カラヤン -人生・音楽・美学- 第IX章
Thursday, November 20th 2008
第IX章 1970〜1975年 名盤の時代
文●阿部十三
「EMI×グラモフォン×デッカ」カラヤンが世界で最も多忙な人気指揮者となり、「帝王」と呼ばれるようになった背景には、巨匠たちの死による「世代交代」がある。フルトヴェングラーが亡くなった1954年から1970年までの間に多くの大指揮者が世を去っていた。エーリヒ・クライバー(56年)、アルトゥーロ・トスカニーニ(57年)、ディミトリ・ミトロプーロス(60年)、トーマス・ビーチャム(61年)、ヴァーツラフ・ターリヒ(61年)、ブルーノ・ワルター(62年)、フリッツ・ライナー(63年)、ピエール・モントゥー(64年)、ハンス・クナッパーツブッシュ(65年)、ヘルマン・シェルヘン(66年)、カール・シューリヒト(67年)、トゥリオ・セラフィン(68年)、ヨーゼフ・カイルベルト(68年)、シャルル・ミュンシュ(68年)、ジョン・バルビローリ(70年)、ジョージ・セル(70年)などである。将来を嘱望されていたグィド・カンテルリ(56年)、アタウルフォ・アルヘンタ(58年)、フェレンツ・フリッチャイ(63年)も若くして命を落としていた。この3人が長生きしていれば、楽壇の勢力図は大きく変わっていたかもしれない。
結果的に、わずか16年の間に、カラヤンのライバルと呼べるような存在は(いわゆる権力に興味を示さなかったカルロ・マリア・ジュリーニやカルロス・クライバーを除くと)カール・ベーム、ゲオルグ・ショルティ、レナード・バーンスタインくらいになってしまった。が、彼らも人気の面でカラヤンを超えることはなかった。ウィーン国立歌劇場はカラヤンへのあてつけのように、アメリカからバーンスタインを招き、数々のコンサートを任せたが、聴衆の反応は賛否両論といったところだった。
70年代前半のカラヤンは名盤製造機のように次々と素晴らしい録音を発表。EMI、グラモフォンに加え、デッカとも契約し、3社を股にかけ、それまで取り組んだことのないレパートリーにも着手した。パリ管の音楽監督は71年に辞任したが、翌年には若い音楽家のためのオーケストラ・アカデミーを設立、さらに73年6月にはザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭を創設。同年、ベルリン市から名誉市民の称号を与えられた。
しかし、鉄人顔負けのカラヤンの体力にもやがて限界が訪れる。75年12月、彼は椎間板の手術を受けた。椎間板がずれて脊髄に食い込んでいたのだ。麻痺状態になる一歩手前まで症状は進んでいた。手術は成功したが、以後、彼は背中の痛みに悩まされるようになる。
(続く)
1970年から1975年にかけての代表的録音
ギャウロフ、ヴィシネフスカヤ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
救いようのない悲劇さえも美しく聴かせてしまうカラヤン流錬金術の到達点。発売当時「クロテンとダイヤモンドづくめ」と評された、ある意味誰も真似できない演奏。70年録音。
アダム、コロ、ドナート/シュターツカペレ・ドレスデン
カラヤン得意の演目だが、正式な録音はこれのみ。ワーグナーゆかりのシュターツカペレ・ドレスデンを起用し、きめ細かい演奏を聴かせる。合唱団の質の高さも特筆に値する。70年録音。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
メンデルスゾーンはカラヤンの主要レパートリーではないが相性は抜群。「スコットランド」はブルックナーの世界観を思わせる超名演だ。フィルアップの「フィンガルの洞窟」も雰囲気満点。71年録音。
フレーニ、パヴァロッティ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
恋に落ちたミミとロドルフォが歌う第1幕の2重唱の輝かしさに目が眩む。が、それだけに終幕の悲劇的な幕切れは胸にこたえる。不世出のテナー、ルチアーノ・パヴァロッティの代表盤。72年録音。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
数あるカラヤンの名盤の中でも桁違いの支持を集める人気盤。この圧倒的な力に支配された壮麗な演奏でクラシックに開眼した人は多いはず。序奏から「凄い」の一言。73年録音。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ルキノ・ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』で巻き起こったマーラー・ブームに乗じて録音。情念渦巻く熱演が多い第5番だが、カラヤン盤は洗練された響きが特徴。深みはないが浅くもない。73年録音。ちなみに2年後に録音された第6番「悲劇的」もカラヤン色の音響で練り上げられた美演。「俺の魂の叫びを聞け!」系ばかりで疲れた人の耳には新鮮に響くだろう。もっとも、これもカラヤンなりの魂の叫びなのかもしれないが…。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクの前衛作品に挑んだ録音。難解なスコアから器用に美しい音を選り分け、紡ぎ出してゆく手腕に驚嘆。現代音楽の入門盤としても最適だ。72-74年録音。
ヤノヴィッツ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
美しいもの以外をバッサリ切り捨てた唯美主義の結晶。美しい音楽を美しく聴かせる、という意味でこれ以上の演奏は望めない。グンドゥラ・ヤノヴィッツの美声は天上の福音だ。73年録音。
ヤノヴィッツ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
絶頂期にあったカラヤンの素晴らしさを語る上で欠かせない映像。カラヤンのチャイコフスキーにハズレなしだが、この演奏は特に気迫が漲っていて爽快この上ない。73年収録。
フレーニ、ドミンゴ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
フランスの天才演出家ジャン=ピエール・ポネルが手がけた映像作品。斬新なアイディア満載の演出だが、単なる斬新さに終わらず、絶妙な舞台効果を醸成している点はさすが。歌手陣も第一級。74年収録。
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