書で『世界最高のクラシック』という本をまったく別のスタイル、つまり淡々と、やさしい感じで書いた。なぜって、それは現在のためではなく、追憶のための本なのだから。
 しかしながら、本は(録音もだろうが)、作り手の思いを超えたところで読まれるものである。どういうわけか『クラシックを聴け!』には、常に愛読者がいた。最近もある若者から「先生の書いた本の中ではあれが一番いいですね」と言われて、ムカついた。まるで進歩していないみたいじゃないか。
だいぶ前から文庫化の話はあったのだけれど、やっと今月になってそれが実現した。版元はポプラ社。そう、今はどうか知らないが、私が子供のときには小学生が奪い合うようにして読んでいた明智小五郎と怪人二十面相シリーズを出している会社である。青弓社にしても光文社にしてもポプラ社にしても、もともとクラシック本の出版を積極的にやってはいなかった会社だ。そうした出版社から本を出す話をもらうと、音楽好き以外の人に読まれていると実感できて嬉しいものである。実用的な部分に関しては補筆を行ったが、現存の指揮者では、ただひとりだけに三ツ星をつけた。それが誰かは、立ち読みでもしてください。
 今回とても嬉しかったのは、解説を斉藤美奈子氏に書いていただけたことで、これがもう、本の解説とはこういうものでなければならないという、実にすばらしい内容なのである。よく時代小説の中で「名人の手にかかってこんなに見事に切られるのなら、恨みません」と言って死んでいく侍が登場するが、まさにそういう気がした。

 追憶といえば、少し前に出たものだが、ホルスト・シュタイン指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のベートーヴェン「英雄」が想像以上に好感をもって聴けた。この人は、ドイツ指揮者の最後の砦として日本では妙に評価が高かったが、私はそれほど買っていない。職業人としての技量は立派なのかもしれないけれど、第一級の芸術家と呼べるような特別のものは感じられないからだ。
 この「英雄」にしたところで、強い個性で圧倒するという音楽ではない。ひたすらイン・テンポで進んでいく第1楽章など、近頃の古楽みたいな刺激が多い演奏に慣れた人には何も起こらなさすぎるように思えるかもしれない。が、この淡々とした運びがただ流しているだけではないことは明らかである。薄味だが空っぽではない。
 第2楽章も、緊迫感に満ちているというより、ゆるやかで慰めすら感じさせる演奏だ。こののどかさを許せない人もいるかもしれないが、達観したような風情であることも確かである。体調ゆえに晩年をほとんど引退状態を過ごした指揮者だけに仕方のないことではあるけれど、後半楽章がやや疲れた様子なのが惜しい。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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