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ラトルの「幻想」に驚いた

2008年11月19日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第155回

「ラトルの『幻想』に驚いた」

 今年もあと1ヶ月でおしまいである。この秋は、なぜか気になるコンサートが多くて、ずいぶんあれこれに出かけた。サロネン指揮ロサンゼルス・フィルは期待通り非常にすばらしかったが、これは「ステレオサウンド」誌に書いたのでパスするとして、これまた期待通りに濃厚風味で楽しませてくれたのがシモノフ指揮モスクワ・フィル。チャイコフスキー「1812年」「スラヴ行進曲」、プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」という、これでもかロシア名曲プログラムを組んでいたが、スヴェトラーノフ亡きあと、これほどまでにモスクワ魂爆発の楽しいコンサートも少なかろう。いったい「スラヴ行進曲」をこれほどまでに大まじめに演奏した例が他にあろうか。少なくともこの曲に関する限り、あのフェドセーエフ指揮モスクワ放送響すら上回っていた。「ロメ・ジュリ」では打楽器をはじめとして後先顧みない?力業には溜飲が下がった。指揮ぶりも思わず笑ってしまうほど愉快だ。シモノフはなぜかフジコ・ヘミングの伴奏ばかりしているのが謎である。まだまだ日本での認知度は低く、東京でのコンサートの入りはわずか3割くらいか。しかし、この日聴いた人は、必ずや次のコンサートにも出かけるに違いない。ナマでこそ満喫できる指揮者だろう。
 ファジル・サイの「展覧会の絵」も、期待以上のやり放題で、凶暴な演奏だった。うんと緩急をつけて、まさに濃い情念を歌ってみせた。あげく、ある箇所では鍵盤を叩くのではなく、弦をじかにはじき出したのには仰天。
 これまた期待の初来日アルメニア・フィルは、思ったより柔らか。ロシア、ことにモスクワ流のゴリゴリした音楽とは全然違う。「シェエラザード」も「だったん人の踊り」も、急速なところはみなハチャトゥリアンみたいになるのがご愛敬。
 それにしても、東京では10月、11月にコンサートが集中しすぎているのではなかろうか。なぜかカツァリスやカルミニョーラが満席な一方で、こうしたオーケストラはどれも唖然とするほどガラガラだったのだ。

 取り上げたいCDもいくつかあるが、まずはちょうど来日したということでラトル指揮ベルリン・フィル。まったく意外なことに、彼らの「幻想交響曲」に驚かされた。ここ数年、私はラトルについては、とっくに見限っていた。ベルリンに行ったからって、フルトヴェングラーのマネをするなんて、なんてインチキくさい浅薄なヤツなのだろう、このお調子者のコスプレ指揮者め!と思っていた。結局いいポストをつかみたくてうまく立ち回っていたのかと軽蔑していた。
 ところが、「幻想」は実にいいのである。作品が持つオーケストレーションの妙味、いやそれだけにとどまらず、どれほどユニークな音楽なのかをこれほど鮮やかに示してくれたのは、40年前のあのブーレーズ指揮ロンドン交響楽団の録音以来だ。音符の意味をこれほどまでに明快に表現した例はほとんどないだろう。非常に丹念にスコアを音化していくと、実に不気味な音楽ができていくということがよくわかる。しかも、ベルリン・フィルが最大の注意深さでもって演奏している。各パートの緊密度といい、ソロのべらぼうなうまさといい、こんなものを聴かせられれば、私とて、これが世界一!と叫びたくなる。ことにヴァイオリンのこの表現力は何なんだ。
 第2楽章はコルネット入りだが、これが今まで聴いたことがないほど地味に扱われるのにも驚いた。なんと、最初から最後まで弱音と言おうか、目立たないのである。おお、こんなやり方があったかと、最初聴いたときには、ドキドキしてしまった。普通は、誇らしげにパンパカパーンとやるものなのだが。それゆえ何とも意味深長と言おうか、妙に怪しい雰囲気が醸し出される。これこそロマン主義だ。
 後半楽章も、まったく熱狂していない。自分に起きる悲劇を、第三者的な目で眺めているようだ。でも、夢とはそういうものではないか。度はずれの抑制が、かえって悪夢めいた風情を生み出すのだ。
 つまり、ベルリオーズの人工性(わざとらしさと言ってもよい)とラトルの人工性がピタリと一致したのだ。狂気といっても、燃えさかっているわけではない。逆に、変に醒めて論理的な狂気。そういう狂気をくっきりと示しているのだ。
 今執筆中のある本のために私は数十種類の「幻想」を聴いたが、間違いなく最高の部類に入る1枚である。「幻想」がまさしく法外な作品であることをこれほどはっきり教えてくれる演奏はそうはない。こんなのが聴けるのだったら、私は明日にでもベルリンに出かけたいほどだ。いや、冗談ではなく、この次はいつ「幻想」を演奏してくれるのか気になって仕方がない。ただし、この演奏はある程度の感受性と知性のある人にとってのみ魅力的と思われるのも事実。ハッキリ言って、単に迫力ある演奏に酔いたい人、興奮したい人にはまったく向かない演奏である。
 録音されたのは、いつものフィルハーモニーではなくて、中年以上には懐かしいイエス・キリスト教会。そのせいなのかどうか、音質が明快なのもいい。最大音量で露骨にリミッターがかかってしまうのは白けるが(こんなのが本当にプロの仕事かよ)、各楽器の動きがよくわかる。これは、「幻想」の場合にはとても重要だ。
 こまごまとこの演奏について書いていると、あまりにも長くなりすぎてしまい、他の仕事に差し障るので、あえて封印することにしよう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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